状況整理
セルカは反省していた。
人質という戦法自体は知っていたが、セルカに使う人はいなかったし使われて困るものという認識もなかった。
戦闘で負ける要素はなかったのだからそれ以外を考えるべきだった。
「アルリスの情報を集めて」
プーリンはぎこちなく口を開いた。
誇りとか国とか形のないもののためによく命を捨てられるなと思う。
プーリンは皇族として認められてから頭がおかしくなった。
「曖昧すぎる」
「仕方がないでしょ!」
プーリンの声に混じって、刃物が布を貫く音が聞こえた。
振り向くとプラチナブロンドの長髪が宙を舞い、華奢な少女が崩れ落ちた。
えっ、なんで……
「回復!!!」
鋭いヒノワの声が飛ぶ、弾かれたようにヨシトの元に走る。
胸に朝渡したダガーが深く突き刺さっている。
ダガーの持ち手を握り、周囲を抑える。
「癒やせ〈治癒〉」
回復魔法を発動、作用する寸前に胸から引き抜く。
ヨシトの胸に手を当てる。ちゃんと動いてる。
安堵の息をおさえ、周囲を索敵する。プーリンの部屋に怪しい人影はない。
改めてヨシトの様子を見る。服が破れ血に濡れた部分は心臓の位置、真銀のダガーは肋骨をすり抜けて心臓を突き破ったはずだ。
本当に危なかった。
「大丈夫か」
ヒノワが這ってきた。
「うん、でも自分で刺したみたい」
「なぜだ」
考えられるとすればヨシトのスキルだろうか。
存在そのものを変化させることが精神に与える影響は計り知れない。
「スキルによる精神負荷だと思う」
「いえ、違うわ。責任を感じたのよ」
プーリンがヨシトの側に近づく、顔にかかった長髪をよける。
目をつむった穏やかな表情だ。
「戦場で多くの自決を見たけど、あんなに洗練されて迷いのないものは初めてよ。きっとヨシト様は高貴な家の方なのよ」
「平民らしいけど」
「気をつかわせないようにしているのではないかしら」
プーリンはヨシトに尊敬の眼差しを向け、その右手をそっと両手で包んだ。
「よく見ると本当に美しい方……決めたわ。この方を死なせるわけにはいかない。アルリスの調査は私がなんとかする。セルカたちは安全を確保した上で動いてもらうわ。スキルも限定的に解除する」
「わかった」
話を打ち切って気を失ったヨシトをヒノワに持たせる。
責任なんてあるわけない。ヨシトがいなければ私は死んでたし、ヒノワは暗い穴の底だ。 例え私たちが死んだとしてもヨシトにはなんの責任もない。
「セルカ、帰ってよいか」
「うん、ヨシトを早く寝かせてあげよ」
神様がぼんやりとヨシトを見ている。
「神様、帰りましょう」
「……ああ」
プーリンの気が変わらないうちにさっさと帰る。
記憶喪失を侮っていたかな。見た目以外はあまり変わらなかった、神様も直さなくていいと言っていたからちゃんと考えてなかった。
プーリンの依頼を受ける以上はヨシトのレベル上げも考えないといけない。
レベル一では街での喧嘩や低級モンスター相手でも死にかねない。
アルリスの確保に失敗して私が死んだときもヨシトが安全に暮らせるようにしたい。
考えがまとまる前に宿泊施設についた。
「ぼくは部屋に戻るよ」
普段通りの冷静な顔で神様は去った。
今朝、ヨシトが女になった時、ヨシトが心臓を刺した後、あの人は明らかにショックを受けていた。今まで見せていた浮世離れした無機質さとは違う。
人間のような表情だった。
「怪しい」
ヒノワもそれを感じていたようで私に耳打ちする。竜使い、私の職業スキルの絆で繋がれたヒノワの疑念が伝わる。
「わかった」
あの人は秘密主義すぎる。ヨシトが寝ている時に話しかけてもほとんどはぐらかされた。今日のことで分かった。彼女の想定の範囲はそこまで広くない。
彼女だけが情報を独占しているのは危険かもしれない。
神様の部屋の前に張り付く、この施設のドアは分厚いが猫獣人の聴力なら聞き取れる。
彼女は浮いているから足音はない。
こらえるような荒い息づかい。ん、と小さなつまる音。泣いてる。
神様も泣くんだ。
「どうして、りん……」
小さなつぶやき。『りん』ってなんだ。
その後も一時間ほど張りついていたが神様の精神状態がよくないこと以外わからなかった。
見切りをつけてヨシトの部屋に向かう。
ドアを開けると穏やかに眠るