従順なる1人目の信徒 3
「怖いのですか?」
神殿に到着したのは良いものの、扉の前でヒオラが立ち尽くしている。
固く閉ざされてはいるけれど、押せば開く扉。きっとヒオラの目には、見た目よりも重く見えているのでしょうね。
「まぁとりあえず入りましょう」
「あ! ちょ、サリアーゼ様!?」
そんなことはどうでも良いし、覚悟みたいな物を決めて貰う必要もないためさっさと私が開いてあげることにした。
神殿に入ってみると、相変わらず多くの信徒の姿がある。
そして……いた。
あの神官だ。見た限りでは、この神殿にいる神官はあのひとりだけ。この神殿には他に神官がいないのか、それともたまたま今はいないだけなのかは判断がつかないわね。
その神官は、今は別の信徒と話しているようだけど……ちょうど話が終わったみたい。信徒が離れていくわ。
「さぁヒオラさん、行ってらっしゃいな。私も後ろからついて行きますから」
「は、はい!」
ヒオラがパタパタと神官の所へと駆けていく。当然、私もついていく。
近付いてくる者を視界に捉えた神官が視線を向ける。でも、その表情は非常に朗らかな物で、ヒオラに罵声を浴びせていた時の顔とは全くの別物ね。
きっとこの神官、彼女のことを自分が追い出した信徒だと気が付いていないのね。まぁ、それだけ今のヒオラは綺麗になってしまったから仕方がないわ。
「神官様!」
「おや? これはこれは綺麗なお嬢さんと……先ほどの麗しき少女ではないですか。いかがなさいましたか?」
ほらやっぱり。
きっとヒオラのことは新たな入信希望者かなんかだと思っているわコイツ。気持ち悪い笑み浮かべちゃって。
「わ、私です! ヒオラです! コレ、神殿への献上金です! どうか、私をもう一度レイニア様の信徒と認めて下さい!」
そう言ってヒオラは、先程換金したばかりのお金を全て神官へと差し出す。
森でヒオラが倒した四足歩行の魔物は、キマイラと言う名前のかなりの大物だったみたいで、今ヒオラが差し出している革袋にはそれなりの大金が入っている。
神官は、目の前の女性がヒオラだと気付き目を見開く。
「これは驚きました」
神官が革袋を受け取り、中身を確認して笑みを浮かべる。
ヒオラはと言うと、神官の前で跪いている。
まったく……そんな頭を下げる価値も無い相手に止めて欲しいわね。ま、今は我慢しておきましょう。
「素晴らしい! あなたは本当に素晴らしい! 実に見事な従順なる信徒だ!」
「本当ですか!?」
神官が大袈裟に両手を広げて喜びを表現している。
それだけ、ヒオラが差し出したお金は大金だったと言うことかしらね。
「えぇ! やはり私の目に狂いは無かった! あなたなら、私の試練を乗り越え献上金を持ってきてくれると信じていましたよ」
「……試練?」
「ええそうです。一度突き放し、それでも我が神殿の為に尽くしてくれる本当の信徒を、私は探していたのです!」
あらあら、なんともまぁ都合の良いお話で。
大金を前にしてペラペラと嘘ばかり。本当に汚らわしいわね。
そして悲しいわね。ヒオラったら、これでもかと言うくらいに喜んじゃって。どれだけ従順なのあなた。
「良かった……本当に良かったです。わたし……本当に……」
まぁそうなるでしょうね。
この神官の話が本当なら、とても良いお話に立ち会えたと喜ぶ所だわ。
「ですが、まだあなたの信仰心を試させてもらう必要があります。良いですね?」
神官が大金の入った革袋をさっさとしまい込む。
そして……あぁ気持ち悪い。なんとも不潔な視線で、ヒオラの全身を舐め回すように観察している。
