第2話 奉公構、乞食武者
同じ頃、京の都。
かつて栄華を誇った一人の男が、路地裏の長屋で膝を抱えていた。
後藤又兵衛基次である。
黒田長政との確執は、決定的なものとなっていた。
「天下に二つの名槍なし」。あまりに高まった又兵衛の名声を、長政は許せなかったのだ。又兵衛は黒田家を飛び出したが、長政の手回しにより「奉公構」という沙汰が下されていた。
これは、他家が又兵衛を召し抱えることを禁ずる、実質的な「兵糧攻め」である。
「……おい、浪人。酒代はどうした」
酒屋の主人が、薄汚れた着物を着た又兵衛に詰め寄る。
「……すまぬ。今は持ち合わせがない。必ず払う」
「『槍の又兵衛』様が聞いて呆れるぜ! とっとと出て行きな!」
罵声を浴びせられ、泥水をかけられる。
だが、又兵衛は動じなかった。彼は汚れた着物の袖で顔を拭うと、静かに主人を睨みつけた。
その目。
飢えた獣のような、それでいて理性を失わぬ澄んだ瞳に、主人は思わず後ずさった。
又兵衛の部屋には、家財道具など何もない。
ただ一つ、部屋の中央に鎮座する長大な槍と、丁寧に磨き上げられた銀色の兜だけが、異様な存在感を放っていた。
(……才蔵よ)
又兵衛は、冷たい握り飯をかじりながら、遠き友を想った。
(貴殿は今、広島の屋敷で何不自由なく暮らしているだろう。……羨ましくはない。いや、少しは羨ましいか)
自嘲気味に笑う。
細川家、池田家、福島家……多くの大名が又兵衛を欲しがった。だが、黒田の邪魔が入るたびに、話は消えた。
世間は彼を「終わった男」と笑う。
だが、又兵衛の心臓は、まだ熱く脈打っていた。
「俺の槍は、錆びてはいない」
彼は毎夜、闇の中で槍を振るった。
いつか来る「その時」のために。黒田を見返し、天下に己の義を示すために。
亀の甲羅は傷つき、苔むしていたが、その中身は誰よりも純粋な炎を蓄えていた。




