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吸血鬼ですが、何か? 第3部 訓練編  作者: とみなが けい
16/23

屋敷の秘密…そして狼人の悲しい過去…

はなちゃんを抱いた真鈴を先頭に俺と四郎が2階の主寝室に入った。


「コノ…シンダイ…マドノ…ホウニズラセ」


はなちゃんがベッドに手を向けて言った。

俺と四郎が顔を見合わせた。


「やってみるか。」

「やってみようよ。」


俺と四郎でベッドを窓の方にずらした。

動き始めはずいぶん重かったが、少し動き始めるとベッドの足がレールに乗ったようにスムーズに窓の方向にずれて行った。

そのまま押してゆくとガチャンと音がしてベッドは動かなくなった。


「おお!巧妙なからくりだな。」


四郎が移動してベッドの足の所の床にかがみ込んで声を上げた。


「見ろ、彩斗、真鈴、ただの巧妙な寄木造りに見えた床だがベッドの足がきちんと決まった軌道で動くように細工がしてある。」

「うわ、全然気が付かなかったよ。」

「われでも実際に動かさなければ判らなかったな。

 見た目には…これは見た目では全然判らん。

 これ位の重さのベッドだと普通何人かで持ち上げて動かすだろう。

 持ち上げて動かすとこの床の細工にかみ合わなくて細工は動かない。

 そのままずらして初めてこのからくりが動くのだよ。

 今音が聞こえたが、このベッドをずらした事で何かのロックが外れたのであろうな。」

「なぜこんな手の込んだ仕掛けがしてあるのかしら…」


真鈴のつぶやきにはなちゃんが答えた。


「ゾウロク…アノヨニユク…マエニ…ショクニン…ヨンデ…ツクラセタ…ヒミツニ…カゾクダレモ…ソウタロウシカシラナイ…」

「はなちゃん、ゾウロクとはこの屋敷の主人だった男なのかな?」

「チガウ…ゾウロクハ…ソウタロウノ…テテゴ…」

「なるほど、この屋敷の最後の持ち主は大田原宗太郎と言う人だよ。

 確か今から3年前に96歳で亡くなっているよ。」

「その宗太郎の父御、つまり父親がゾウロクなんだな。」

「…ソウダ…」

「じゃあ、かなり昔にこの細工が作られていたのね…でも、なんの為に…」

「ソウタロウガ…ウマレルマエニ…ゾウロクガヒミツニ…ツクラセタ…シンダイ…カベニ…ベベヲカケル…モノガミッツアロウ…」


四郎がベッドの枕側の壁に突き出ているハンガーを掛ける木製のフックが3つ並んでいるのを指差した。


「はなちゃん、これの事かな?」


はなちゃんは真鈴の腕の中で小さく頷いた。


「ソウ…ソノマンナカノモノヲ…オシアゲロ…」


四郎が力を込めて真ん中のフックを押し上げると壁の中から微かにガタンと音が響いた。


「ソウ…ソシテリョウガワノモノヲ…ドウジニヒキサゲロ…」


四郎が両側のフックを引き下げると壁の中から更に大きな音が響いた。


「モッタママ…ヒダリニヒケ…チカラガイルゾ…」


四郎がフックを引き下げたまま壁に沿って左に引っ張ると重々しい音を立てて壁の装飾と思われていた彫刻を施した部分が横にスライドし始めた。


「…何このダンジョン!」


真鈴が声を上げた。

四郎がフックを完全にずらすと幅1メートル高さ1・5メートルほどの通路が口を開きその奥には闇が広がっていた。


「はなちゃん、これはなんだ?」


四郎がはなちゃんに振り返り尋ねた。


「ゾウロクガ…ヤネウラニモ…チカニモ…ソトニモデラレルヨウニ…ツクラセタ…

 イチゾウノ…メンドウヲミル…タメニ」

「イチゾウ?」

「アノ…ケダモノニナッタ…オトコ…シロウタチガ…タイジシタデアロウ…」


「…あの地下の狼人の事かな?」

「ソウダ…イチゾウハ…ゾウロクノ…テテゴ…ソウタロウノジジサマダ…」


