第1話 五人衆と一匹狼
慶長十九年(一六一四年)、冬。
大坂城は、異様な熱気に包まれていた。徳川家康率いる二十万の大軍が迫る中、城内には十万を超える浪人たちがひしめき合っている。
その中枢にある軍議の間では、張り詰めた空気が支配していた。
「……敵の先鋒は、前田、井伊、松平。いずれも精鋭ぞ」
地図を指差して発言したのは、真田幸村(信繁)である。その横で、腕組みをして頷く銀色の甲冑の男、後藤又兵衛がいた。
彼は今や「大坂五人衆」の一人として、実質的な総大将に近い地位にあった。その威厳は、かつて黒田家で冷や飯を食わされていた頃とは別人のようだ。
「又兵衛殿、南側の守りは貴殿に任せる。……あそこが崩れれば、城は落ちる」
「承知した。我が槍にかけ、一兵たりとも通さぬ」
又兵衛が力強く答えたその時、広間の襖が乱暴に開かれた。
「おいおい、随分と窮屈な会議だな。酒の一つも出ねえのか?」
その場にいた全員が息を呑んだ。
現れたのは、薄汚れた着流しに、古びた十文字槍を担いだ老人だった。警備の兵が取り押さえようとするが、老人はひょいと身をかわし、上座に座る又兵衛の前にどかりと座り込んだ。
「……可児殿か」
又兵衛は、表情一つ変えずに言った。
周囲の武将たちがざわめく。「あれが、あの笹の才蔵か?」「まさか、生きていたとは」
「よう、亀殿。随分と偉くなったもんだ」
可児才蔵は、ニカっと笑って腰の瓢箪を揺らした。
「俺は五人衆なんぞに興味はねえ。軍議も好かん。……だがな、お前の背中が空いてるって聞いたもんでな。埋めに来てやったぜ」
又兵衛の頬が、微かに緩んだ。
彼は周囲の将たちに向かって、厳かに告げた。
「皆の者、案ずるな。……この古狸は、わしの『右腕』よりも頼りになる」
才蔵は「へっ」と鼻を鳴らし、勝手に又兵衛の膳から握り飯を一つ掴むと、風のように去っていった。
その背中には、誰もが知る「笹の葉」が揺れていた。
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