第3話 最期の酒
翌、慶長二十年五月五日。
大坂夏の陣。冬の陣での和議は破られ、裸城となった大坂城には、滅びの予感が漂っていた。
明日は決戦。場所は、道明寺。
その夜。城壁の一角で、又兵衛は愛槍を磨いていた。
月が綺麗だった。
明日の戦いは、負け戦だ。霧の中で数万の敵とぶつかる。生きて帰れる見込みはない。
「……飲むか?」
背後から、才蔵が徳利を二つぶら下げて現れた。
二人は並んで座り、月を見上げる。
「なあ、又兵衛」
才蔵が酒を一口煽り、ポツリと言った。
「俺は、夢を変えたぜ」
「夢? ……畳の上で死ぬ、というあれか」
「ああ。やめだ、やめ」
才蔵は、自分の十文字槍を愛おしそうに撫でた。
「広島で隠居していた時、俺は毎晩考えた。綺麗な畳の上で、孫に囲まれて死ぬ。……悪くはねえ。だがな、そこには『お前』がいねえんだ」
又兵衛の手が止まった。
「俺の人生、半分はお前と競うことに費やした。お前がいない極楽より、お前と並ぶ地獄の方が、よっぽど楽しそうだと思ってな」
才蔵は、子供のような無邪気な顔で笑った。
「だからよ、俺の死に場所は、明日の道明寺だ。お前の横で、派手に散ってやる」
又兵衛は、こみ上げる熱いものを必死に堪えた。
この男は、自分のために「安穏な死」という夢を捨てて、地獄まで来てくれたのだ。
「……ならば、才蔵」
又兵衛は、静かに杯を返した。
「貴殿が捨てたその夢、わしが貰い受けよう」
「あん?」
「貴殿が戦場で散るなら、わしはその最期を見届けた後、貴殿が望んだ『静寂』の中で死んでみせる。……二人で一つ。それでよかろう」
才蔵は目を丸くし、やがて腹を抱えて笑い出した。
「カッカッカ! 違いねえ! 俺が動で、お前が静。……いいぜ、その夢、くれてやる!」
二人は杯をぶつけ合った。
カチン、と澄んだ音が、滅びゆく城の夜空に吸い込まれていく。
それは、現世での最期の契約だった。
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