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4.浴衣と花火

 春も終わりかけの頃、私は国王陛下に許可をもらって閲覧制限のかかっている書庫を訪ねていた。ここには過去の異世界人の情報がまとめて置いてある。


 以前カイトに言われた通り、私はこの世界にない文化や物を少しずつ発信していきたいと考えていた。既にいくつかは広まっており、例えばパワーサラダや日本発祥の洋食類、冷房システム、ビュッフェの時の保温器・保冷器などはもう随分普及しているし、カイトの誕生日プレゼントに贈ったガラスペンも後に陛下に献上したところいつの間にか爆発的ヒット商品と化していた。つい最近執り行った結婚式も話題となっており、ブームになりかけているらしい。他にもまだアイデアはいくつかあったが、私はふと思ったのである。


(先人たちは何かを広めたのかしら?)


 それでここに来たというわけだ。

 そもそも私はカイトに連れ去られてここに来たわけだが、他の異世界人は100年に1度の周期でこの世界に転移してきていた。不毛の地に投げ出される彼らはサバイバルをしながらこの国を目指す。運よく辿り着ければ良いが、途中で命を落とすこともある。ここに残っている資料はこの国に運よく辿り着いた者たちの情報だ。直近では約200年前江戸時代の人が辿り着いており、他にも時代を遡って何人か訪れている。しかしどの人もあまり有用なものは残していないようだった。


(相変わらず閉鎖的な国だわ)


 資料によると皆こちらの世界の人たちや文化を見て挙動不審になっていたという。流石島国気質と思ったが、民衆は外国との接点などなかなかない時代だったのでそれも仕方がないのかもしれない。ただ、彼らの所持品や衣類なども一緒に保管されており、それこそ資料館でしかお目にかかったことのないような甲冑や日本刀、平安貴族と思しき着物、あるいは農民が着ていたようなボロボロの服なども置いてあった。

 その中の1つに目が留まった。これは直近の江戸時代の異世界人の物だ。


(浴衣!)


 保存状態が良い。しかも資料によるとこの人が王都にいる間に何着か浴衣を仕立ててもいるという。その仕立て屋まで載っていたので簡単に浴衣が手に入りそうだ。しかもこの江戸時代の男性は比較的情報提供をしており、男物の浴衣の着方まで資料にまとまっていた。


(何着も作っているのに流行らなかったのは着付けが難しいし、動きにくいからかな)


 しかし浴衣を見た瞬間、私の中で流行る流行らないはどうでも良くなっていた。


(カイトに着てもらいたい)


 あの美形はきっと何を着ても似合う。浴衣には人を何割増しかに魅せるパワーがあると思っている。少なくとも私は浴衣姿の男性にきゅんとくる。カイトが着たら大変なことになるかもしれない。


(最悪直視できないかも)


 今ちょっと妄想しただけでもクラッとしかけていた。私の心の琴線に触れまくっている。これはマズい。知らないふりをしてここに置いておくべきか。いやしかし己の欲望には勝てなかった。


(カ、カイトだって毎年夏のパーティーで着る私のドレス選んでいるし!)


 変な言い訳を自分の中でし始めていた。



 私は仕立て屋の名前と住所を書きつけ、書庫を後にした。時間があったので早速城下町へ繰り出す。着いた先には老舗の仕立て屋があった。店主に話を伺うと珍しい召し物だったので型紙がまだ残っており、寸法が分かれば作れるという。ついでに女物の浴衣も作ってもらうことにした。


(ええと確か衿とおはしょりと身八つ口、それから振りだっけ?あと帯の太さと長さか。ああ、腰紐は2本)


 男物と女物の浴衣は微妙に形が異なる。女性の場合、衿を抜いて着るために予め衿を少し後ろにつける。それからおはしょりと言って、女性用にはお腹の部分で折り返す分の布が必要になるので、男性用と違って背丈ぴったりには作らない。後は脇の部分が見頃と袖の部分で少し開いているのも特徴的だ。帯も女性物の方が太く、物によっては男物よりも長かったりする。腰紐は帯の前に浴衣を縛って整える紐のことで男性は1本、女性は2本必要である。


(まさかこんなところであの授業が役に立つとはね)


