ステート・アンド・ソーサリー
大事な話だと言うので神様も呼んで席についた。
「みなさま、先日は不幸な……」
「要点だけ手早く、そして帰って」
セルカは冷淡に言った。皇女は笑顔を引きつらせる。
「セ、セルカ……」
「……」
「……ワイズ老がアルリスが魔法学院に入学するという情報を入手しました」
ワイズ老って誰だろうと思ったらセルカが僕とも面識のあったSランクの冒険者だと教えてくれた。
「情報源はどこだい」
「彼の知り合いでその学院の学長でもある四天魔星キーカ・オプシオンです」
「シテンマセイってなんですか」
「古い時代の偉大な四人の魔法使いたちのことです。今の魔法体系の基礎をつくり、教会にも多大な影響を及ぼしました」
教会と魔法使いは相反するイメージだったが、この世界では違うらしい。
「入学条件は」
「入学金は当然こちらが出します。魔力検査と入学試験があります」
「ぼくは魔力がないから無理だね」
神様が残念そうに言った。
「本当にないんですか」
「うーん、セルカ君が疑うのも最もだけど、僕は魔力とかステータスみたいなこの世界固有のものは持ってないんだ。証明はできないけどね」
「そうですよね、すみません」
「わらわも恐らく入学できません」
皇女が悔しそうに拳を握った。
「どうして皇女様が」
「わらわのユニークスキル『烙印の輪』はスキルを無効にする代わりにスキルが使えません。魔法学院ですから皇族であっても魔法スキルを使えない人間は落とされるでしょう」
「私も無理でしょ」
セルカが皇女に聞いた。
「うん、セルカはまだラン村事件の濡れ衣がかかってるわ」
「僕とヒノワは身元不明だけど」
「それはどうにかできます」
「どうにかって?」
「わらわの姉妹として入学してください」
「すぐばれませんか」
「いえ、バレません。そうでしょセルカ」
セルカが骨つきの巨大鳥から肉をそぎ落とすナイフを止めた。
よく見るとセルカ肉しか食べてない。いや、肉食だからいいのか。
「教会はスキルのない人間は簡単にしか記録してない」
「でも、皇女様なら有名じゃない」
「父上には千人近い妾がいて、子どもは五百人以上いました」
千人って……僕なら名前も覚えられないと思う。
「多いですね」
「スキルのためです。皇帝の子はスキル取得を目指して教育されます。スキルが発現するまでは名すら与えられず、そのまま十才を過ぎると安全な帝都を追われ、前線でモンスターと戦うことになります」
「どうしてそんな……」
「スキルは神の寵愛の証、優れたスキルは善き人格と深い愛の証明、それが教会の教えです」
皇女が少し上ずった声で皮肉っぽく言う。
「高貴な血統に悪い人はいりません。ですから貴族や皇族はスキルのない子は認知しないのです。教会の関心はスキルのありなしだけ、皇帝が認めれば生まれたという事実だけが残った姉妹を蘇らすことができます」
「そのために貴様自身が来たのか」
ヒノワが硬いパンを澄んだ琥珀色のスープに浸しながら言った。
「はい、ヨシト様とヒノワ様には皇族としての作法を覚えていただきます。申し訳ないのですがヨシト様は名を偽っていただきます」
「どうしてですか」
「ワドニカ魔法学院は女学院です。婚約者のいる令嬢が大半ですから男性が入ることは許されません」
「僕が入ってもいいんですか?」
「まあ、セルカ達にもわらわにも手を出しませんでしたし、ヨシト様の自制心を信じます」
いいのかなホントに、でも偽名か、女の子の名前……どんなのだろう。
セルカ、ヒノワ、神様、プーリン、ルーフィア、アルリス……いまいちどんなのがいいか分からない。
「女の子でもおかしくない名前が思いつかないんだけどなにかない?」
「リン」
セルカの発言で空気が変わった。神様の真紅の瞳がセルカを見つめる。
みんなの目線に気づいた神様はいつもの浮世離れした雰囲気に戻る。
「えっと、神様どうしました?」
「見たことない虫が飛んでたんだ。ごめんよ驚かせて」
「そうですか、僕はリンいいと思うんですが」
「わらわも良い名だと思います。では、教会に届け出を出しておくので、これから善人様は潜入を終えるまでわらわの姉のリンとして生活してください」
皇女は羊皮紙を取り出して、リンと書き込んだ。
