9.二年後
完結です。
「家事手伝い……でも、お母さんの家事、手伝ったことほとんどない」
「ニートかよ」
津田は無言になった。言い返す言葉が見つからないのだろう。
「だって、働かなくても小遣いだけで生活できてたのよ。棚原が警察に捕まらなければ」
なんだよそれは! まるで俺が悪いみたいに言う。津田の自己中が、本性が顔を出した。
「お兄ちゃんたちからの小遣いで十分生活できたの。でも今回のことで小遣いもらえなくなった。往来で刃物出すほどの馬鹿とは思わなかった、少しは働いて苦労した方がいいって」
「それは正しいな。でもお兄ちゃんたちって、お前お兄ちゃん何人いるんだ?」
「二人。一人は十二歳年上でもう一人は十歳年上。お兄ちゃん二人で会社経営してて、二人ともお金持ち。タワマン住んでて外見もイケメンで、二人とも結婚には興味ないからか私にお小遣い一杯くれる。年が離れている妹の私をとってもかわいがってくれてたの」
「じゃあお前は働かずにその小遣いだけで遊んで暮らしてたのか?」
「お兄ちゃんたちはいいって言ってたもの。ゆくゆくは俺たちみたいなスペックの旦那を探せばいいって。それを大ごとにして、私の信用失くして、台無しにしたのが棚原じゃない」
どうして俺が悪いのだ? 刃物を持ち出したのは、騒ぎの元凶は、自分だろうに。
「時鶏に戻って杉さんに謝って真面目に働け。もうここから出て行け。自分勝手なお前はうんざりだ」
津田は恨めしそうに俺を睨むと立ち上がる。そしてさっさと入り口に向かうと、世話になったはずの俺の叔父叔母に挨拶もせず店のドアを開けた。礼儀のない奴だと言ってやりたくて、俺も急いで立ち上がり津田に続いて店の外へ出た。俺が駅方向に向かう津田に話しかけようと思った瞬間、津田が振り向いた。
「去年も、一昨年も、クリスマスリースの写真を撮ってお願いしたのに、全くご利益ないじゃない! インチキ! 私はお兄ちゃんたちみたいな、お金持ちのイケメンと結婚したいの! タワマンで専業主婦して優雅に暮らしたいの! それなのに毎年毎年、目の前には碌な男が現れない! 正太とか! あんたとか!」
それだけ言って津田は立ち去った。あまりの言われように俺は口をパクパクしてしまい、抗議の言葉も一切出せず唖然とその後姿を見送った。
あの頃よりもほんの少しだが日が長くなった。その夕暮れ時の街の中を津田はズンズンと形容したくなるような足取りで去っていく。津田の威勢のいい後姿はどんどん小さくなり、やがて完全に見えなくなった。そこでようやく俺は我に返り「あ~」と力の抜けた声を出してから、一つ息をついた。
「俺と正太を同列かよ! くそったれ、今日は飲んでやる」
俺は迷惑かけた叔父叔母に礼と詫びを言おうと、開店時間間近の店の中へ戻った。
「ていうことがあってさ」
飲んで歌って騒いで、二日酔い睡眠不足、冬だというのに脱水か喉も乾く。俺がボロボロ状態で家に帰って来たのは翌朝だった。荒れている俺を見て興味津々に話しかけてきた社会人の姉貴に、昨日の一件を零した。
「ふ~ん、つき合っちゃえばよかったのに」
「はぁ?」
「時鶏のイケメン正太の元カノでしょ? 結構かわいかったんじゃない?」
ここにもいるよ。おかしな女が。まぁ、姉貴の言動は、いつも俺の理解の範疇を超えているから、そう驚くことではないが。
「見た目、悪くなかったけどさ」
「だってこういう機会でもなきゃ、彼女いない歴イコール年齢のあんたに、彼女なんてできるわけないよ?」
「うるせーな。いくらかわいくたって、あんな性悪自己中非常識女とつき合えるかよ」
「女の子の扱い方の経験と思えば~? きっとあんた当分彼女できないね~」
姉貴は笑いながら立ち去る。腹立つな。俺は手に持つ、帰りにコンビニで買ったスポーツドリンクのペットボトルの底を、ドンという音がするほど強く食卓に叩きつけた。
その後。正太は山に連れ戻され、お祖父さんの許しが出たあとは戻って来て時鶏の店員をしていたが、一年ともたずに地鶏をやめて行方をくらました。どこかでヒモでもやっているのではないかと噂されている。