はなちゃんの言葉に俺達は絶句した。

はなちゃんがたどたどしく話した事を要約すると、大田原宗太郎の父親である大田原蔵六、その父で宗太郎の祖父である大田原市蔵にまで話は遡る。


もともとこの地域には家康が江戸幕府を開いたかなり前から歳古りた大きな狼がいて時折里に下りてきて人々を襲うと言う事があった。

大神塚と祠はその江戸時代前に高名な僧侶が狼を封じ込めるために作らせたものでその土地を有していた大田原家で守り祀り続けていたらしい。

塚と祠のおかげか大きな狼の出現は減り伝説となり、いつしか夜に囲炉裏の周りに集まった人たちの間での恐ろし話となった。


市蔵がまだ若く嫁を取ってすぐの頃、この辺りで古の伝説を彷彿させるような惨殺事件、大きな狼の目撃情報などが相次いだ。

当時の警察は巡査が華奢なサーベルを腰に下げている程度の貧弱な武装で、市蔵達が山狩りをして大きな狼を討伐してくれと言う陳情をしたが尻ごみをしてしまった。

業を煮やした市蔵は仲間の青年を集め、手に手に日本刀や槍、火縄銃を持ち出して松明を掲げて大掛かりな山狩りを行った。


数グループに分かれて山を捜索している時に市蔵のグループ、6人の若者がいたが、突然大きな狼の襲撃を受けた。

市蔵達は日本刀や槍で応戦して奮戦したが一人二人とオオカミの牙に倒れ、ついに手傷を追った市蔵だけがかろうじて立っているだけになった。

狼もその体に数本の槍が突き刺さり、特に背中から心臓に向かって日本刀が深く突き刺っていてその動きは鈍くなっていた。

狼が市蔵の喉元めがけて飛び掛かった時に市蔵が突き出した日本刀も狼の胸深く突き刺さった。

市蔵は尚も牙をカチカチと鳴らして市蔵に噛みつこうとした狼の鼻先に噛みついた。

騒ぎを聞きつけた他の討伐グループが駆け付けた時には、息絶えた討伐グループの死骸が幾つも転がり、そのそばの大きな灰の山に半ば埋もれた瀕死の市蔵を見つけた。

市蔵は命を取り留め、残虐な殺人事件と大きな狼の目撃情報も途絶えた。

地域は平穏を取り戻し、市蔵が狼を退治したという主張は信じられた。

市蔵は狼を退治した時に狼の鼻を自分が食いちぎった事を自慢気に語った。


四郎の考えではその時に市蔵と狼人との体液交換が行われたと言う事だ。


やがて、市蔵に変化が現れた。

市蔵は突然気が荒くなり家族や周りの者に暴力を振るうようになった。

しばしば夜になると家を出て朝方まで戻らず、戻った時には泥だらけで口や衣服に血が付いていた事も有った。

市蔵の家族や妻はそんな市蔵を心配したが、大地主の名主のせがれで狼退治の立役者と言う事も有って家族たちは市蔵の秘密を守った。

だが、ある日ついに市蔵が妻の前で変化してしまった。

市蔵は悲鳴を上げる若妻を押し倒し、犯した。

事が終わる時には異変を感じた家族たちが駆け付け、変化した市蔵と倒れている若妻を発見した。

狼人となった市蔵はその邪悪な姿のまま家を飛び出し山に入っていった。

その後、市蔵を見た者はいなかったが、時々山の方から狼の遠吠えが聞こえるようになった。

皮肉な事にその時に若妻は身ごもり、生まれたのが蔵六だった。

蔵六の生まれた経緯と市蔵の事は一族全員の秘密となった。


はなちゃんは家を飛び出して行く当てを無くし、山を放浪する市蔵を見ていた。

蔵六は普通の人間として生まれ、跡取り息子として立派に成長しつつあるが父親である市蔵の事を家族はあまり語らず、ある日急に出奔して行方不明だとだけ蔵六に教えた。

市蔵は山にこもり、野生のシカやウサギ時には熊を襲い殺して食べる生活を続けていた。

誰とも話さず人目を恐れ、山の小さな洞穴を寝床にして市蔵は二度と帰れない家の事を思い孤独に暮らしていた。

