4.時の沢駅 噴水広場
時の沢駅の噴水広場は静かだった。今の時間、噴水は終了して止まっている。噴水の飛沫が作り出す清涼な音は聞こえてこず、レンガ積みの水場は水が張られているだけの状態で、噴水をライトアップするために底に設置された水中ライトも消灯していた。駅に向かう人・駅から出てくる人、夜も更けて皆急いでいるようで、速足で広場を横切って行く。俺もその流れに乗ろうとしたのだが。
「あれ?」
噴水そばの木製ベンチの隅に、ちょこんと白っぽい人が座っている。その人の顔は水場の方を向いていて、早い時間なら噴水が噴き出しているであろう空中を、ただぼんやりと見詰めていた。
「津田?」
俺は思わず立ち止まり、その白い人間、つまり津田を凝視してしまった。
「津田、何やってんだよ!」
俺はすぐに津田に駆け寄るとそう声をかけた。そこでやっと俺に気づいたのか津田は顔を、俺の顔へと見上げるように動かす。
「棚原?」
放心状態というのだろうか。ぼんやりとした津田の目が向けられた。どこか様子がおかしい。
「今日はもう、お店終了したんだ」
津田はうっすら笑った。笑いたくて笑っているのではないような、不自然な、作られた表情。どこか薄気味悪い。
「今日は何かあったのか?」
『何で来なかったのか』なんて疑問を、直球では聞きにくい雰囲気が今の津田にはあった。だからそう聞いてみたのだが。
「うん。それがね、私にもわからないんだ」
津田はそう言うと水場の方を向いて俺から視線を外した。津田は、先程同様今は噴き出した水のない、暗いだけの空間を見ている。
「あれから一時間以上時計が丘の改札で待ったんだけど彼、来なくて。こっちからも一杯連絡したんだけど既読にさえならなくて。きっと仕事が忙しいんだって思って、連絡待って九時近くまで改札前に立っていたの。でも、ビスロトマカドのラストオーダーは二十一時って思い出して、もう間に合わないなって、今日の食事は諦めた」
今晩の予約の客は全員来ていた。津田の席は元からなかった。考えられるのは、彼氏は予約が取れなかった、いや、まさか別の女と来ていた? カップルは何組かいた。今日の客の顔は全員思い出せるが、あのカップルで来店した男性たちの中に津田の彼氏がいたのだろうか。
「それで、彼氏とは連絡取れたのか?」
津田は数回小さく頭を振った。
「それで、なんでここにいるんだ?」
「彼の仕事が時の沢駅の近くだから」
「え? この辺?」
「ここで待っていたら会える気がして」
「はぁ?」
なんか凄く怪しい話になってきた。それが本当ならその彼氏はビストロマカドについて、この駅に縁のない人よりは詳しいのではないか? それでも予約取り損ねた? いや、これはハナから予約する気なんてなかったんじゃ……
「なぁ、本当にその男、大丈夫なのか?」
冬場の外で女性を長時間待たせられるって、ましてやそれが恋人に対してできるなんて、常識として考えられない。心配で絶対に何か連絡を寄越すはずだ。とするとそいつは津田にいい加減なこと言って、誤魔化しきれなくなって逃げたんだ。だから連絡を寄越さない。
「大丈夫だよ! 彼を疑わないで!」
心配して聞いたのに、逆に怒られてしまった。ムカつくな。もう相手をするのは馬鹿馬鹿しい。こんな奴放り出して帰ろうと思ったのだが。
「やっぱ、大丈夫じゃない、やっぱ、やっぱ、大丈夫じゃない!」
津田は再び俺を見上げると、急に泣きそうな顔になった。がそれは一瞬のことで。
「あ!」
津田は泣きそうな顔をやめて急に大きな声を出した。そして顔を少し下げて、俺の背後の何かを目で追う。
「ショウヘイ!」
笑顔を浮かべた津田は立ち上がると俺の横を走ってすり抜けた。信じられないくらい素早い表情の変化。今度はその姿を、呆気にとられた俺が目で追う。
「どうして連絡くれなかったの?」
津田は俺の背後を歩いていたらしき人物の右腕を両手で捕まえて、ベンチの方へと引っ張って来た。俺はその人物の顔を確認しようと体をそいつに向ける。
「え? 正太?」
津田に腕を掴まれ、顔を引きつらせ嫌そうに歩いて来たのは、時鶏の店員・正太だった。しかし今、津田はショウヘイって言ったよな。でもこいつはどう見ても正太だ。
「えっと、有紗は、どうしてここに?」
そう尋ねた正太は、腕は掴まれていても体は引き気味だ。
「ここに来れば会えるかもと思って。どうして連絡無視したの?」
小さな津田が長身の正太を見上げ尋ねる。聞かれた正太は何も答えずに、馬鹿にするように、片方だけ口角を上げた薄ら笑いを浮かべた。その数秒後、急に不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「わかんだろ、それくらい。察しろよ」
ボソッと言った正太の小声が聞こえた。
「津田、お前の彼氏ってその正太なのか?」
俺を無視する二人に向かって俺は尋ねた。
「正太じゃないよ、ショウヘイだよ!」
津田は顔だけ俺に向けて言った。言うとすぐに顔を戻し、正太を見上げる。
「そいつは正太だよ! 時鶏の店員の!」
「違うよ! ショウヘイだよ! 時鶏のオーナーの一人息子で将来の社長の! チェーン店展開も考えて、お父さんから褒められてるって!」
「おい、正太! お前、自分の立場をなんて説明したんだ?」
俺は正太を睨む。正太も俺を睨み返した。
「何でここに慎がいるんだよ。お前、有紗とできてんのかよ」
正太は俺の質問には答えず、そう聞いてきた。
「ふざけんな。俺と津田は高校の同級生だ。バイト帰りに偶然会ったんだよ」
「チッ」
正太は舌打ちをした。
「なんだ、その態度は。お前、津田を騙したのか!」
まず、こいつの名前はショウヘイではない。正太だ。そしてオーナーなんて気取った言い方をしているが、時鶏の店長・杉さんは、こいつの父親ではない。叔父だ。そして杉さんはあの店を大切にしていて、チェーン店なんて考えていない。さらに正太は勤務態度も最悪で、褒められたことなど一度もない。
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