ホカホカ
朝か? 目が見えないので朝になっているのか分からないが、私は子供の頃から同じ時間に目が覚め起きているので多分朝だと思う。
昨日熊に咥えられて引きずられた時に死んだと思ったけど、意識があるって事は生きているのだろう。
でも、目が見えないだけで無く、耳も聞こえないし手足も指1本動かせない。
ただ暖かいところいるってのだけはなんとなく分かる。
もしかして犬に追われて土の中に埋めて行ったのか?
私は昨日の事を思い浮かべる。
1カ月ほど前、内陸部にある街の山際で、観光客の一家4人が親子連れらしい熊の群れに襲われ連れ去られた。
目撃した他の観光客の話しでは、近寄って来た熊を見て襲われた一家の人たちは車から降り、お菓子を与えようとする。
だが最初に姿を見せていた熊はお菓子に見向きもせず、お菓子を与えようとした男性に襲いかかった。
それだけでは無く、後から姿を見せた熊たちは開いていたドアから車の中に入り込み、乗っていた女性と2人の子供を車から引きずり出して咥え、山の中に戻って行ったという。
通報で駆けつけた警官とハンターが捜索した結果、山の中で食い散らかされた一家4人の遺体が発見された。
警察と市は罠を仕掛けたが1頭も捕まらず、逆に周辺の集落の近くで度々この親子連れの熊の群れが目撃されるようになる。
ハンターもその地区にだけ常駐するわけにもいかず、有効な手立てを立てられない。
手立てを立てられない警察や市に業を煮やした篤志家気取りの金持ちが、熊に賞金を掛けて県内のハンターを集め駆除を依頼する。
その決起会が集落の近くの公園で行われると聞き、熊の駆除に反対している私はその公園に駆けつけた。
公園には私だけで無く多数の熊の駆除に反対する人たちが集まり、熊の駆除反対のシュプレヒコールをあげる。
私たち駆除反対派の人たちと、駆除して貰える事を望んでいた集落の人たちやハンターとの間で罵声の応酬が始まった。
その最中、あの親子連れの熊の群れか現れる。
駆除反対派と賛成派の丁度中間に現れた熊の群れは、拡声器で大音響を上げている私たちに背を向けて、ハンターや集落の人たちが固まっている方に走り出した。
決起会に参加していた十数人のハンターが銃を構えたのを見て、反対派の人たちの間から「広がれ! 熊の背後に人の壁を作れ!」の声が上がる。
私たち反対派はその声を聞き横に広がった。
銃を構えたハンターたちは横に広がり熊の背後に人の壁を作った私たちを見て、銃を下ろすと自分たちが連れて来ていた数十頭のマタギ犬やカレリアン・ベア・ドッグなどの猟犬を熊にけしかける。
数十頭のベアドッグに吠えかかられて驚いた熊たちは、慌てて逆側、私たちの方へ走り寄って来た。
熊に走り寄られて横に広がっている駆除反対派の人たちの間から「助けてー!」「熊を撃ち殺せー!」「早く射殺しろー!」の声があがる。
私にも熊が走りより、腕を振り上げた熊に顔を殴られ両目と鼻を抉り取られた。
顔を押さえて倒れ込む私の肩に鋭い牙が食い込むのを感じた後、私の意識は途絶えたのだ。
早く土饅頭の中にいる私を見つけて助けてくれと思っていたら、穴から引きずり出される。
目は見えないけど、朝日に照らされているようだ。
排泄されたばかりの熊の糞が、朝日に照らされてホカホカと湯気を立てていた。




