昔はすご~い女神でした 1
「あぁ! 我らが女神サリアーゼ様! 貴方様に分け与えられた力のおかげで、魔族を退けることが出来ました!」
「サリアーゼ様! 我々のこの信仰心、必ずや子々孫々まで受け継がれるでしょう!」
視界いっぱいに広がる信徒たちが跪き、頭を垂れている。
広々とした神殿を埋め尽くす程に集まったこの信徒たちの、この熱い信仰心を一身に受ける『サリアーゼ』と言う女神とは誰か? そう、私です。
「私が皆に分け与えた力は、『信仰心』と言う形でまた私に返って来るのです」
優しい口調、そして母が子に話すような……慈愛に満ちた表情を浮かべながら信徒たちにそう話しかける。
するとやっぱりホラ……「おぉ」とか「なんと美しい……」みたいな言葉があちこちから聞こえてくる。
「あぁ! 女神サリアーゼ様! 我等は例え死んだとしても、貴方様への信仰を決して失わないと誓います!」
あらら、そんな大袈裟な……死んでしまっては信仰も何も無いのに……なんて言わない。それこそこの子達の言うように、信仰心を子に孫に伝えてもらわなければいけないのだから。
「えぇ。感謝しますよ」
と、これでもかと言うくらいの笑顔を浮かべてみる。
あぁ、伝わってくる。信徒たちの尊敬の念や信仰、そして愛までもが。
信仰心とは私に対する明るい感情その全てのこと。
この感情が、また私に力を与えるのよね。
この感情が消えない限り、私は強く美しく、綺麗であり続けられるのよ。
でも足りないの。その信仰心を子孫へと伝え、更に大きくして私に返してもらわないと、わざわざ下々の民を助けた意味がないのだから……。
「勿体ないお言葉。我々人類が今、こうして幸せに生きていられるのは貴方様のおかげ。どれだけ言葉を尽くしても、足りないのです」
信徒の一人が前に出て這いつくばるように跪く。
たしかに、思えば苦労した。
数が増えてしまった魔物や魔族達に対して、下々の民……人間はとても非力だ。中には魔力を持ち対抗する者もいたけど、それでも多勢に無勢。人類が絶滅するのも時間の問題だった。
女神として仕方なく降臨し、人間に力の一部を分け与えてみれば、彼等は従順なる信徒と化して私を崇めるようになり、魔物や魔族に対抗するようになった。
それにしても、あぁ……下々の民に跪かせて崇められるのがこんなに気分が良いものだったなんて……思いもしなかった。
「良いのですよ。私は女神『サリアーゼ』可愛い信徒達の幸せが、私の幸せなのですから」
ニッコリと微笑む。
私のこのツヤのある綺麗な金色の髪と、程よく大きさのある胸にスラリと伸びる手足。きっと彼等の目には、さぞ神々しく映っているのでしょうね。
ホラまた……皆が地面にめり込みそうなぐらい這いつくばっている。
とはいえ、私は力を分け与え過ぎてしまった。
おかげでこれ程の数の信徒を得た訳だけど、この世界に女神は私一人。ここまで増やす必要は無かったのかも知れない。
失った力を取り戻すには、数百年の眠りにつく必要がある。それだけの年月があれば、この従順なる信徒達の子孫を介して信仰心という形で私に返ってくる。
眠りから覚めた頃、どれだけの力を得ているのか……楽しみね。もしかしたら、この何倍もの信徒達が跪いて出迎えてくれるかも知れない。
「では、私は長い眠りにつきます。それまでの間、平和に……そして幸せに歴史を紡ぐのですよ?」
信徒達は私の力を分け与えられている。もう魔族や魔物に遅れを取ることはあり得ない。
数を増やし、繁栄してくれることだろう。
そうして、この世界の唯一の女神である私サリアーゼは深い眠りについたのだった。
◇◇◇
「ん~」
ゆっくりと、自然に目が覚めた。
「……えっと」
とりあえず、身体を起こしてみた。
そこでハッと思い出す。
そうだ。私は眠っていたのだ。
信徒達に力を分け与え、失った力を回復するために長い眠りについたのだ。
首を回し、手をプラプラと振る。ぐっぱ、ぐっぱ、と手を握ったり開いたりしてみる。
身体の感触からして、500年は眠っていたような感じだ。
やっぱり、あれだけの信徒を増やすために使った力を取り戻すには、それなりの年月が必要だったみたいね。
まぁ、500年あれば子孫へと伝えられた私への信仰心は何倍にも大きくなっているに違いない。
「痛てて」
あれおかしい。少し寝すぎたのかな? 立ち上がると、少し膝が痛んだ。
女神と言えども、寝過ぎると身体が固まってしまうのかな。
私が眠っていた場所は神殿の奥、誰も立ち入ることの出来ない結界に守られた部屋だ。
この部屋を出れば、何人かの信徒達が出迎えてくれる筈。
思い扉を押し開き、部屋を出る。
「いない……」
誰もいない。
んー、あれ? 私の力が分け与えられている信徒の、その子孫なら、私が目覚める日はソレとなく分かる筈なんだけれど……どうして誰もいない?
「あ! そうか」
私が直接に力を与えた信徒ならまだしも、その子孫となれば私の顔も姿も知らない筈。畏れ多くて部屋までは来れなかった訳だ。
そういうことなら仕方がない。
たしか、私が初めてこの世界に降臨した時も、下々の民は驚き、そして恐れていた。得体の知れない存在はソレだけで恐怖の対象にもなるのよね。
きっと、この先の大広間には、入り切らない程の信徒達が這いつくばって私の再降臨の瞬間を待ちわびているに違いない。
薄暗い通路を通り、大広間へと向かう。
ん? 薄暗い?