「ヒノワ様はそのままでいいですよね」
「うむ」
「では、わらわの妹として届け出を出しておきます」
「一生皇女として暮らすことになりませんか」
「モンスターに食べられ死んだという名目で処理します。セルカもいることですし問題ありません」
セルカを見ると耳がピクピク動いていた。
「プーリンは口が軽い。ヨシト……いや、リンたちも大事なことは教えないで」
「セルカが慎重すぎるだけよ」
「知ってる方が危ないから詳しくは言わない。でも、教会関係は心配しなくていい」
どういうことだろう、まあセルカがいいと言うならいいか。
「リンもスキルを使えぬのではないか」
「はい、リン様には魔法契約を二つ結んでもらいます」
そういうと皇女は新しく二枚の羊皮紙を出した。
「こちらは契約の大悪魔ウリクとの契約書です。リン様がわらわが許せないほどの損害を与えるか命を奪う、男性になるのどれかを行った場合に制裁が下されます」
「制裁と言うのは」
「この契約書の中に閉じ込められ、制裁状態で強化されたウリクと戦うことになります。強さは……言っても分からないでしょうがわらわでも勝てません。一応わらわのステータスを見せます」
【セス・プーリン(人間)】 レベル2000
【職業】不可
【HP】 8960080
【MP】 600800
【筋力】607000
【攻撃力】50000
【防御力】900500
【器用さ】2780
【すばやさ】700000
【ユニークスキル】『烙印の輪』
うす黄色のウィンドウが開かれる。
僕では絶対勝てないだろうが見方が分からない。セルカが僕に近づく。
「HPは体力、持久力。高ければ大けがしても動けるし、ある程度食事を抜いたり眠らなくても大丈夫。でも人間は首を切り落とされると死ぬ」
「うん」
「MPは魔力量、スキルの維持、発動に使う。最大値が高いほど性能が上がる。プーリンの場合はあまり意味がない」
「筋力と攻撃力はわらわが説明しましょう」
皇女が口を出した。
「セルカは魔法職ですから」
「魔法職ってなんですか」
「冒険者がよく使う言葉ですが、魔法スキルの発動に特化した職業を魔法職、近接戦闘に優れた職業を前衛職などある程度分かれています」
「姫は無職なのか」
「黙れ」
皇女が不思議そうに聞いたヒノワを睨みつける。こほんと咳払いすると説明に戻った。
「筋力は身体の力です。攻撃力は武器まで含めた平均的な一撃です。筋力に対して攻撃力が極端に低い場合は力を引き出せていない可能性が高いです」
そういうと皇女は先端に空色に輝く鳥の宝飾がついた杖を取り出した。
【攻撃力】50000
【攻撃力】800000
皇女の攻撃力が急激に上昇する。
「昨日の蹴りは攻撃力五十万くらいあった」
「はい、攻撃力はあくまで目安です。一撃の威力ですから手数や毒、敵との相性などは反映されません」
「難しいですね」
再びセルカが説明を引きついだ。
「防御力は防具にも一部適応される。攻撃力より当てにならないから詳細の数値を見た方がいい」
皇女のステータス画面が切り替わる。
【物理耐性】6000000
【魔法耐性】200
【状態異常耐性】1000000
すごく偏ってる。皇女は魔法スキルを無効にできるからだろうか。
「さらに詳細があってそこを見る。もういい?」
「うん」
「器用さは知らない。職人向けのステータス」
「そうなんだ」
「すばやさは反射速度、移動速度、動作速度を知っておけば大丈夫」
難しい……いや、僕はSEらしいしデータの把握は得意なはずだ。
「ここに職業補正やスキル、戦闘技術、種族、相性、体調が入る。職業やスキルには熟練度があって組み合わせによって変わる。他にも……」
「えっと、わからないってことはわかったよ」
セルカが僕の手を握り、普段とは違う熱意にあふれた目を向けてくる。
「分かるようになるまで教える。最強を目指すなら知る必要がある」
僕はいつから最強を目指すことになったんだろうか……
「セルカ、後にせよ」
「あ……ごめん」
ヒノワにたしなめられセルカはしょんぼり耳を寝かせた。
セルカには悪いけど正直助かった。そういう話が嫌いなわけではないけど情報量が多すぎて整理できない。
「また、少しずつ聞かせてよ」
「うん!」
セルカは嬉しそうにうなずいた。