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8.二度あることは三度ある

 この世界の四季はきっかり100日ごとに移り変わる。1か月は33日、その季節の最後の月だけ34日になり、1年は400日である。慣習的に春のはじめの月とか、夏の中月などと言い表したりするが、12か月では表さない。

 秋の中月のはじめ頃、カイトが険しい面持ちで話しかけてきた。


「落ち着いて聞いてほしい。どうやら君が狙われているみたいなんだ」

「え、突然なに?」

「昨日、酒場の主人が君の誘拐を目論んでいる奴らの話を小耳に挟んだらしくてな、念のためと情報提供をしてくれた」

「へぇ、また身代金?」

「理由までは分からないが、恐らくそうだろうな」


 実は既に人生で2回誘拐されている。1度目はカイトに、2度目は乞食の子供と悪漢に。もうお腹いっぱいだし3度目なんてどれだけ誘拐されたら気が済むんだという話である。


「とりあえず身の回りには気を付けるわ」

「それもそうだけど、しばらくは王都でも護衛をさせてほしい」


 王都は1人歩きを許可されていたのだが、理由が理由だし仕方がないだろう。


「分かった、大丈夫。それならそもそも王都への外出も控えるから。あなたの手を煩わせるのも嫌だし、外に出なければ誘拐もされないでしょ」

「俺のことは構わないんだが、不便をかけてすまない。なるべく早く犯人を捕まえるから」

「カイトが謝ることじゃないよ」


 そんな感じで私はしばらく外出を自粛することにした。


 カイトは申し訳なさそうにしていたが、私は元来超インドア派なので王都に行けないのは前々苦ではない。それに王城の敷地内なら警備は万全で1人でも出歩けるため、私は基本的に王城内にある図書館に行くかランニングをして過ごしていた。


「息が詰まらないか?」

「全然平気」

「君がそれで良いなら構わないけど、別に外出することを禁止している訳じゃないよ」

「うん、分かっている」

「あ、もしかして俺の護衛が頼りない?」

「違う!そういうわけじゃない!」


 私は慌てて否定した。


「冗談だ」


 カイトが笑う。そしてひとしきり笑った後に真面目な顔に戻るとこう言った。


「安心して、絶対守るから」

「疑ってない」


 何だかこういうのは久しぶりでこそばゆい。


 しかし中月の半ばにさしかかっても犯人は捕まらなかった。こっちが警戒したことで情報が漏れたと犯人側に伝わって慎重にさせたか、あるいは計画が頓挫したのかもしれない。


「ごめん、一刻も早く捕まえたいんだけど全然尻尾が掴めなくて」


 カイトは悔しそうだ。


「仕方ないよ。そもそも酒場の話なら酔った客のでまかせかもしれないし」

「そうだと良いんだが。いずれにしろもう少しは警戒したい」


 ここで彼は大きな溜息を吐いた。


「これじゃあいつまで経ってもデートに行けないな」


 どうやら彼の方が先に限界に達しているようだった。


「あ、明日久しぶりに王都に行きたいから護衛お願いしようかな」

「本当か?」

「うん」

「分かった。調整しておく」


 仕事とはいえ、カイトは明らかに嬉しそうにしている。


(これで犯人が釣れたら良いんだけど…)


 カイトのガス抜きという意味合いは勿論のこと、ここまで動きがないならこちらからも何らかのアクションを起こしておいた方が良いと思ったのだ。要するに囮である。



 翌日、私たちは王都へと赴いていた。


「そういえば急だったけど何か用事でもあったのか?」

「…この間レシピを公開したパンが流行っているって聞いたけど、どれだけ流行っているのか気になっちゃって」


 咄嗟に出てきたにしては良い方便である。とはいえ気になっていたことも事実なのであながち嘘というわけでもない。


 そもそも国王陛下と私の取り決めで、私がもたらしたものは国がアイディアやレシピを管理・公開し、幾ばくかの使用料さえ払えば店で自由に売ることができるようにしている。明らかに目新しくて売れるため専売を禁止しているのだ。ガラスペンや花火も開発をお願いした工房には申し訳なかったが、他の店も真似できるように陛下が取り計らっていた。もっとも開発レシピは陛下が買い上げていたので全く旨味がなかった訳じゃないはず。ちなみに使用料は国と私の懐に入るのでwin‐winである。


「最近はどこのパン屋でも見かけるよ」

「本当?」


 ちなみに今回新たに追加したものはメロンパンとクリームパン、揚げパン、動物の形をした見た目の可愛らしいパン、リングドーナツ、ピロシキ、そして蒸しパンだ。どれもこの世界には存在しなかった。


「ほら、あそことか」


 幟には「英雄様の故郷の味!」と大々的に記載されていた。恥ずかしいことこの上ないが、これはこの店に限ったことではなく、どの店も売り文句としてそう書いてあるので仕方がない。


「味見してみる?」

「良いね、食べたい」

「じゃああっちのパン屋がお勧め」


 カイトに促されるままパン屋に入ると、小麦とバターの焼ける良い匂いが食欲を刺激した。繁盛していて中にはかなりの人がいる。


「やっぱりアリサのパンは人気だな」

「目新しいから」


 焼いても焼いても飛ぶように売れているみたいで、店側から嬉しい悲鳴が聞こえてきそうだった。

 ちょうど出来立てのパンを確保して席につく。おやつの時間なので、1つずつ半分にしようと思ったがそれでも多い。食べきれなくなったらカイトに食べてもらうか持ち帰ることにしよう。


