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2.時鶏の店長 杉さん

 ビストロマカドがあるのは、時の沢(ときのさわ)駅の駅前商店街の中だ。時の沢駅は時計が丘(とけいがおか)駅の隣駅で、バイトの時、俺は時計が丘駅から時の沢駅までの一駅を徒歩で移動していた。それには理由がある。


 俺の家はA線沿いにある。時の沢駅はB線沿いだ。俺はA線を使って時計が丘まで出る。そこでB線に乗り換えても一駅だけで、時の沢で降りることになる。このB線への乗り継ぎは別ホームへの移動の上にダイヤの関係上少し待たされる。そしてやっと乗り込んだ電車をたった一駅で降りて、その分の料金を払うことになる。バイトを始めたばかりの頃の俺はその行動と時間が不便な上にお金がもったいないと思いはしても、それでも一駅だけB線を利用していた。


 実は時計が丘と時の沢駅の距離自体は非常に短い。その距離の近さで地元ではよく話題に上るほどである。それなら、俺は歩くのは速い方だしこの距離だったらもう歩いてしまおう、と結論した。それで悪天候の日などを除いて俺は、バイトの日は時計が丘で改札を出ると道を速足で時の沢駅まで歩く。お金の節約、運動不足解消。一石二鳥だった。





 線路沿いに道はないので、線路に沿った直線では行けず少し遠回りもしなければならないが、それでも俺の足で約七分かかり時の沢駅前に到着した。この短時間で日もだいぶ傾いて、頬に触れる空気も冷たさが増してきた。俺は南口駅前広場の噴水脇で一旦立ち止まって、クリスマスの装飾や電飾が所々に飾られている時の沢駅周辺を見渡した。


 時の沢駅の南口改札を出ると、東側にスーパー西側に一方通行の狭い商店街がある。商店街とはいえアーケードもなく駅近以外は寂れ始めている。店舗が途絶えず残っている長さは、俺の感覚では駅から百メートルほど。以前は数百メートル先の県道のすぐ手前まで店舗がびっしりで、そこまで買い物客が一杯で商店街として栄えていた。最近は駅から離れるとコインパーキングやマンションが多くなっていて、商店と言える構えはほとんどない。でもそこを抜けると県道を中心に住宅街が広がるから、電車が動いている時間帯の人通りだけは多かった。

 俺のバイト先はこの時の沢商店街の中にあるビストロマカドだ。


「お、こんにちは慎(しん)君、これからバイトかい?」

「はい、こんにちは。あれ? 正太(しょうた)は?」


 商店街を進む俺に声をかけたのは、商店街中央付近にある焼鳥屋・時鶏(じどり)の店長・杉(すぎ)さんだ。杉さんは身長が百九十センチ以上あり、肩幅の広さ胸板の厚みは人並み以上、文句なく、ホモサピエンス仲間とは思えないほどゴツイ。さらに堅気とは思えない目を合わせたくない圧のある面構えで、初対面の人は大体警戒する。そして杉さん本人はそれをとても気にしていた。でも親しくしているとわかる。杉さんは面倒見がよくてとっても頼りがいのある、とてもいい人なのだ。

 今、杉さんは店の本日のおすすめ看板を表に出しているところだった。しかしそれは本来、甥で弟子の立場の正太の仕事のはずなのだが。


「また遅刻だよ。電話したら今起きたって」

「正太らしいですね」

「あいつはいつになったら真面に働くんだか」


 杉さんはいい加減な生活をする正太について愚痴る。そして溜息だ。


 高校までの正太は県内で有名な運動選手だった。大学にもその活躍を期待されて入学した。しかし運悪く怪我で長期療養が必要となり、その道を諦めるしかなかった。その後の正太は何もかもにやる気をなくし、大学にも通わず自暴自棄、そのまま留年中退。ブラブラして職も決まらずに家族が困っていたところを、叔父の杉さんが店で雇った。

 正太は、雇われはしたものの、少しも真面目に働こうとしなかった。遅刻欠勤は当たり前、与えられた仕事は手を抜こうとする。それでも杉さんにはかわいい甥っ子であるし、何よりも正太の気の毒な境遇に同情しているようで、態度が悪くてもクビにはしなかった。


 ただこの正太。外見に恵まれ長身のイケメン。立っているだけで目立つ。当然女性にもてる。現に、時鶏に正太目当ての女性客が増えてきたと、先日杉さんは困ったように笑っていた。『客が増えるってのは、ありがたいっていやありがたいんだがな。でもあいつの酷い勤務態度でその分は帳消しだ』と言って。


「十二月は忙しいよなぁ、クリスマスだ、忘年会だと」


 杉さんは話題を変えた。


「万年金欠大学生の俺には稼ぎ時です」

「ハハハ。その懐があったまったら、また食べに来てくれよ」

「はい。年が明けたらゼミの仲間と来ますね」


 時鶏はよく大学の友人たちと利用する。美味い、安い。そして店長が『若者応援』と言って、俺ら大学生たちには焼き鳥をおまけしてくれたり、デザートのシャーベットやアイスクリームを無料で提供してくれたりしてくれるのだ。

 さらに、この店の鶏雑炊は絶品。毎回必ずシメに頼む。グツグツ煮えている熱いあれを真冬にフーフーしながら食べるのを想像すると……俺はそれだけで体がポカポカとあったまる気がした。





 ビストロマカドは俺の母の弟、間門通朗(まかどみちお)がシェフのビストロである。通朗は日本とフランスで修業を積んだのちに、ここ時の沢で店を開いた。通朗の料理の評判は高く、通朗の妻・昌子(まさこ)も店を手伝い、ビストロマカドはアットホームな雰囲気で美味しい料理が楽しめる店として、ネットの口コミで人気があった。

 しかしここ数年この店に、クリスマスシーズンのみだがある噂が広まった。それはとあるSNSの投稿からだった。



読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作もステキな、大好きなお話だったので、〝2〟の文字を見た瞬間、小躍りしてしまいました〜\(//∇//)\ クリスマス気分が散りばめられていても、お話の登場人物の心境や情景が丁寧に紡がれて…
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