第1話「別れ」
2009年夏、ここ1年間ずっと連絡をよこさなかった彼氏、岡本 優君から、突然携帯に電話が掛かってきた。
「もしもし……。……萌?」
久々に聞いた優君の声は、少し疲れているように思えた。
「優君!?今まで何やってたの?私……心配してたんだよ?」
涙声でそう言うと、優君は申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。……今、時間ある?」
時計を見ると、夜の11時だった。
会いたいし、聞きたいことは山ほどある。
この1年間、何処で、何してたの?誰と居たの?
どうして一度も連絡くれなかったの?
「何処に、行けばいいの?」
「いつも待ち合わせする場所……覚えてるよね?」
「覚えてる……覚えてるよ」
「今すぐそこに来て。大事な話があるんだ」
こっちだって聞きたいことがある。
私は、身支度も化粧も何もせずに、お母さんにも何も告げずに、家を出た。
「萌?何処行くの!?」
お母さんが玄関から叫んでる。でも、そんなことはどうでも良かった。
今は、ただ走るだけ。
優君との待ち合わせ場所についた。待ち合わせ場所といっても、ただの公園。でも、ここは私と優君が初めて出会った場所。
だから、私にとっては、特別な場所。
走ったせいで、髪と息が乱れていた。こんな姿、優君に見せられない。そう思い、急いで手で髪を整えた。でも、必死に走ってきたせいか、息だけはどうしても整わない。
優君は、先に来て、待ってくれていた。
私は、乱れた息をそのままに、名前を呼んだ。
「優君!」
声がかすれた。
私が駆け寄ると、優君は、気まずそうに目を逸らした。
「萌……。この1年、連絡出来なくてごめん」
目を逸らしたまま言われても、謝られた気がしない。
「優君。私ね、聞きたいことがたくさんあるの」
優君は、無言で頷いた。
「この1年間、何処で、何してたの?誰と居たの?どうして1回も連絡してくれなかったの?私のこと、どう思ってる?」
優君は、私の言葉を遮って、私を抱きしめた。
いつもは、温かさを感じるのに、今は、何も感じない。
「今から言うことは、本当のことだよ。俺は、この1年間、アメリカで映画制作の勉強してた。そこで会った日本人の女と、付き合って、一緒に住んでた。だから、連絡出来なかった。萌のことは……今も好きだよ。でも、このまま萌と付き合ったら、俺は二股かけてることになる。そのこと、鈴にしられるのが怖いんだ。明日、朝一番の飛行機の便で、アメリカに戻る。だから……俺達、別れよう」
「別れよう」というその言葉が、心の中で、何度も繰り返される。
どうして、急にそんなこと言うの?
私は1年も待ってたのに。電話してもつながらない。メールしても返事が返ってこない。
それで、1年間、ずっと待ってたのに。突然携帯に電話してきて、「今時間ある?」って言われて、ここに来た。優君は私が居るのにもかかわらず、他の女と付き合ってた。二股かけることになるから、別れよう?意味分かんない。納得できないよ。私は優君のこと、好きなのに。大好きなのに。
優君がアメリカに行ったことなんて、知らなかった。一言、言ってくれたら私も一緒に行ってたのに。映画制作に興味があることだって、知らなかった。優君がアメリカで他の女と付き合ってたことも、知らなかった。ってゆーか、その女と付き合った時点で二股かけてることになるし。
考えてみたら、私は優君のこと、全然知らなかった。誕生日も、血液型も、好きな食べ物も、好きな歌も。携帯番号とメールアドレス以外、何も知らなかった。
「携帯持ってる?」
優君が、急に問いかけてきた。携帯なんて、慌てて出てきたから持ってない。
「持ってないけど」
「後で、俺の番号とアドレス、消去しといて」
そう言って、優君は私を置いて、公園を出て行った。
消去なんて、出来るわけないよ。好きな人の、携帯番号とメールアドレスだよ?
涙が、溢れてくる。さっきよりも、大粒の涙が。
この夏、私は大切な人を一人、失った。
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