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吸血鬼ですが、何か? 第3部 訓練編  作者: とみなが けい
3/23

お祝いで食べて飲んで歌ったら大変酔いました…

「…四郎今にも爆発しそうな…導火線が短い人…いる?」


恐る恐る俺が尋ねると四郎が体の横に腕をつけて肘だけを曲げて目立たぬようにある男を指さした。

四郎の指先を追うと、40代位の温厚で真面目そうなサラリーマン風の男が笑顔を浮かべて歩いていた。


「うそ、あのサラリーマン風の人?

 だって笑顔で普通に歩いているじゃない。」


真鈴が小声で呟いた。


「うむ、あの笑顔は自分が爆発寸前なのを自覚しているうえでのカモフラージュだ。

 ちょっと誰かが刺激を与えると膿が溜まったできものが弾ける様に爆発するな。」

「四郎、あっちの方がヤバいんじゃないの?」


俺はロータリーに面したコンビニの前でたむろしている20代位のヤバそうな服装で何事かゲラゲラ笑いあっている男達を、四郎に倣って小さく指さした。


「あれは大した事は無いぞ。

 ただ怖い物をあまり知らない奴らが群れているだけだ。

 程々に鬱憤を解消しているし、刺激次第だが人を殺すような事まではしないだろう。

 だが、あの笑顔で歩いて行く男は怖いぞ。

 弾けると躊躇無く人を殺すだろうな、恐らく人殺しをしても笑顔のままか、ひょっとして大笑いするかも知れん。」

「やだ…何とか出来ないの?」

「え?われが行ってあの男を刺激して弾けた所を捕まえるのか?

 そんな事をし始めたらきりが無いぞ。

 目立ってしまうしな。」

「それは確かにきりが無いわね…」

「ふぅん、人間も怖いのか…」


俺と真鈴が呟くと四郎が微笑んだ。


「何、奴程度なら彩斗や真鈴でも、落ち着けば対処できるぞ。

 武器は持っているだろう?」

「それはそうだけど…」

「一つ良い事があるとしたら見える範囲で質の悪い悪鬼はいないと言う事かな?

 われは腹が減って来たぞ。

 四郎がおすすめのイタリア料理店に行こうではないか。

 こちらの方向だろう?」


四郎が駅の反対側へすたすたと歩き始めた。

俺と真鈴が慌てて、しかし、周りに注意をしながら四郎の後をついて行った。

駅の反対側のこじんまりとした商店街の外れに外観をレンガ積み風に装飾した料理屋があり、『オステリア斉藤』と看板がかかっていた。


「四郎、真鈴、ここだよ。」

「ちょっとお洒落ね~。」

「ここまで良い匂いがするぞ。」


俺たち3人が店に入るとマスターの奥さんのママが笑顔で出迎えてくれた。


「あら、え~と吉岡さんね、いらっしゃいませ。

 今日はお友達を連れて来てくれたの?」


正直3回しかここに来ていないが名前を憶えていてくれて俺は少し嬉しかった。

店内は週末で半分ほどの席が埋まっていた。

ママは10人掛けほどの大きな丸テーブルの一角に俺達を案内した。


「向かい合わせより並んで座った方が良いと思うけれど、ここで良いかしら?」

「はい、こっちの方が良いかな?

 凄く食べる人もいるから…」

「ほほほ、まさかこの奇麗なお嬢さんかしら?

 それとも二人とも?

 今メニューを持って来ますね。」


俺たち3人が真鈴をはさんで並んで座った。


「中々感じが良い店だな。

 気に入ったよ。」

「彩斗にしては雰囲気が良いわね~見直したわ。」


四郎と真鈴が口々に褒めてくれた。

この店を選んだ俺は少しだけ鼻が高くなった。

四郎が店の中をゆっくり見回すと、この中には危ない奴はいないぞ、と小声で言い、俺と真鈴にウィンクをした。


ママがメニューを持ってきた。


「吉岡さん、どうしようか?