――カラカラコロン。
音の鳴った方を見ると、ヒビ割れた壁から破片が剥がれ落ち、転がっていた。
え? なんか……廃墟みたい……。
そして大広間へと出ると――。
「うそ……誰もいない」
目の前にあったのは広々とした大広間。
ひどく荒れ果て、よく形を保っている方だと褒めたくなるくらいにはボロボロだ。
こんなもの、神殿なんて呼べたものじゃない。
「な、なんで……」
目の前の景色が信じられずに、俯く。
すると、妙な違和感に気づく。
地面が……やたら近い。
「そ、そんな」
すかさず、魔法で姿見を創り出す。
薄暗い中で、目の前の姿見は間違いなく私の姿を映し出す。
「は、はぁ!? 何よこれ!」
映し出されている自分の姿に、思わず叫ぶ。
この綺麗な金色の髪と白い肌、そしてクリッとしたつぶらな桃色の瞳は間違いなく自分の姿。ただ、その姿は人間で言う所の13歳やそこら。
いったいどうして!? いや、決まっている。
「信仰心が、失われたの!?」
それ以外に無い。
この神殿の状況と、いる筈の信徒が見当たらない状況。そして自分のこの状況。
「あいつら……何が『この信仰心は子々孫々まで受け継がれるでしょう』よ! 下民の分際で……!」
女神をなんだと思っているのか。
まさか、女神への信仰心が500年で失われてしまうなんて、女神でも予想がつかない。
「ムカつくわ」
ひゅるるーと風が通るこの酷い有様の神殿を見て、つい毒づく。
そしてまた、どこからともなくカラカラと石が転がる音が響いてくる。
何はともあれ、こんな所にこれ以上いる訳にもいかない。正直、いつ崩れてもおかしくない状況なのだから。
全く、信徒なら神殿の保全くらいちゃんとやっておけと言う話だ。
「はぁ……」
なんとも情けない現状にため息が出てしまう。
とにかく、外に行こう、外に。
名残惜しいが、私は神殿を捨てることにしたのだった。
◇◇◇
神殿の周りはこれでもかと植物が生い茂り、出入り口は植物や木に覆われて外からは分からない程になっている。
どうやら、ここは森の中らしい。
眠る前は、神殿の周辺は綺麗に整えられてそれはもう立派な一等地になっていと言うのに……500年の間に森に飲み込まれてしまったようだ。
「……風が優しい」
どこからともなく届いた優しい風が、ふわりと髪を撫でる。木漏れ日もなんだか神秘的だ。
「ここどこ?」
仕方なく、とりあえず歩いてみることにした。
そこでふと、一つの可能性に思いつく。
もしかしたら、人類は絶滅してしまったのでは? という可能性。
500年の間に何かがあって、もし人類が絶滅……とはいかなくても数を大きく減らしてしまったら、私への信仰心が失くなってしまったのも納得がいく。
もしそうなら、仕方がないにしても最悪だ。それでは力を返してもらえない。
しかし――人類の絶滅……という可能性は限りなく少なくなった。
暫く歩くと、森の中に道らしき物を見つけた。これは人の手が入っている街道という物だ。であれば、この道を進めばいずれ街に出ると言うことだ。
それに、さっきまでは気付かなかったが、遠くに人の気配がある。この気配の方に向かえば、街があるに違いない。
「魔法で飛んで行けば楽なんでしょうけど」
あまり力は使いたくない。
いつ必要になるか分からないし、回復するのも時間がかかる。歩いて向かうしかなさそう。
めんどくさいわね。
なんて思ったとき。
ガサガサと、すぐそこの草木が揺れ、なにかが飛び出して来た。
「魔物!?」
四足歩行の獣にも似た魔物。鋭い牙で噛みつこうと飛び掛かって来た。
私の見た目が子供だからか弱そうに見えた? 美味しそうに見えた? それとも無我夢中で飛び出しただけ?
まぁ分からないけど、私に敵意を向けるなんてムカつくわ。私に向ける感情はもっと高尚な物じゃないと駄目よ。
這いつくばらせてあげる。
今は力を使う『必要な時』ね。
魔物の突進をスルリと躱し、手を向ける。
「この――」
力を振るおうとした時だ。
「あぶなーい!!」
遠くから誰かが叫ぶ声に、動きが止まってしまった。
見てみれば、私が向かおうとしていた方向から、二人組の人間が走ってくるのが見える。
「嬢ちゃん! 大丈夫か? 後ろに隠れてな!」
男女の二人組。そのうちの男の方が、私と魔物の間に入る。どうやら私を庇ってくれているみたい。良い心がけね。
そして男は、見事な手さばきで魔物を仕留めて見せた。
なかなかやるじゃない。
「ふぅ。危ない所だったな。コイツはこの森でよく見かける魔獣だが、草木に隠れていきなり飛び出してくるからたまにビックリするんだよな。怪我は……無いみたいだな」
身を挺してこの私を護るその心意気。やっぱり、私への信仰心は下々の民の中で完全に失われた訳では無かったのね。
「感謝します」
ニッコリと微笑む。
「お、おう。これはご丁寧にどうも」
「私は女神サリアーゼ。勿論、私の名を御存知なのでしょう?」
私の信徒は失われた。でも、この世界に私という女神の存在は確固たる物になっている筈。歴史や伝承に、女神サリアーゼは必ず存在している筈。ならばこの名を知らない人間はいないのでしょう?
「は? 女神サーネーゼ? なんだ? 誰?」
「……」
私は下民の前では決して笑顔を崩さない。
少し気分展開したく、すごーく久しぶりに新連載始めました。
時間を見つけて頑張って投稿していきます。
良かったらポチってして下さい。
過去作も、随時更新していきます。