1.白い女
よろしくお願いいたします。
「え?」
「え?」
時計が丘駅の改札を出た俺は、待ち合わせらしき人ごみの中に知っている顔を見つけた。そしてそいつと目が合ってしまって、思わず間抜けな声を出してしまった。それはその相手も同じで、俺と全く同じ声を発して驚いた顔をしている。
「津田」
「棚原」
彼女は津田有紗(つだありさ)。俺の通っていた高校の同級生だった女だ。この改札前は待ち合わせによく使われるスポットで、今現在も沢山の人々が改札方向を向いて立っている。津田はその中でもやけに目に飛び込んできやすい外見をしていた。そのせいで津田と認識する前から俺はついつい目がいってしまって、その流れで目が合ってしまって、そしてそれがどういうわけか知っている顔の津田だった。
「えっと、卒業以来だから三年ぶりかな」
津田はエヘッという感じに、少し上目遣いかつ少し両肩を持ち上げて、偽物とわかる笑顔を作った。
「だな」
津田は小柄で華奢な女だ。顔立ちもクリッとした目と小ぶりな小鼻と小さな口元と。今のかわいらしい仕草は、小動物のような雰囲気を持つ彼女を引き立ててくれると、わかっていてやっているのだろう。
しかしそれ以前に今日の彼女の外見は、ミルクティー色のよく手入れをされたストレートロングヘア、白いウールのロングコートを身に着け、顔の美白も徹底している。
遠目から見てもわかる全体像のあまりの白さに、この沢山の人々の中、俺は真っ先にこの真っ白に目がいってしまったのだ。さらに近くでよく見ると瞳もグレーのカラコン。白さが一層引き立つ。
一方化粧は完璧だがエクステだかツケマだかが分厚く黒々としていて、それが俺には不自然でやたら重そうに見えた。
「今日は仕事が休みなの?」
津田はそう聞いてきた。確かに今日は土曜日だし、社会人なら休日の奴も多いだろう。でも俺は学生だ。
「仕事って、バイトのことか?」
十二月下旬の今は丁度冬休み中だ。働くならバイトという表現が自然と思うのだが。
「え? あ、うん?」
なんだか歯切れの悪い返事。
「クリスマスシーズンだから親戚の店でバイトしているんだけど」
俺も歯切れが悪くなる。クリスマスとか結婚式の二次会とか、そんな人手が足りない時だけ俺は親戚のレストランに手伝いに行っていた。十二月の土曜日の今日は満席。当然手伝いだ。
「え? シーズンだから? 日頃は働いてないの? ニート?」
「ちげーよ、学生だ!」
「え、そうなの? 専門学校だっけ?」
津田は俺が四年制大学へ行っているとは思いもしないらしい。その上に俺が就職していると思っていたのだろう。俺は大学名を言う。誰でも知っている人気のある私立大の一つなのだが。
「浪人したんだ」
津田は『あっ』という形の口にしながら、白い手袋をした両手の平をポフンと音を出してくっつけると、納得と言わんばかりにそう言った。それも違う、俺は現役合格だ。
「違うよ俺は」
「それよりさ」
俺の話を遮って、津田は一方的に話を始めた。俺の話を聞けよと思う。
「急に彼氏から、仕事で一時間くらい遅れるって連絡がきて困ってんの。それまでの暇潰しにつき合ってよ」
「はぁ? 俺はこれからバイトなの、つき合えるわけないだろう」
「え~、休んじゃいなよ、そんなバイト」
「馬鹿言うな!」
「大した仕事じゃないんでしょ?」
「親戚のレストランで、今日は忙しいんだよ! 予約で満席なんだ!」
「レストラン? なんてレストラン?」
「ビストロマカド」
「うわ~、偶然! 私も今日そこで彼氏と食事するの!」
「え、そ、そう?」
津田の話だと、津田は今日彼氏とここで待ち合わせをして、時計が丘でショッピングやイルミネーションの見物(時計が丘の駅周辺のイルミネーションはSNSでよく写真があげられる)などを楽しんだ後、ビストロマカドで食事をする予定らしい。
「というわけで俺は忙しい。じゃあ、あとでな」
俺は津田にそう言い残し、時の沢駅へ向かって歩き出した。
「こんばんはよろしくね~」
俺の後ろ姿にそんな声がかかった。
高校時代の津田有紗。当時の彼女を思い出す。金髪でばっちり化粧をした派手な女だった。『男は見た目』と言って、イケメンたちに纏わりついていたのも覚えている。努力の甲斐あってその中の誰かとつき合えたのかは知らない。
学校でこそ校則通りの制服だが休日はギャル系ファッションに身を包み、似たようなタイプの女子たちと繁華街をうろついている、という噂を当時聞いたことがある。学業の成績がどうだったかは知らないし、進学したとも就職したとも俺の耳には入ってこなかった。
俺が進学したことを知らないくらい彼女が俺に興味がなかったように、俺も彼女に対して全く興味はなかった。そう思うと彼女の頭の中で、俺が進学できないような成績不良の部類に分類されているのも、俺の卒業後の進路を彼女が知らないのも、お互いさまで仕方がないのかもしれない。
今日の待ち合わせに彼氏が仕事で遅れると言っていた。どこで知り合ったどんな彼氏かを先程聞かなかったが、あの女と普通につき合えるってどんな男だろうと少しばかり興味が湧く。先程の様子では、人の話は聞かないし、自分勝手だし、外見目立つし、俺ならあの女は遠慮したい。それとも彼氏にだけは猫を被って、あの小動物系の上目遣いパワーでかわいく見詰めて、自分の言いなりにでもさせているのか。
まあ、俺には関係のないことだ。今日俺がすべきことは決まっている。お客さんたちに美味しい物を食べて気分良く過ごしてもらうために、店のスタッフとして誠心誠意動き回ることだけだ。相手が誰でも関係ない、いつも通りにするだけ。それでも津田の彼氏の顔だけはこっそりじっくり拝んでやろうと思っていた。あの女とつき合える変わった男の顔を。
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