「この店では全種類扱っているんだね」

「ほとんどどの店も全部作っているんじゃないかな」

「そうなんだ」


 揚げパンはご家庭で古くなったパンのリメイク方法として下ろしたレシピのつもりだった。まぁ好きに楽しんでくれれば良い。


「俺はやっぱりこれが1番美味しいと思う」


 カイトが最初に手に取ったのはピロシキだ。


「揚げたてだから本当に美味しいわ」


 この店のやつはパン粉をつけて揚げていた。外はサクサク、中はもちふわ、具のひき肉と玉ねぎもハーブスパイスが良い塩梅でこの国の人たちが食べ馴染みやすい味に改良されている。


 ちなみにピロシキは焼くものと揚げるものがあり、揚げるものも何もつけずに揚げるタイプと卵とパン粉をつけて揚げるタイプに分かれる。更に中の具材はお任せで別に甘くても構わない。ピロシキに限らず、私のレシピにはそういうヒントやアイディアを注釈で沢山描き込んである。後は各店がしのぎを削ってアレンジをしていくため、専売にするよりも良い意味で経済競争ができているし、料理人たちがより美味しいものを作ってくれるから客にとっても嬉しい循環が出来ているはずだ。


(欲を言えばカレーパンが作りたかったんだけど)


 スパイスが揃わなかったので仕方がない。

 ピロシキを食べ終わると、次は私が1番気になっていた蒸しパンに手を出した。


「これも美味しい。紅茶かな?香りがすごく良い」

「そう。蒸しパンはシンプルで軽いからいくらでも食べられる」

「美味しいのにヘルシーなのがこのパンの魅力」

「君はダイエットなんてする必要ないだろう。ほら、カロリーだよ」

「そう言われると食べたくなくなるわね」


 カイトがメロンパンを渡してきた。


「外側のビスケット生地と砂糖はザクザクで、中はふんわり柔らか、芳醇なバターがたっぷり練り込まれた食欲をそそる逸品だ」

「ずるい、そんなふうに言われたら食べざるを得ないじゃない!」


 パクリと一口食べると彼の説明通りカロリーの味がした。砂糖とバターは美味しさの塊だから困る。


「どう?」

「こんなの美味しいに決まっている」


 世に出さなければ良かったと後悔するレベルで美味しい。勿論カロリー的な意味で。

 同じくカイトもメロンパンを食べながら満足そうに笑っていた。


「うん、美味い。…カロリーと言えば、揚がっているものが多いよな」


 7種のうち3種が揚げ物である。


「パンを焼くのは当たり前でしょ?だからパンの調理法は他にもあるってことを伝えたかったの」


 サーターアンダギーのようなドーナツの原型に近いものとか、ゼッポリーニのようなものはこの世界にもあるが主流ではなかった。だからパンは焼くものという固定観念を崩して揚げる、蒸すという調理方法を提唱したかったのだ。


「なるほど」

「何ならパスタだって揚げるわよ」

「パスタを?」

「そう、マカロニかスパゲッティを素揚げにしてお塩を振ったらカリカリのおやつになるの。お酒のちょっとしたおつまみにもできる」

「へぇ、じゃあ今度作って」

「そうね、良かったら新しいレシピにもできるし」


 お城や家の料理人もそうだが、カイトも試作品の味見係だったりする。

 他愛のない話をしながらメロンパンをたいらげ、クリームパンも食べたところでお腹の限界を迎えたので残りは持って帰ることにした。


「夕飯入るか分からないくらい食べ過ぎたわ」

「それは大変だ。腹ごなしに散歩でもしようか」

「うん」


 そうやって久しぶりにカイトと歩く王都は楽しかったけれど、結局囮の効果はなく、依然として犯人の情報は得られないままだった。



 中月も終わりそうな頃、いつものように図書館から大量の本を借りて帰路に着いていた。図書館は同じ王城敷地内だがそれなりに距離がある。


(今日はやけに重たいわね)


 調子に乗って分厚い本ばかりを借りて来てしまったから自業自得である。

 秋のきつい西日を感じながらとぼとぼと歩いていると、前から騎士団の兵士が1人近づいてきた。


「アリサさん、こんにちは」

「こんにちは」

「随分と重たそうですね。持ちましょうか?」


 王城内ではこうやって声を賭けられることがしばしばある。挨拶だったり親切な申し出だったり世間話だったり様々だ。


「大丈夫です、ご親切にどうも」

「そうですか」


 その時だった。


「えっ?」


 突然胴体に縄がかかった。手に持っていた本をバラバラと地面に落とす。遅れて自分が背後から襲われたのだと理解した。同時に声をかけてきた前方の騎士兵が私の口を抑えようとしている。


(声をかけてきたのは気を引くためだったのね!)


 私は激しく抵抗しながら魔法を唱えた。


「シングラティシーフォトス! ―光の拘束―」


 しかし何故か魔法は発動しなかった。


(なんで!?)


 理由は分からないが誘拐されそうな状況に変わりはない。私は口を塞がれないように身を捩りながら必死で大声を上げた。


「止めて!離してっ!離してったら!!」


 声を張り上げていれば警備が気付いてくれるはずだ。私は少しでも時間を稼ぐためにあらん限りの力で身体を揺り動かしていた。


「誰かっ!誰か助けて!!」

「うるせぇな」


 前にいた騎士兵は舌打ちをした。明らかに苛立っている。そして次の瞬間、私は腹部に強い衝撃を受けた。


「カハッ……」


 鳩尾を思い切り殴られた。激痛で呼吸がままならず、身体も動かせなくなってしまった。


「おい、あんまり手荒な真似はよせ」

「仕方ねぇだろ、手間ぁ取らせやがって」


 乱暴な兵士はぐったりした私の口にハンカチを当ててくる。甘い匂いがした。


(私は今、何を嗅がされているの?)


 お腹は痛いのに猛烈な眠気に襲われ始める。必死に意識を保とうとしたが抗えなかった。


(カイ…ト…)


 私の意識は深い闇の底へと沈んでいった。

次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。


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