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吸血鬼ですが、何か? 第3部 訓練編  作者: とみなが けい
9/23

暖炉の前で四郎は語った…四郎は昔は出来ない子だったが…

俺達はソファに座り、暖炉の火を見つめてコーヒーを飲みお菓子を食べた。


「ふう、一服をしたいな。

 2階にタバコを取りに行ってくる。」


四郎は立ち上がり2階へ行った。

残された俺と真鈴は気まずい沈黙…などではなく、真鈴はソファに持たれて食べかけのビスケットを膝に置いてうつらうつらしていた。

四郎が分厚い本を一冊持ってきてソファに座るとエコーに火を点けて一服しながら本を広げて読み始めた。

それは日記だった。

流麗な筆記体の英語でびっしりと何かを書き込んであった。

俺は四郎からエコーを一本貰い火を点けて一服した。


「四郎、その本は何?」

「ああ、これはポール様の日記だ。

 われは棺に入れた覚えがないが、どうもポール様がわれの役に立つのかもと入れておいてくれたらしい。」

「へぇ~どんなことが書いてあるの?」

「ポール様の今までの人生、特にアメリカに来てからの事が、悪鬼退治に関する事、出会った悪鬼の特徴や弱点、行動のスタイルなどいろいろと書かれておってかなり役に立ちそうだな…それとわれと出会いわれを吸血鬼にして悪鬼退治をできるように鍛えた記録も詳細に書いてある…うう!そのくだりを今読むとわれは顔から火が出る位恥ずかしくなる事も書いてあるな。」


四郎が顔を赤くしながらページをめくった。


「うわ、こんな事までポール様は書いてあるのか!

 うううう~われの黒歴史…彩斗、黒歴史と言うのだよな恥ずかしい過去などの事。」

「そうだよ、四郎にも黒歴史なんかあるんだ。」

「勿論だ。」


四郎がポールの日記を横に置いてコーヒーを飲み、おやつのビスケットを齧った。

そして、暖炉の火を見つめて沈黙し、再びエコーに火を点けた。


「それは当然あるぞ…初めから完成した人間などいるはずがないじゃないか。

 もしそんな人間がいたら、それはもはや人間でなくて神だぞ。

 おや、真鈴はぐっすり寝てしまったようだな。

 女の身で今日は一日頑張ったからな…おや、女の身で、と言うのは今でいうなんだっけ?コン…コンプ」

「コンプライアンス?」

「おお!そうそう、コンプライアンスだ。

 どうも日本ではわれが使っている英語とはなかなかニュアンスが違う使い方をしているようだなこれは時代が違うと言うだけでは無さそうだ。

 コンプライアンスとは本来、オーダーに応じる事とか人の好さとかに使う言葉だが…

 まぁ良い、真鈴は今日頑張ったな。

 暖炉のそばだから真鈴が風邪をひく事も無いか…われらが寝る時に2階に連れて行こう。」


四郎はそう言うと真鈴の手にあった食べかけのお菓子を皿に戻し真鈴の膝のお菓子の欠片を手で払ってやって自分のスウェットの上を脱いで真鈴にそっとかけてやった。


「四郎は…凄いよな…」

「え?何が凄いのだ?」

「凶悪な悪鬼と戦って血まみれになっても一歩も引かなかったし、そんな時でも俺や真鈴を逃がそうとしてくれたし…料理も上手いし…今日の訓練の時も凄く経験豊富だと思ったし…女の子にもモテるし…今だってさりげなく親切にできるし…俺なんか宝くじが当たらなかったら多分一生惨めな人生を…」