強い雨が降る日に膝を抱えて座り、洞穴から外の景色をじっと見ていた市蔵の目からは涙が零れ、人間の声を失いつつある喉から苦悶の声を絞り出してひとり泣いていた。


母も早くに亡くなり、兄弟もいなかった蔵六は恵まれた生活だったが孤独を愛するようになり、よく山を独り歩きをする子供になった。

蔵六がひとり山歩きをする頃、ある秋の日、市蔵が蔵六の前に姿を現した。

市蔵は蔵六が自分の息子である事を匂いで判っていた。

藪の中から蔵六の姿を見て、市蔵は逡巡した末に蔵六の前に姿を現したのだ。

かろうじて人間の姿をした市蔵と蔵六は森の中でお互いを見た。

なぜ、市蔵が蔵六の前に姿を現したのか。

それはおそらく孤独な一人息子を不憫に思ったのかも知れない。

或いは孤独に山の中で一人暮らす市蔵は蔵六に家族の温かさや慰めを求めたのかも知れない。

蔵六は市蔵を見つめ、直ぐに目の前の奇怪な姿をした者が自分の父親だと悟った。

蔵六はおずおずと市蔵に手を差し出した。

市蔵は躊躇いながらも蔵六の手を握り、その手に頬を摺り寄せ涙を流した。

二人は互いの身体にしがみつき、泣いた。

それ以来、蔵六が山歩きをしている頃を見計らい市蔵は初めの頃はかろうじて人間の姿で姿を現していた。

しかし、山で野生の動物を捕食して野宿をしていた生活の為なのか市蔵は人間の姿を取る事が難しくなり言葉を発する事も困難になっていった。

人間でも狼でもないおぞましい姿に変容してゆく市蔵だが、蔵六はこの世にたった一人の父親がひもじい思いをしないように出会った時に渡せるようにと、山歩きをする時には常に大きな握り飯を懐に入れて持ち歩くようになった。

殆ど人間の言葉を話せなくなり人間の姿も保てなくなり巨大な狼の姿となった狼人の父親と蔵六は時折あの大神塚のそばであっていて、蔵六が差し出した握り飯を旨そうに食べると蔵六の顔に鼻先を擦り付け、優しく蔵六の顔をなめて山に帰っていった。

時代が進み、蔵六はその莫大な資産をつぎ込んでこの屋敷を作り、狼人となった父の面倒を見られるように、この秘密の通路を作ったと言う事だ。


この秘密の通路は蔵六の息子の宗太郎だけしか知らない。

地下の頑丈な扉は、一度狼人になった市蔵に破られそうになったので宗太郎が職人に作らせたそうだ。

市蔵はますます人間としての理性を無くして行った。

蔵六の死後、市蔵は宗太郎が自分の孫である事も判らなくなってしまったが、宗太郎は市蔵を隠し守り続けていた。

はなちゃんは何度か市蔵と話す事があったが、時間を経るごとについには全く意思の疎通が出来なくなったそうだ。

しかしいくら宗太郎が秘密を守っていても何度か狼人の市蔵の姿を見られたり、敷地の外れでとても普通ではない動物の惨殺された遺骸を見つけられたり狼の遠吠えのような声を聞かれたりして宗太郎の親族達はこの地を恐れるようになった。

宗太郎の死後、親族達が早くこの地を手放したいと破格の値段で売りに出していた理由が判った。


「…はなちゃんは…それを全部見たの?」

「ワラワハ…スウヒャクネン…コノチニイタ…オオタワラノイエヲ…ミマモッテイタ…ゼンブミタ…ゼンブ…ミタクナイモノ…モ…ゼンブ…」

「…われらは悲しい悪鬼を殺してしまったようだな…」


四郎が呟くとはなちゃんはゆっくりとかぶりを振った。


「シロウ…ソレハチガウ…イチゾウハドンドン…ヒトノココロヲナクシテユキ…ワラワタチ…シリョウノコトサエ…クオウト…シタシジッサイニ…クワレタモノモイタ…ワラワモナントカイチゾウヲ…アノヘヤカラデヌヨウニ…フウジテイタガ…ゲンカイニナリソウダッタ…イチゾウハコドクデ…サミシク…アレテイッタ…カンシャ…シテイル。」





続く






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