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双璧の槍 ―笹と亀―  作者: beens
第四章 錆びゆく刃、疼く魂

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第1話 広島の師、空虚な平穏

 慶長十八年(一六一三年)。

 関ヶ原の戦いから十余年。世は徳川の治世となり、戦国の気風は急速に薄れつつあった。

 安芸あき、広島城下。

 福島正則の治めるこの地で、可児才蔵は五百石という厚遇を受け、隠居同然の日々を送っていた。

「違う! 腰が高い! それでは槍の重みに振り回されるぞ!」

 才蔵の怒号が道場に響く。

 白髪の増えた頭に、深く刻まれた皺。六十路むそじを迎えた才蔵だったが、その眼光の鋭さは衰えるどころか、老練な輝きを帯びていた。

 若き藩士たちは、伝説の「笹の才蔵」に教えを乞おうと必死だが、彼らの槍はあまりに軽く、形ばかりにこだわっているように見えた。

「先生。……やはり、実践では笹を携帯すべきでしょうか」

 一人の若者が真顔で尋ねてきた時、才蔵は大きく溜息をついた。

「馬鹿者が。笹など、ただの飾りだ。お前たちは形ばかり真似ようとする。大事なのは、いつ死んでも良いという『覚悟』だ」

 稽古の後、才蔵は一人、愛宕権現あたごごんげんやしろへ向かった。

 彼は晩年、仏門に深く帰依していた。かつて戦場で殺めた数多の命を弔うためか、それとも自身の死期を悟ったためか。

(……平和だな)

 才蔵は空を見上げた。

 金はある。名誉もある。主君・正則も自分を大切にしてくれる。

 だが、心にはぽっかりと穴が空いていた。

 毎夜、夢を見るのだ。あの霧深い関ヶ原で、血と泥にまみれて槍を振るう夢を。そして、その夢の向こう側にはいつも、銀色の甲冑を纏った「亀」のような男が立っている。

「……あいつは今頃、どうしているんだろうか」

 風の噂では、黒田家を出奔したと聞く。

「頑固な亀め。甲羅が重すぎて、歩けなくなったか」

 才蔵は懐から一枚の笹の葉を取り出し、指でくるくると回した。

 彼自身、すでに自分の死期を予言していた。「わしは来年の愛宕様の縁日に死ぬ」と。

 だが、その死に場所が「ここ(広島)」で良いのかという迷いが、彼の魂を揺さぶり続けていた。

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