 コースメニューの方が色々食べれてお得だと思うけど、それとも単品で選ぶ?あとはコースに追加の単品とか…」

「そうだね、どうする?」

「うむ、コースを3人分頼むが好いと思うぞ。

 われがもっと食べたい時はその時に単品の追加をしてよろしいかな?」


四郎が笑顔でママに尋ねた。

『われ』とかいう変な言い回しに、初めママの眉がピクリと動いたが、四郎の物腰和らかな口調とエレガントな笑顔でママは満面の笑顔を浮かべた。


…ほら、やっぱり四郎はモテるよ四郎はモテるよ四郎はモテるんだよ。

このエレガントだけど嫌味を感じさせない落ち着いた物腰は世の女性、いや、男だって気を許すよ、俺もこれから『われ』って言うかな?いやいやそれだけ真似してもモテやしないよ付け焼刃は駄目だよ大学を出て社会人になってから一度も彼女が出来なかった俺は四郎のあらゆるエレガントで落ち着いたところを吸収して…今からでも遅くは無いよ…


「そうね、それは良いアイディアだと思いますよ。

 判ってらっしゃるわね~!

 あの…お名前窺って宜しいですか?」

「われは四郎と言う者です。

 こちらのご婦人は真鈴と言います。」

「そうですか、お二人とも初めまして、私はゆきえと言いますの。

 どうぞごひいきにね。」


ほら!ほらほらほら!ママが四郎に名前を聞いてそんで自分のファーストネームを教えたぞ!

真鈴の名前なんかどうでも良いんだよ!四郎の名前を聞きたかっただけだよ!そんで自分のファーストネーム教えたよ!

俺なんか3回も来ているのに3回も来ているのに3回も来ているのにママのファーストネームなんて聞いてねえよ教えてくれなかったよ!スゲェよスゲェよスゲェよ!ママの顔がほんのり赤いよきっとマスター悔しがるよ!俺もなんか悔しいよ!世の中のもてない男皆が悔しいよ!仲間!仲間!俺達モテない男達で仲間になろうぜ!そんで、なんか良く判らないけどみんなで集まって傷を舐めあおうぜ!…ああああああ!やばいやばいやばい!そんなことしてたら行く末はみんなで集団自殺だよ!モテる奴らが笑い転げるよ!女たちも笑い転げるよ!かなしいよ!くやしいよ!チキショウ!俺も四郎を目指すよ!それが一番だよ!モテない皆!ごめんね!君達はリア充死ね!とか一生叫んでいなよ!俺はそんな人生嫌だよ!俺は君達を見捨てるよ!だってモテる男になりたいんだもんね!俺はリア充王になる!…しかし…


俺が思考の暴走の発作を起こしている間に四郎と真鈴で3人分のコース、アペリティーヴォ(食前酒)はスプマンテ、アンテパスト(前菜)はカルパッチョ、プリモ・ピアット(主菜1皿目)は俺と四郎はパスタ、真鈴はリゾット、にする事を決め、セコンド・ピアット(主菜2皿目)を四郎と俺は肉料理で真鈴は魚料理に、そしてコントルノ(副菜)は煮野菜と決めていた。

ワインは赤と白を一本ずつママのお勧めの物を頼んだ。


「はい、承りました。

 ドルチェ(デザート)は私が今日美味しいリンゴのパイを焼いておいたから楽しんでくださいね。

 料理をシェアする時の小皿も用意しますね。

 それではごゆっくり食事を楽しんでください。」


そこまでママは言うと俺に顔を向けた。


「吉岡さん、素敵なお友達ですね。」


そう言ってカウンターに引き上げたママの後ろ姿は明らかに上機嫌だった。


「彩斗、良い店だな。

 しかし、真鈴は料理にも詳しいな食事の注文は彼女がほとんど決めたが文句無しだ。」

「う、うん、(まだ3回しか来た事無いけど)ここは良い店だよ。」


思考の暴走が収まった俺はにこやかな顔を作って答えた。

マスターがママと入れ替わりにやって来てものすごくフレンドリーに俺達に挨拶した。

気合を入れて料理を作ると言うオーラがマスターから滲み出ていた。

マスターも四郎たちを気に入ったようだ。

四郎と真鈴も寛いだ感じでおしゃべりをしている。

俺は何となく身体の力が抜けたような気分だった。

だが、料理は美味しかった。

いつもより美味しく感じた。

俺達は出会った時からの様々な事を振り返り、それまでの自分の事を話した事買い物をした事、死霊達との交流、狼人との戦いなど恐ろしかった体験さえも笑って話すことが出来た。