ヒオラは、きっちりと身なりを整えれば、それはもう美しい女性。年頃の娘と言うだけあり、身体つきも魅力的な物に映るでしょう。ま、全盛期の私には劣るのだけれど。
「さぁお立ちなさい。私の寝室でゆっくりとお話しましょう。二人きりで」
「え、あ……いや、あのちょっと」
ヒオラの手を取り立ち上がらせる。
「あなたの信仰心が本物であるかどうか、私は神官として確認する必要があるのですよ」
そう言いながら、神官はヒオラの腰へと手を回す。
あらあら、とうとう本性を表したわねこの豚野郎は。
「や、止めてください! 私、そんなつもりじゃ……
いや!」
「恐れを捨てなさい。これは信徒として大切なお務めですよ」
「そ、そんな……」
抵抗するヒオラを半ば無理矢理に連れて行こうとしている。神殿には他の信徒もいると言うのに、なんとも愚かしい行為だわ。それとも、神官の自分なら信徒たちなんてどうとでも言いくるめられると思っているのかしらね。
「流石に、目に余りますよ? 神官さん?」
いずれ私の信徒となるヒオラを虐められるのは、あまり良い気分では無いわね。
「あなたは……入信する意思は無いのでしょう? ならば早々に立ち去りなさい。邪魔です」
私はヒオラよりも美しい自信はあるけれど……ま、14歳やそこらの少女に対する扱いはこんな物ね。ムカつくけど。
「嫌がるヒオラさんを無理矢理連れて行こうするなんて、神官にあるまじき行為ではありませんか?」
「レイニア様の信徒でもない者は黙っていたまえ」
「ではせめて、先にヒオラさんへ加護を戻してさしあげてはいかがですか? そうすれば、ヒオラさんも納得するかも知れませんよ?」
「え? サリアーゼ様、でもわたし……」
ヒオラが驚いたようにコチラを見る。
えぇ、分かっているわ。加護を戻してもらったとしても、神官の要求は到底受け入れられる物では無いのでしょう?
そう表情で語りかけてくるヒオラに、私はとびきりの笑みを向けておいた。
「ふむ。そうですね……まぁ良いでしょう。では、従順なる信徒ヒオラよ、そこに直りなさい」
「は、はい」
一歩引いた所でヒオラが真っ直ぐと姿勢を正す。
そんな彼女の額に、神官が手をかざし――口を開いた。
「ヒオラよ、あなたの信仰心を認め、女神レイニア様の加護を与えましょう。あなたの信仰心が続く限り、女神レイニア様の加護はあなたに多大な恩恵を授けてくれることでしょう」
神官の手が輝き始め、流れていくように光がヒオラの全身を包みこんだ。
ヒオラは、目を閉じて身を任せているようだけど……。
「はい。そこまでです」
パチンと指を軽く鳴らす。
すると、ヒオラを包んでいた光は瞬く間に掻き消え、霧散した。
「な!?」
「な、なにが……? サリアーゼ様?」
えぇ。驚きを隠せないでしょう。
特に神官。自分の力を突然掻き消されて、なにが起こったのか理解出来ていないようね。
「冗談は止めて下さいますか? さ、早くヒオラさんに女神レイニアとやらの加護を与えて下さい」
「ななな、なに、なに、何を言っている貴様!」
「あなたが今ヒオラさんに与えていたのは女神の加護なぞでは有りません。そうでしょう? 言うなら、そうですね……女神の加護擬き、と言ったところでしょうか」
下民の目は誤魔化せるでしょうが、正真正銘、唯一の女神である私の目は誤魔化せないわよ。
「ななな、何を馬鹿なことを言っている!? 女神レイニア様を愚弄する気か貴様ぁ!! いったい何をしたぁ!?」
きったないわね。唾が飛んで来たわ。
「あなたが女神の加護だと言いながら、自分の力の一部をヒオラさんに与えようとしていたので、防がせてもらっただけです」
つまり、女神の加護と言いながらこの神官は、信徒達に自分の力を与えていたと言うことでしょうね。
