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3.来ない?

 ビストロマカドは毎年アドベントに入ると、店の入り口横に直径一メートルはあるクリスマスリースを飾る。これは昌子が思いついた案で、クリスマスシーズンは店に入ってくるお客様たちをこのリースが華やかにお出迎えしていた。

 リースの製作者は時計が丘にある山下フラワーアート教室の山下先生だ。山下先生は昌子の高校の同級生で、その縁で、昌子が毎年このリース製作を山下先生にお願いしている。

 店の入り口に飾られたその大きなリースを、一部の客たち(主に若者)が来店記念だと言って写真に撮っていた。リースの両脇に立ったカップルの写真を、俺らスタッフが彼らのスマホで撮ってあげたこともある。


 そんな中あるカップルが『結婚しました』と入籍報告をSNSにあげた。その時に使われた写真がこのリースとともに撮った写真だった。このカップル、H君とAさんは(写真の顔はしっかりとぼかしてある)、山下フラワーア―ト教室のクリスマスリース作りで仲が深まったらしい。しかしコロナ禍で式が挙げられずSNSの結婚報告では、式前年の十二月にこのリースを挟んでリースを二人で両側から抱えているように見える(実際は腕を近づけているだけで、触れても抱えてもいない)体勢で撮った写真を使った。


 ある日H君やAさんの知り合いのカップルが食事に来て、面白がって同じポジションで同じ姿勢で写真を撮った。そして半年後、彼らは結婚が決まった。そのカップルがその情報をSNSで拡散すると、それを真似る者たちが増え始めた。その後写真を撮ったカップルからの結婚報告は増え続け、食事をしてリースを抱えるような体勢で写真と撮るとゴールインできるのではとSNSで有名になった。それ以降のクリスマスシーズンの店の予約は、(客同士の距離を開けるために席数を減らせばならなかったのもあるが)、今まで以上のスピードで満席となった。そして今年も、二十五日までのディナーの席は一席も空いていない。


 店の前に着くと、通りすがりにリースの写真をスマホで撮っている若い女性がいた。確かこのリースの写真を持っているだけでも、恋愛運が上向くという噂を聞いた気がする。そのためこうやってリースの写真を撮っていくだけの通行人もいるのだった。


 店に入ると今日のディナーの予約一覧を見る。今日は二名の予約が多い。二名とはカップルかもしれない。ここで二人の愛を深めるのか。三名予約はリースには興味のない家族連れか、もしくは女性三人組。女性のみでの来店は、早く彼氏ができますようにとリースにお願いするためらしく、そのお陰か彼氏ができた女性が何人もいると聞いたことがある。


「あら、慎君、予約が気になるの?」


 昌子叔母さんから声をかけられた。


「あ、ええ。さっき高校の同級生にばったり会って、彼女今晩この店に来るって言ってたから」

「え? そうなの? どの方かしら。楽しみだわ」


 一覧には予約者の苗字がズラリと書かれているが、津田という名前の記載はない。きっと彼氏の苗字で予約したのだろう。俺は予約一覧の苗字を上から下へと下から上へと何度も目で追って、どれが津田の男か予想して楽しんでいた。


 しかし。予約の客が全員来店して席が埋まっても、その中に津田の姿はなかった。

 今日って言っていたよな、でもキャンセルも出てないし。「来ていない」と告げると、叔母さんは「え?」と言ってから不思議そうに首を傾けた。俺にもわけがわからない。俺だって首を傾けたいよ。時計が丘で見たあの白っちゃけた津田は今どうしているのだろう。





 閉店後の店の片付けを一通り手伝って、俺は叔父夫婦や他のスタッフよりも先に店を出た。今日という日の終わりが近づいているような時間帯。冬夜の空気はコートをしっかり着込んでいても全身に冷気を感じさせる。今日の夜は今月一番に冷え込んでいた。

 ポケットにかじかみ始めた両手を突っ込み、肩をいからせ身を縮めながら、時の沢駅への道を歩く。商店街の店は殆どが閉店後でシャッターが閉まっており、いまだに開いているのは飲食店ぐらいだった。電柱の街灯がぼんやりと白く照らす道を一人で歩きながら、俺は津田のことを考えていた。


 津田は今日店に現れなかった。きっと津田は、予約は彼氏の方がしてくれたと思っていたのだろう。しかし彼氏の方はマカドに予約が取れなかった。クリスマスシーズンのマカドは人気があるから、予約が取れなくても仕方がない。彼氏は津田のために別の店を予約した。そして直前の今日までそれを、申し訳なさから津田に言えなかった。

 時計が丘駅で津田に会った彼氏は謝罪をしてご機嫌を取って、別の予約した店に二人で向かったのだろう。または、彼氏は遅刻もしたことだし、約束した予約も取れてなくて、津田は怒って彼氏を放って家に帰ってしまったかもしれない。


「自分勝手な女だったもんなぁ」


 俺は時計が丘駅での津田とのやり取りを思い出して、そう独り言を言った。


「その彼氏ドMで振り回されんの楽しんでるとか? いやいや、津田はいい男捕まえて、そいつに本性隠しているの方が似合ってる」


 もう一度呟いて小声で笑った。


 時の沢駅が近くなってくると、コンビニの明かりや車や人の往来も増えて、商店街が明るく賑やかになってきた。時間的に次の電車が間もなく駅へ入ってくる。俺はズボンのポケットから交通系ICカードの入った財布を出すと、小走りで改札へと向かった。


読んでくださってありがとうございます。

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