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『王国 サリアベルク』

 

「五神が一。偉大なる女神、アリアレーテ様がお見えです」


「うむ。通してくれ」


 玉座に腰を落ち着ける国王が、少し緊張した声質でそう返答すると視線の先にある大きな扉はゆっくりと開かれる。

 すると、扉の奥から一人の女性が堂々と歩いてくる。

 足を前に出す度に翡翠色の髪が揺れ、この世の物とは思えぬ美貌を振り撒く。

 玉座の間の傍らに控える全ての近衛が、今、この目の前に姿を現した女神に目を奪われている。

 近衛だけでは無い。玉座に座る国王、そしてその隣に立つ第一王子も目を見開き、女神に注目している。

 それほど、目の前の女性は美しい存在であり、信仰を捧げるに値する女神なのだろう。

 と、部屋の状況を冷ややかな目で見つめる第二王子――ロワ・エデルシア・サリアベルクは密かに思っていた。


「ご機嫌麗しゅうございますわ。国王陛下」


 玉座の前にやって来たにもかかわらず、女神は決して膝をつくことは無い。

 だからと言って、それを咎められる者などここには存在しない。


「わが国が信仰を捧げる偉大なる女神アリア様。よくぞおいで下さいました」


 国王の言葉に、女神はクスリと笑う。


「いいえ。お礼をいうのはコチラの方です。サリシアの街ではお騒がせしてしまい、私は申し訳無く思っているのですよ?」


 女神アリアレーテが王城へやって来た理由。

 先日、王国のとある街で起きた女神の神殿取り壊しの件についてだった。


「神殿の失くなってしまったサリシアの街に、私の神殿を建てる許可をいただき、私は嬉しく思います」


「そんなこと、アリア様の一信徒として当然のことです」


 王国サリアベルク――と言うより、王家は女神アリアレーテを信仰している。

 国として、周辺国に対抗するために偉大なる女神を信仰するのは当然のこと。

 女神アリアレーテの御加護の下、この国は繁栄し、これからも豊かな国でいられると信じられている。

 国王も、第一王子も、そして城の近衛達やメイド、仕える者の殆どが女神アリアレーテの従順なる信徒なのだ。


「嬉しい言葉です。あなた達の信仰がある限り、私の御加護が王家の栄光を約束することでしょう」


 ニッコリと、まるで聖母のような微笑みを見せる。そんな女神の視線がフッと横に流れ、第二王子であるロワへと移る。


「ロワ殿下も、いずれ女神を信仰する時が来るでしょう。その女神が……私だと嬉しいのですが」


 男なら一瞬で恋に落ちそうな笑み。

 部屋中の男からの嫉妬の混じった視線に鬱陶しく思いながらも、ロワは必死に笑顔をつくる。


「これは女神アリアレーテ様。私は今は、どの女神様に信仰を捧げるつもりはありません。が、もし私がいずれかの女神様に信仰を捧げることになるのなら、ソレは女神アリアレーテ様であれば良いと、私も考えております」


「ソレは楽しみですね。剣技、魔法、どちらの才にも恵まれたあなたが私の信徒になれば、それはもう心強いのですが」


「ありがたいお言葉です」


 第二王子であるロワは、丁寧に胸に手を当てる。


 ◇◇◇


「はぁ」


 自室に戻ってきた第二王子ロワは、ふかふかのベットに腰を沈ませる。

 面倒くさい女神の対応。無理矢理笑顔を作るのもストレスが溜まると言うもの。ため息のひとつやふたつ出てしまう。


「ロワ様。お疲れ様でした」


 と、専属のメイドであるウイリアが紅茶を運んで来る。


「どいつもこいつも女神女神と、全くもって鬱陶しい限りだ」


 この世界には様々な女神が存在する。

 五神と呼ばれる、最も偉大な五人の女神と、その他の大いなる女神達。

 どの女神を信仰するのも個人の自由だが……王家は代々、偉大なる女神アリアレーテを信仰し続けている。

 当然、王位継承権を持つ自分も、父に続き女神アリアレーテを信仰するべきなのだと、城の者に言われ続けて来た。


 しかし――


「俺は、俺が信仰する女神は俺が決める」


「承知しております」


 自分に何の恩も義理も無い女神を、何故信仰出来ようか? 有り得ない話だ。家が代々そうしているから? とてもじゃないがそんな理由で信仰する女神を決められない。

 第二王子であるロワはそう考え、今でも信仰を捧げている女神は存在しない。

 だからこそ、自分の世話をするメイドや騎士は女神を信仰していない者で固めている。


「ウイリア。お前は女神アリアレーテをどう思う?」


「どうと言われましても、五神の一神であるとしか」


 専属メイド、ウイリアがまさにソレだ。

 女神に対する考えが自分とよく似ている。だから、ウイリアも信仰を捧げる女神が存在しない。


「ロワ様は、女神の加護など無くても……とても強大な魔力をお持ちです。無理して女神を信仰しなくても良いでしょう。剣の才もありますし」


「嫌味か? 剣技も魔法も、俺は一度もお前に勝ったことが無いだろ?」


 自分の魔法と剣の師匠でもある女性。専属メイドの言葉に苦笑してしまう。


「私に勝ちたいのなら、女神アリアレーテ様の信徒になれば良いでしょう。御加護があれば、ロワ様ならきっと簡単に私を打ち負かしてしまいますよ」


 それも人を馬鹿にしたような話だ。

 女神の加護は、人の力を簡単に押し上げてしまう。

 才のある分野を更に天賦の才へと引き上げ、可能性を見出す。加護の恩恵の大きさに多少の個人差はあるが、多くの者が才能を開花させるに至るのだ。


「諸外国に対抗するため、偉大なる女神を信仰するのも分かるのだがな」


「ですが、加護の恩恵はたしかに強大です。強力な加護を持つ者と持たぬ物では、その力に違いがあり過ぎます」


 だからと言って、やはり言われるがまま信仰する女神を決められては堪らない。


「はぁ」


「今日何度目ですか、その大きなため息は」


「はぁ」


 メイドの軽口に対しても、第二王子ロワはため息を吐いてしまった。



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