食事が進む間に、四郎が子牛のコトレッタとハムと野菜のピアディーナを追加で注文してきれいに平らげた。


ドルチェのママ特製リンゴパイを食べて満腹になりワインの酔いも少し回って、俺達が出会って初めてかも知れない落ち着いてリラックスした時間を過ごした。


ディジェスティーヴォ(食後酒)のグラッパと言うブランデーを小さいグラスでちびちびやりながら、真鈴は少し赤い顔で言った。


「たまにはこういうのって良いよね~。」


俺と四郎も笑顔で真鈴を見て頷いた。

会計を済ませて店を出る時にはママとマスターが出口まで見送りに来て俺達がかなり離れるまで手を振ってくれた。


「さて~まだ10時を回ったくらいだし、お酒とカラオケ行こうよ~!」

「そうだな、明日は泊まる場合の買い物もしてからあの屋敷に向かうから今日は夜遅くても良いね~!」


俺が真鈴に答えた。


「彩斗、カラオケとは何だ?」

「四郎、行けば判るよ~!」


俺達は駅のロータリーがある方に戻ってカラオケボックスが入るビルに向かった。

エレベーターでカラオケボックスの受付がある階に着いた時、カウンターの周りに多くの人がいるのを見て嫌な予感がした。

カウンターに行った真鈴がふくれっ面で俺達のところに戻って来た。


「1時間以上待つってさ~やっぱり週末だよね~。」


見回すと大学生や若いサラリーマンに家族連れ!までがいた。


「しょうがないね~じゃあ、カラオケ居酒屋に行く?

 俺のボトルが入ってるけど…」

「カラオケ居酒屋かぁ、私は入った事無いな~。」

「物は経験だよ。ここで待つより良いと思うよ。」

「われも賛成だな。

 ここは何と言うかちょっと…」

「四郎、ヤバいのがいる?」


真鈴が小声で尋ねると四郎は頷いた。


「悪鬼では無いが、面倒な感じの人間がいるな。

 人間の密度が高いし、あまり長居はしたくない。」

「出ましょ。

 カラオケ居酒屋へゴー、ね。」


俺達はビルを出て少し歩いた所の昔は結構繁盛していたと思われる飲み屋街に来た。

看板の半分は消えていたが看板が付いている店からは微かにカラオケを歌う声、おしゃべりする声が聞こえてくる。


「なんか大人の雰囲気ね~まぁ、嫌じゃないわ。」


真鈴が周りを見回しながら言った。


「なかなか楽しそうな所では無いか。

 われも嫌いじゃないぞ。」

「でも、こういう所ってお年寄りばかりが来てるんじゃないの?」

「これから行く店は若い人と年寄りが半々て所かな?」


しばらく歩いて『みーちゃん』と言う店の前に来た。

60過ぎのママさんと25歳くらいの姪っ子が2人でやっている店だ。

俺は5回くらいは来ている。


「じゃ、入るよ。」


店内はカウンターが8席、4人が座れるほどのボックス席が4つあり、カウンター席に2人、ボックス席は3つが埋まり一つだけ空いていた。


「彩斗、われはカウンターに座りたいな。

 ボックス席はいざと言う時に身動きが取れんぞ。」

「わかった…ところで四郎、ここには…」

「大丈夫だ。

 悪鬼も爆発しそうな人間もここにはおらんぞ。」

「そうか、良かった。」


俺はママさんに声をかけ、真鈴を挟んで3人でカウンターに座った。


「あら~、吉岡ちゃんいらっしゃい?

 お友達連れ?」

「そうなんだよ。

 こちらが四郎、こちらが真鈴て言うんだ。」

「まぁ、初めましていらっしゃい、私はママをしている百合子、あっちでお酒作ってるのがユキちゃんです。

 よろしくね~!