「でも、彩斗が宝くじを当てて、まぁ結果的には有効な使い方をしていると思うがな。」

「…でも俺にあるのはそれだけだよ。

 すぐに思い上がるし、すぐに凹んじゃうし、思ってることがすぐにぶれるし…」


四郎が黙って分厚い日記を開くとページをめくった。


「彩斗、この部分はわれが吸血鬼になりたての頃に悪鬼退治の訓練を始めた頃のポール様がわれの事について書いた部分だ。

 英語を日本語に訳しながら読むから少し時間がかかるかも知れないが聞いてくれ。」

「…うん。」

「10月12日…これは1857年の秋だな。

 今日も私はマイケルを連れて…マイケルと言うのはわれの事だぞ。

 マイケルを連れて馬を走らせ峡谷に行った。

 マイケルの真面目さ、器用さを見込んで私の仲間にしたが、正直に言うと私の見立てが間違っていたのかと不安に思うこの頃である。

 マイケルに悪鬼を退治して生き残るための事を教えているがどうも覚えが悪い。

 緊張しているのかどうかわからないが何度も同じミスをする。

 真面目なのだがどこか一つ二つ手順を忘れて人間ならば死んでしまうようなミスをする。

 それも何回もだ。

 今日は峡谷の崖を素手で登り、登った後サーベルを抜いて私が指定する木の枝を切りながら崖下まで駆け降りる訓練をした。

 マイケルは何度も失敗して弱音を吐く、その度にマイケルを叱り、励まし崖の昇り降りをさせた。

 10往復位させただろうか、マイケルの泣き言を何度も聞いた。

 何とか指定した回数、崖を昇り降りしたが駆け降りながら指定した木の枝を全てサーベルで切り落とす事は出来なかった。

 サーベルの扱いは散々叩き込んだつもりだが、まだ手首、腕の振りなど至らない所がある。

 われらならば馬上突撃して熊の首を一撃で斬り飛ばす事くらいは出来ないといけないのだ。

 まぁ、指定した回数崖を昇り降りした事だけが今日の収穫と言えるだろう。

 覚えが思ったより遅い、真面目だがポカをやらかす、根拠の無い強気で大事な物を見落として後で慌てる。

 マイケルには様々な欠点がある。

 だが、私が選んで仲間にした以上、何か深刻な事態になった時に私が命を捨ててでもマイケルは生かさないといけない。

 その事態が起こらぬように明日もまたあのまだまだ駄目なマイケルを鍛えなければ…」


四郎はそこまで読んで日記を閉じた。


「どうだ彩斗?

 今もわれはまだまだでポール様の足元にも及ばないが、われが吸血鬼となってすぐの時にはもっともっと酷かった。

 ポール様も厄介な生徒に頭を悩ませたであろうな。

 ここだけの話だがな、実際に悪鬼退治を始めてからも、まだ駆け出しの頃だが、われは一度だけだが怖気付いて悪鬼の目の前から逃げ出した事があった、ポール様を置いてな。

 後から悪鬼を退治して返り血を浴びて血まみれのポール様が追いついて来てな。」

「…」

「マイケル、次に逃げたら悪鬼よりもお前の首を先に撥ねるぞ!と言われた事があるのだ。

 ポール様にとっては、われは出来が悪い生徒だったと思うぞ。

 それでもポール様がわれを見捨てなかったから今のわれがあるがな。」

「…でも、今も四郎はマナーも心得ているし料理だってそして悪鬼退治でも完全なプロだよ。」

「あはは、南部の上流階級に執事として仕えていればその辺りのマナーなどは嫌でも身に付くしコックもやっていた事があるからな、悪鬼退治については地下の狼人の時などポール様だったら素手でもわれよりずっとスマートに退治していたさ。」

「…」

「彩斗が先ほどから非常に落ち込んでいる事は当然われにも判っているぞ。

 だがな、彩斗、お前は今のある程度完成したわれを見ているだけじゃないのか?

 われが何もせずに何の努力もせず何度も恥をかかず何度も挫折を繰り返した事など無しにこうなったとでも考えているのか?

 勿論、彩斗はわれが少しは苦労した事は判ると思うがそれを実際に見た訳ではないだろう。

 お前は今のほぼ完成に近づいたわれと、まだまだろくに訓練もしていない自分を比べて勝手に落ち込んでいないか?」

「…」

「人間は目標となる人間を見て、それになりたい、それを超えたい、それが無理でもそれに近づくレベルになりたいと思うのではないだろうか。」

「…」

「われはポール様と言う素晴らしい手本となる人間、まぁ、悪鬼だが、ポール様に出会えて幸運だったと思う。

 その思いは、われはこの後、彩斗などよりもずっと長い人生を歩むと思うが絶対に変わらない。

 自分よりも優れている人間を見て自分の人生を振り返り後悔出来る事は幸いな事だと思うぞ。

 そして自分の人生を悔いてよりよい人生を歩めるように、自分よりも優れている人間に近づこうとする考えに至れば、自然と生き方考え方も変わると思うぞ。

 挫折しそうになった時は優れた、自分が目標にした人間ならばどう考えるのか?どう動くのか?などを考えればよいと思う。」

「…」

「…ゴホン、われが彩斗よりも優れている点がある事は恥ずかしいが認めるぞ。

 ならば彩斗は完成しつつあるわれを見て、今の、完成するための入り口に立ったばかりの自分をわれと比べて落ち込んでいる暇などあるまい。

 落ち込んで下らぬ悲しみの声を上げていてわれに近づけるのか?

 でも、彩斗がどちらを選ぶかは、彩斗自身が決めないといけない事だぞ。

 人間の唯一の特権は。自分がどう生きるのか?を自分自身で決める事だと思うがな。

 今、われは助言のような事を言ったが、それを実行するかしないか自分を助けるか奈落の底の落ちるか…われが決める事ではない。

 褒めて煽てて機嫌を取るか怒号を上げてケツを蹴飛ばすか、何をしても他人からの働きかけは限界があるのだ。

 唯一限界を超えてその先に行く事は自分自身にしかできない事だぞ。」

「…」

「明日も訓練をするぞ。

 明日は早いぞ。

 もう寝るとするか。」

「…」



四郎の言った事は、マイケル・四郎衛門が言った事はまさにその通りだ。







続く


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