ヒオラが加護を取り上げられていたのを見た時に、そんな気はしていたのよね。
この程度の神官如きが、女神に代わり加護を与えたり取り上げたり、出来る筈がないわ。
「ふざけるなぁ! 私が与えているのは正真正銘、女神レイニア様の御加護だぞ!」
「そんな、笑わせないで下さいな。女神レイニアの加護と言うのは、私が指を鳴らすだけで弾け飛んでしまう物だったのですか?」
「き、貴様……」
今のこの世界の女神の力がどの程度の物なのかは分からないけど、少なくとも女神を名乗っているんだから、そんなひ弱な物では無い筈よね。
「さあ、冗談は終わりにして、ヒオラさんに本当の女神の加護を与えてあげて下さいな」
「貴様、何様のつもりだ! 神殿に関係の無い者が邪魔ばかり……!」
やっと来たわね。
待っていたのよ、その言葉をね。
「私ですか? 私は――」
「この御方は、女神サリアーゼ様です! 困っている私を助けて下さったのです!」
「……」
ま、まぁ良いでしょう。
本当は自分で名乗りたかったけど、これも素直で従順なヒオラだからこそよね。
「女神だと? ふん、馬鹿馬鹿しい。サリアーゼなどと言う女神なぞ聞いたことがないわ。貴様のような小娘が女神を僭称するなど、今に神罰が下るぞ」
私に神罰が? その冗談は少しだけ笑えるわね。
「それは楽しみです。そんなことよりほら、早くヒオラさんに女神の加護を与えてあげてください」
勿論、この神官には女神の加護を与える程の力は無い。女神レイニアとやらにそこまでの力をこの神官は与えられていないでしょう。
「勿論、先程のようなマネをなされば、同じように私が邪魔をさせてもらいますので」
「貴様! さっさと出て行け! ここは女神レイニア様の神殿! レイニア様の信徒でもない者の立ち入りを私は神官として禁止する! さっさと出て行けぇええ!!」
あらあら、そんなに怒鳴り散らかして怖い。
まるで私が言ったことが全て正しいと自分で認めているような物ね。
他の信徒達からも注目を集めてしまっていると言うのに、気付いていないのね。
「私は女神として、そこのヒオラさんと約束したのです。女神レイニアの加護を戻してもらえるように助力すると」
「貴様! また女神などと……! 愚かにも女神を僭称する貴様に、私が女神レイニア様に代わり神罰を下す!!」
あらあら、やっぱり実力行使に出たわね。
どこからともなく杖を取り出し、私に向ける。
どうやら、私のことを殺すつもりののようね。
「女神レイニア様の加護の下、与えられし力をもって神罰を与えん! 大いなる雷鳴よ、轟け!」
神官がそう唱えると、目の前に大きな魔法陣が出現した。
「や、やめて下さい、神官様! サリアーゼ様は私のためを思って! どうか怒りをお鎮め下さい!」
と、驚いたことにヒオラが私の前に体を投げ出し、両手を広げる。
身を挺して私を護ろうとするその心がけ。本当に良い子だわ。
「貴様も邪魔をするなぁ! 元はと言えば貴様がそんな訳の分からない小娘を連れてくるからだぞ! やはり貴様なんぞ信徒に相応しく無いわぁ!!」
そんな叫び声と共に、いよいよ神官は魔法を行使した。
ヒオラ諸共、私を亡き者にする勢いで魔法が放たれる。眩しい閃光を迸らせて、とても太く大きな雷が私達を飲み込もうと襲い掛かる。
「そ、そんな、神官様……」
またしても裏切られたと、ヒオラから絶望にも似た感情が伝わってくるわ。
そして――
「お助け下さい……サリアーゼ様……」
小さな、とっても小さな声。
きっと無意識に口から出たに違いないわ。それでもしっかりと、ヒオラの呟きなのか分からない言葉は、私の耳に届いた。