 吉岡ちゃん、焼酎のボトルで良いの?」


俺は四郎と真鈴を見たが、2人とも頷いたのでボトルを入れている焼酎を炭酸水割りで出してくれるように頼んだ。

四郎も真鈴も物珍しそうに店内を見回している。


「彩斗は色々な所を知っているな。」

「もう30過ぎだからこれ位のところは知ってて当たり前だよ。

 真鈴は大丈夫?怖くない?」

「別に怖くは無いわよ~それに私達と変わらない歳の人もいるじゃない。

 大丈夫大丈夫。」

「うむ、男のたしなみと言う物だな。」


四郎と真鈴がお絞りで手を拭きながら答えた。


「ここはカラオケが1曲50円なんだよ、こういうチケットで前もって買っておいて一曲歌うごとにチケットを出すのさ。」


俺は財布から前に来た時の残りのチケットを出してカウンターに置いた。

まだ、12曲分くらいのチケットが残っていた。


「なるほどね~私、なんかこういう所って演歌とか昔の歌しか歌っちゃいけないところだって友達に言われてたんだけど…大丈夫そうね。」

「自分でお金出すんだから文句を言われる筋合い無いよ。

 ねぇ、ママ。」


ママがお通しの乗った皿を俺達の前に並べながら笑顔で言った。


「そうよ、ここはそういう事無いから好きな歌じゃんじゃん歌って。」

「はい。」


カウンターに座っているカップルの男の方が米津玄師のピースサインを歌い出した。


「ほらね。

 若い歌うたっても大丈夫だよ。」

「なるほど~」


真鈴がほっとした声を上げた。

四郎が真鈴の腕をつつき、小声で尋ねた。


「なんだ?あの男はプロの歌手なのか?

 チップとかあげなくてはいかんのだろう?」

「あっはは!違うよ四郎。

 確かに上手いけどプロじゃないよ。

 普通の人でこういう所で歌って昼間のストレスを発散してるんだよ。

 皆好き勝手に歌ってるだけだからチップなんていらないよ。」

「ほぉ、成る程~」

「そういう事さ。

 さあ、乾杯しようよ。」


俺達はグラスを合わせて小声で乾杯と言うと焼酎の炭酸水割を飲んだ。


「うん、悪くないわ。

 美味しいもんじゃないの。」

「先ほどの店のワインとは趣が違うがこれも悪くないな。」

「肩を張らずに楽しむ庶民の店だからね。

 飲んで歌って話そうよ。」

「そうねそうね!」


お通しの漬物を食べた真鈴がカウンター奥の壁にかかっているホワイトボードを見た。


「彩斗、何か食べるもの注文しても良い?」

「ああ、良いよ。」

「サンキュー、ママさんすみません。カツオのたたきを下さい。

 四郎も食べるでしょ?

 カツオのたたきを2つ下さい。」


ママがはいよー!と言ってカツオのたたきの準備を始める。

ピースサインが終わり、店内から拍手が沸いた。


「すごいね、皆、あんなおじいちゃんまで拍手してくれるんだ~。」

「まぁ、よっぽど酷いとか、聞いてて頭が痛くなるような歌じゃなければ拍手するよ。

 マナーみたいな物かな?

 四郎は順応性高いね。」


四郎は盛んに拍手をして歌った若者が四郎にぺこりと頭を下げた。


「いやぁ~彩斗、こういう所もなかなか良いな。」


そう言って四郎は炭酸割りを飲みほし、自分で新しく焼酎の炭酸割りを作ろうとしていた。


「あ、お客さん私が作りますよ~。」


ママの姪っ子のユキちゃんがカウンターから手を伸ばして四郎からグラスを取って炭酸割を作り始めた。


「おお、これは済まん。

 ありがとう。」

「…あれ、吉岡ちゃんこちら初めてだよね~?」

「うん、俺の友達と言うか仕事仲間。」

「あたし、咲田真鈴って言います~よろしくお願いします~」

「こちらこそよろしくお願いします~」


少し酔い始めている真鈴に合わせてユキちゃんが笑顔で答えた。


「われは四郎と言う。

 よろしくお願いします。」

「四郎…さん?

 えと…苗字はなんていうのですか?」

「苗字?

 ああ、氏の名か。

 まだ氏の名は付いていないのだ。」


四郎がごく普通の顔つきで答えた。


「…キャハハハハハ~!

 おかしい~!

 吉岡ちゃんのお知り合い、面白いね~!

 じゃあ四郎ちゃんて呼ぶわね!