津田はあれっきり、とうとう時鶏に戻って来なかった。お兄さんたちに許されてまた小遣いをもらって生活しているのか、どこかで働いているのか、資格の勉強でもしているのか、嫁に行ったのか。噂は聞かないし、あんな女について調べる気もない。もうあの女には、二度と人生で関わる気はない。
月日は流れ俺は大学を卒業し、就職してから八か月が過ぎた。この年末も近い十二月、仕事は学ぶことも多いし忙しいが、俺はいたって普通で平和な日常を過ごしている。姉貴の失礼な予言通り――当たったのが悔しいが――俺は未だに彼女いない歴イコール年齢だ。このクリスマスを一緒に楽しむ彼女はいない。
しかし今日は合コンに誘われた。職場の同僚女子が彼氏のいない女友達たちに声をかけてくれたという。
『かわいい子一杯くるよ!』
と言っていたので期待大だが、彼女いない歴イコール年齢の、非モテ男の俺でも相手してくれる子がいるだろうか。学生時代から今日まで、厳しいことに合コンは全戦全敗中なのだが。
「おっ待たせ~!」
店内中心を飾る大きなクリスマスツリーの向こうから、幹事の同僚女子がノリのいい大声で俺たち男子が待ち構えるテーブルにやって来た。
「適当に座るね~」
ぞろぞろと入ってくる女の子たち。その中の一人に俺の目は釘付けになった。向こうも俺に気づくと今まで笑顔だった顔を引きつらせる。
「津田」
「棚原」
津田は俺の真正面に座った。しばし睨み合い。津田の外見は最後に会った時に近い。ネックレスとイヤリングを身に着けてはいるが、サラサラツヤツヤ黒髪に大人しめなメイクだった。
「お前、今、何やってんの?」
「バイトを週三から四回」
あんまり進歩ねーな。でも働いているだけましか。俺のそんな考えが顔に滲み出ていたのか。
「でもでも、もう一年以上続けてそこで働いてるんだよ! 前みたく逃げずに!」
と主張されても……本当か? 津田は変わろうとしている、と思っていいのか? 本当に信用していいのか? 俺の知っている津田はどう見ても真面じゃない女なのだから。
俺と津田の間の異様な空気に周囲が気づいたらしく、賑やかだった皆が次々と無言になる。そして俺と津田に『どうした?』という視線を投げかける。
「俺たち、高校の同級生だったんだ」
ただそれだけ言った。津田もそれに同意している。
「凄い偶然だね。懐かしい話とか、久しぶりなら積もる話もあるんじゃない?」
と幹事の女子。俺と津田を端の席で二人にしてくれた。皆は適当に組になって話し込んでいる。
「あの日、捨て台詞残してマカド出た後、行く当てないしお金もないから、結局家に戻るしかなくて。家着いたら両親とお兄ちゃんたちにガンガン叱られて、働かないなら出てけって言われて、泣いて反省して、あれからバイトだけはしてる。あの時はごめんなさい。今なら悪いってわかるし、ちゃんと謝れる」
津田はそう言って頭を下げた。絹糸のような黒髪がさらりと肩から滑り、テーブルへと流れ落ちる。
「おいおい、ここは合コンだ。そんな風に頭下げるの変だから、とりあえず普通にしてくれ」
津田は頭を上げると小声で「ありがとう」と言った。そしてふんわりとした笑顔で笑った。
「ここに来ている俺の同僚には、お前好みの男はいないぞ。女にモテそうな奴とか、社長になれそうな奴とか、タワマン住めそうな奴とか。お前にリッチな暮らしをさせてくれそうな奴」
今日ここに来ているのはモテない、給料少ない、寂しい奴らばかりだ。
「わかってる。そんなのが目的ならここに来ないよ。今は普通に異性とデートしたい。いつか杉さんに謝りに行きたいとも思っている。自分がちゃんとしている姿に自信が持てたら」
う~ん……津田を信用するのは早過ぎるって普通思うよな。これなら大丈夫だろうなんて、俺、考え甘過ぎるかな。
そういえば俺、昨年の十二月に、大学四年だからこれでマカドのバイトも最後だと記念に、今まで全く興味がなかったクリスマスリースの写真を一枚撮ったんだった。できれば彼女くださいなんて思いながら。今もその写真はスマホに入っている。
この状況、リースの巡り合わせってことでいいのかな? 一応津田の連絡先聞いておくか?
最後まで読んでくださってありがとうございました。
また何か書けましたら、よろしくお願いいたします。




