朝の散歩はきつかったけれど、特殊部隊レベルになりそう?また、屋敷の秘密も…
俺と真鈴は速足で歩いていた。
黄色いテープを右に見ながら平坦な草原を歩く。
「真鈴、どれくらいの距離があると思う?」
「さあねぇ…四郎が25分と言っていたから昨日よりは遠くないはずだけど…」
黄色いテープは昨日のコースと違い、正面の山から左の方に広がっている森に向かっていた。
段々と地面は凸凹になって行く。
黄色いテープは地面すれすれになり、少し離れると見辛くなっていた。
ちょっとテープから離れた所は平たんな道が続いているが、俺と真鈴で試しにテープの大体の方角を見て平たんな道を歩くとすぐにテープを見失う事が判り落胆しながらテープのすぐ横の凸凹した場所を歩くはめになった。
「うう、少し辛くなってきた。
四郎は屋敷で俺達待ちか…」
「彩斗、あんたのその浅い考えを改めた方が良いよ。」
「え?」
「このテープ、四郎は私達が起されるより早起きしてテープ片手にこのルートを歩いているんだよ。」
「…そうだな、その通りだよ。
俺は馬鹿だな…」
真鈴が言う通り、四郎は俺達を起こす前にテープを持ってどの道を行けば訓練に役立つか考えながら歩いて行ったのだった。
俺達はただ、四郎が張った黄色いテープを辿っているだけだ。
俺は悪鬼退治の訓練を始めた時の四郎にさえ遠く及ばない出来の悪い生徒だ。
「俺は…馬鹿だな。」
「彩斗、四郎は自己嫌悪させるためにテープを持って歩いたんじゃないよ。
有難いと思うなら訓練を頑張りなよ!」
「うん…」
「ついでに言うけどね。
無駄なおしゃべりをするなと四郎が言ってたじゃない。
あんたがあほな事言ったから言い返しちゃったけど、これからは黙って行くよ。」
真鈴はそう言うと少し足を速めて先を行った。
俺は置いてけぼりにならないように真鈴の後を必死に追いかけた。
段々と木が増えてきて、俺達は木と木の間を縫うように張られたテープを追った。
やがて少し開けた場所に来た。
少し先にいた真鈴が立ち止まり、俺を待っていた。
俺はどうしたと聞こうとしたが余分なおしゃべりを禁止と言われていたことを思い出して黙って真鈴の横に行った。
真鈴は半ば草に埋もれている小さな祠を指さした。
俺達はしゃがんで祠に手を合わせてこうべを垂れた。
やがて立ち上がった真鈴が俺の袖を引いた。
俺が真鈴を見ると真鈴は祠の少し横にある背の小さな石の塚を指さした。
近寄ってみると石の塚には年月が過ぎて薄れかけたが何とか『大神塚』と彫られているのが判った。
横や後ろを見たが『大神塚』以外の文字は無かった。
真鈴が周りを見回して俺に顔を近づけて小声で言った。
「大神塚…狼塚とも言えない?
もしかして…」
狼塚…俺は四郎が倒した地下の狼人について言っていた事を思い出した。
200年以上生きていたかも知れないと言う事、人間に追われたか人間を避けて山の中で暮らしていただろうと言っていた事を。
「彩斗、屋敷の持ち主ってもしかしたらあの狼人の事…おしゃべり禁止だったね。
行きましょう。」
その後の朝の散歩コースは起伏が激しく小さい渓谷のような沢を突っ切り密集した木の枝の中を強引に突っ切りととても散歩とは言えない厳しい道のりだった。
いつの間にか真鈴ははるか先に行き、その姿は見えなくなった。
俺はゼイゼイ息を切らせて黄色いテープが終点の桜の木に結びつけてある場所まで行くとやっと屋敷が視界に入った。
「毎朝これかよ…きついな…」
おしゃべり禁止だったが俺は愚痴らずにいられなかった。
四郎がくれた水筒の水は残り少なかった。
最後の水を飲み干して俺はよろよろと屋敷に向かった。
玄関ホールにあるテーブルに四郎が立っていた。
四郎は俺がテーブルまで来るストップウォッチのボタンを押した。
「彩斗、お帰り。」
「四郎、ただいま。」
俺がゼイゼイ言いながら答えると四郎はにやりとした。
「朝飯を食べる前に質問だ。
まず、彩斗が通ったルートをこの地図に書き込め。」
四郎が俺に赤マジックを渡した。
俺は息を切らせながら朝の散歩中に見た景色を思い出しながら、拡大コピーしてある敷地の図面に赤マジックで俺が通ったと思われるルートの線を引いた。
「よしよし、ところでわれは25分で帰ってくるように言ったな。
彩斗は何分かかったかな?」
「…え~と…29…30分かな?」
四郎はストップウォッチを見た。
「ふむ、33分だな。
8分遅れ、正確には8分と37秒遅れだ。
まあ、37秒はおまけしてやろう。
彩斗、その場で80回スクワットだ。
その後は飯を食って良いぞ。
ダイニングで待っている。」
四郎はにこりとしてダイニングへ行った。
俺はがくがくする膝を我慢しながらスクワットを始めた。
「われに聞こえるように大きな声で回数を言え!」
四郎がそう言いながらダイニングに通じるドアを通って行った。
俺は大きな声で回数を数えながらスクワットを続けた。
やっと80~!と言うとダイニングから、よし!飯を食え!と四郎の声が聞こえてきた。
フラフラしながらダイニングに行くと良い香りが漂いテーブルで真鈴が朝飯を掻き込んでいた。
四郎は腕組みをして座っていて、俺がテーブルに着くと昨夜の煮込み料理をご飯と混ぜて炒めた洋風チャーハンと白身の魚と野菜が入っているスープ、キュウリとセロリとアボカドにオリーブの実のサラダをキッチンから持ってきてくれた。