 私、ユキです。

 よろしくお願いします~!」


俺と真鈴は四郎の返答にギクッ!固まったけれどユキちゃんは冗談だと受け取ってもらえたらしくほっとした。

ユキちゃんは四郎を気に入ったようで笑顔で話しかけ、四郎がちょっとずれた返事をするとそのたびに笑い転げた。


たしか大学の先輩が言っていたな、女にモテたければ旨い料理を作るか思い切り笑わせるかだ、見かけなんてよほど汚いか悲鳴を上げるほど不細工じゃなければ、料理と笑い、その二つがあれば女なんて腐るほど寄ってくると…四郎凄い!凄いよ四郎!なんてモテモテ要素てんこ盛りなんだ!これなら例え吸血鬼と判っても受け入れてくれる女なんてわんさかいるよ!地球上の人口が大体79億5千万人、その半分が女なら39億7500万人そのうち10パーセントが四郎に首ったけになったとしたら……3億9750万人!…えええええ!そんなに四郎に首ったけになるの!?日本が3つ出来ちゃうじゃんか!日本が3つ分の四郎に首ったけの女だってぇ!俺なんか四郎の1パーセントでも、いやいや0・1パーセントでも、いやいやいや!0・0001パーセントでもモテたいよ!そうするとえ~と…………397・5人だってぇええええ!充分だよ充分過ぎるよ!397人と半分こした女の子が一個あったら天国だよ!すげぇ天国だよ!酔ってるよなんかここ数日の嵐のような事が続いてすげぇモテる奴とマブダチになって俺は少し酒飲んだだけなのにすげぇ酔ってるよ…モテたい…


俺は何杯か焼酎の炭酸割りを飲んで結構酔っていたようだ。

その間、真鈴がカツオのたたきに舌鼓を打ち、四郎はカウンターのカップルと仲良くなり、真鈴とユキちゃんとママとカップルとその他今日知り合ったばかりの愉快な仲間達と楽しげにおしゃべりをしていた。

真鈴がカラオケを何曲か歌い、その声量で皆から拍手を浴びていた。

俺もチャゲアスとかバンプオブチキンとか米米クラブとか歌っていたようだ。


「ママ、コーラ頂戴。」

「あら、吉岡ちゃん酔っちゃった?

 四郎さんも真鈴ちゃんも盛り上がってるわよ~!」


おれはうんうんと頷いてコーラを飲んでトイレに行き、少し頭をはっきりさせた。

四郎が真鈴やカップルやボックス席のおばちゃんとかから何か歌ってくれと言われて困っていた。

いくらモテる男とは言え四郎は俺のマブダチなので助けてやろうと思い、デンモクを操作して英語で検索できるようにセットして渡した。


「四郎、これで何か歌えるのがあるか探してみたら?」

「彩斗、ありがとう。

 歌える曲があるか調べるよ。」


四郎が屈みこんでデンモクで歌を検索していた。

俺は少しすっきりしたので真鈴やカップルと他愛もないおしゃべりに花を咲かせた。

その間も客たちがどんどんカラオケを歌って行く。


「おお!彩斗!これならわれも知っているぞ!

 これは歌える!」


四郎が喜びの声を上げた。

すかさずユキちゃんが来て四郎が指定した歌を入れてくれた。

Old Folks At Homeと言う歌だが、どういう歌だか俺は判らなかった。


カウンターに座ったまま四郎がマイクを持つとカップルや真鈴やユキちゃんやママが拍手を一通りした後でじっと四郎を見つめた。

確かにおしゃべりで盛り上がった初対面の男がどんな歌をどのように歌うか興味津々だろう。

イントロが流れてきて、真鈴が俺に小声で囁いた。


「彩斗、これ、スワニー川の歌だよ。

 遥かなるスワニー川~って曲よ。」


四郎が歌い始めると確かに聞いた事がある歌だった。

そして、四郎は透明感があり、決して声を張り上げている訳でもないがよく通る声で、そして勿論完璧な英語で歌っていた。

店内は静まり返った。

ふと見るとユキちゃんなどは左右の手の指を絡ませて祈るように口元に寄せ、その頬を涙が一筋流れていた。

確かに沁みた。

四郎の歌が俺の心にも沁みた。

俺も不覚にも泣きそうになっていた。

やがて、曲が終わり、四郎が恥ずかしそうにマイクを置くと店内は拍手に包まれた。

俺も手が痛くなるほど拍手をして、先ほどの嫉妬など吹き飛んでしまった。

俺はこの四郎とマブダチなんだぜ!と自慢したくなるような気分だった。

そして、また少し酒を飲んで足腰がふらつきそうになったのを覚えているがそこで俺の意識が途絶えた。


こんなに酔ったのは何年振りだろうか?と言う程に俺は酔ったようだ。


やがて意識を取り戻した、と言うか目を覚ました。

やけに暗い。

俺は起き上がろうとしてひどく頭をぶつけた。

低いところに天井があり…いやいや、これは棺の蓋だ。

俺は棺に閉じ込められた!

俺は拳でどんどんと叩いた。


「開けろ!開けてくれ!開けてくれ~!誰か!開けてくれ~!」








続く




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