 大学生時代、空いたコマで暇つぶしに日本舞踊という講義を受けていたことがある。その授業で

は簡単に浴衣の構造や男女の仕立ての違いなんかを教わり、また毎回必ず自分で浴衣を着付けてから講義に参加しなければならなかったため、その時に女物の着付けはマスターしていた。ただ男物の着付けの仕方が分からなかったので、自分の分からない方が資料に残っているのは大変有難かった。それに流石に浴衣を一からオーダーできるほど覚えているわけではなかったから、原型があったのも幸いである。これなら女物を仕立ててもらうのも容易だろう。


 相違点を確認してもらい、女物も仕立てられるだろうと嬉しい返事をもらった。後は寸法とデザインである。これは後日出直してその時正式に発注することにした。

 仕立て屋を後にした私はその他の付属品を揃えるべく動き出していた。


(浴衣と言えば後は下駄、団扇、かんざしは欲しいところ)


 扇子を作るのは難しそうだったのでぱっと思い浮かぶ団扇の方を採用する。それぞれ作ってもらえそうなお店に行って話をして、できると言われたところに後日発注を出すことにした。


(浴衣を着るならあれも作らないと)


 せっかく浴衣を着てもらうなら風情は大事である。正直浴衣を発注するよりもこちらを発注する方が大変だ。スケジュール調整なども必要になってくる。しかしそれら全ての手間や労力を引き換えにしても、私はカイトに浴衣を着てもらいたかった。



 私が色々と奔走する中、季節は春から夏に移り変わっていた。


「そう言えば今度城下町で行なわれる夏祭りの最後に君が主催して花火を打ち上げるんだって?」

「うん、その予定」

「また突拍子もないことを」

「まぁそうね。元の国では夏に花火大会って催しがあったの。だから皆にも楽しんでもらおうと思って」


 その気持ちも間違いではないのだが、私の本来の目的はカイトに浴衣を着てもらうことである。随分な回り道をしているがこれも風情のためだ。


(にしたって目的の倒錯感は否めないけど)


 浴衣は既に発注をかけて出来上がっている。しかし関係各所への手配は既に済んでいるものの、肝心の花火はまだ準備中だった。


 ちなみに城下町の夏のお祭りは陛下主催の夏のパーティーの数日後に毎年行なわれている。陛下のダンスパーティーに招かれた地方の人たちが観光がてらこのお祭りにも寄るため、毎年かなりの賑わいらしい。私は夏の暑い中、熱い人混みに紛れる勇気はなく、またカイトもこの時期は警備で仕事が忙しいため、まだ参加したことがない。よほど気が向かない限りは今後も行かないだろう。


「ねぇ、その日、夜の早い時間には帰って来られそう?」

「その予定だけど、祭りに参加する時間はそんなにないだろうな。君が回りたいなら人も多いし護衛に入るけど」

「いや、この家の屋上で一緒に花火が見たいの」

「ああ、それなら全然問題ないと思う」

「じゃあ当日は寄り道しないで帰ってきてね」

「いつも寄り道なんてせずに真っ直ぐ帰ってきている」

「そう?なら良いわ」


 そうやってさりげなく約束を取りつけたが、実際カイトのその日のシフトは彼のお父様である近衛兵団団長のシノーラスさんに融通をきかせてもらっていたので、何かない限り夜には帰って来られるようになっていた。その辺りも抜かりなく手配済みである。


「それじゃ行ってくる。お休み、アリサ」

「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってね」


 いつものように玄関先で軽く抱き合いキスをして見送った。なお今日の彼は夜勤である。この定期的に訪れる彼の夜勤日は今の私が暗躍する重要な日でもあった。


「さぁ、リリアンさん、支度が出来たら行きましょう」

「ええ、しかしわざわざカイト様に隠すようなことでもないのでは?」

「そうですけど、せっかくなら驚かせたいじゃないですか」


 浴衣も花火も私の独善ではあるのだが、サプライズの方が楽しんでもらえるだろう。

 カイトが行ってしばらくしてから私とリリアンさんも外出した。本当は夜にこっそり1人で抜け出すことも考えたのだが、バレた時に蜂の子をつついた騒ぎになると思ったので、リリアンさんや他の使用人には外出することを伝え、しかもリリアンさんには付き添いでついて来てもらっている。正直王都は日本と同じくらい治安が良いので夜に女1人で歩いても早々犯罪には遭遇しないと思うのだが、カイトにこれ以上心配をさせると本当に愛想を尽かされそうなので止めておいた。


「早く完成すると良いですね」

「もうあまり時間がないですからねぇ。今日の出来次第でしょうか」


 そんなことをリリアンさんと話しながら夜の馬車に揺られていた。

お盆なので…

次回は今日の20時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。


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