俺がいただきますと言って食べ始めると四郎も食べ始めた。
洋風チャーハンはさほど脂っぽくなくどんどん俺の腹に入っていった。
魚のスープは塩味の優しい味付けで体に染み渡る。
サラダを食べると口の中が爽やかになって、ほど良い酸味がまた食を進ませた。
「朝から少し重い食事になったかもな、明日からはもう少しあっさりした物にしよう。
どうだ?くえるか?」
「美味しいよ四郎。」
「私もこれでも全然構わないわ、美味しいわよ。
「そうかそうか、どんどん食え。」
朝方厳しい顔つきでいた四郎は見た目は俺より年下なのにまるで俺の親父のような優しい笑顔になっていた。
「真鈴は何分でここに着いた?」
俺は朝食を食べながら俺は気になっていた事を訊いた。
「あたしは5分遅れ、スクワット50回だったよ。」
「そうかぁ、真鈴より3分遅れかぁ。」
「まぁまぁ、彩斗、がっかりするな。
真鈴はお前より10歳も若いからな。
それに実際に真鈴は30分掛かったが、われには27分と申告したし、彩斗と真鈴が書いた地図を見比べたが、ルートも彩斗の方が正確だったぞ。
優れた戦士になるには時間感覚も大事なのだ。
時計無しでもおおよその時間の経過を掴む必要がある場合もある。
人にはそれぞれ持ち味があるんだよ。
全体のレベルを上げながらそれぞれの得意分野を伸ばす事も大事なんだ。
われらはチームだからな。」
「ちぇ、ナビゲーションは彩斗の勝ちね。」
「体力勝負は真鈴がリードしてるけどね。」
そう俺が答えると真鈴は朝食を食べながらにこりとした。
俺は少し気分が楽になった。
四郎がキッチンからコーヒーを持ってきてくれた。
「だが、君らはまだまだ全体のレベルが低いな。
このままでは3人共悪鬼の餌食になって地獄ツアー行きだ。
食事を終えて少し休んだら昨日と別のルートで午前中の楽しいピクニックに行こう。
それと、朝の散歩ルートも毎日変わるからな。
変化があって楽しいだろう?」
「うぇええ~それは楽しいわね~」
真鈴が全然楽しくなさそうに言った。
「まぁまぁ真鈴、そうふくれるな。
この場所はわれらの領地だ。
先の話になるが組織化した質の悪い悪鬼達とぶつかる事になるかも知れん。
その時は悪鬼どもがこの地に攻め込んでくる事も考えておかなくてはならないのだよ。」
「…」
「…」
「だからわれらはこの地の隅々まで知り尽くしておかなければいけないな。
ヘタをしたら夜間に侵入した悪鬼と戦い、仲間とはぐれて一人で屋敷まで戻ってくるはめになるかも知れないのだ。
その時に迷ったら、と思ったらどうだ?」
「確かにそんな状況になったらと思うと…ぞっとするよ。」
「そうだろう。
彩斗が言う通りだ。
この地の事、この屋敷の事もわれらは知り尽くしておかなくてはならないのだ。
だから午後はこの屋敷の掃除を兼ねて屋敷探索をするからな。
場合によっては悪鬼を始末する罠も仕掛ける必要があるかも知れん。
それにある程度管理人が掃除をしてはいるが所々ほこりなど積もっている。
せめてポール様の邸宅のレベルくらいには奇麗にしたいのだ。
この前のようにさらっと見るだけじゃない。
この屋敷は色々細かいところで気になる場所があるんでな。」
そこまで聞いていた真鈴が急に思い出した。
「そう言えば朝の散歩コースに気になる祠と塚があったわよ。
四郎も見た?」
「われも見たぞ。
大神塚だろう?
読み方によっては狼塚とも取れるな。」
「そうそう、この地には、この屋敷の持ち主も何か秘密があったような気がしたのよね。」
「うむ、地下室の過剰に頑丈な扉だとか、2階のはなちゃん…」
「え?はなちゃんて誰?」
四郎も口を滑らすことがあるのだな~と慌てて口をつぐんだ四郎に俺はほんの少しおかしみを感じたが必死に咳払いをしてフォローする事にした。
「う~ごほごほ!
四郎、はなちゃんじゃなくてユキちゃんだろう?
昨日の夜、lineの返事をどうするかとか言ってたじゃないか。
そう言えばここの持ち主の親族達は必死にここを手放そうとしている感じがするんだよね。
それも凄い気になるよね。」
上手い事に真鈴は持ち主の謎に飛びついた。
「そうだよ四郎!
女の子の名前間違って覚えると恐ろしい事になるんだから!
それに返事しないと既読スルーって言ってこの時代じゃ失礼な事になるのよ!
後で一緒に返事の文面を考えようよ!
…それでさ、この屋敷と土地だけどそうよね~広大な敷地があってこのレベルの屋敷ならいくら破格の値段と言ってもこのご時世でも1億円くらいするんじゃないの?
隣接する土地も手放したいって言ってるんでしょ?
何か謎があるはずよね~!」
四郎がちらりと俺に感謝の視線を送ってコーヒーを飲んだ。
「そうだな、真鈴が今言ったように、ここは色々と謎がありそうだな。
さて、皆食べ終わったようだし皿を洗ったら顔を洗うなり歯を磨くなり化粧をするなり自由時間にしよう。」
四郎は俺達に朝の散歩の時に預かった腕時計を返し、自分の腕時計を見た。
「自由時間は30分だ。
30分後に午前のハイキングに出発するから玄関ホールに集合だ!」
「はい!」
「はい!」
続く




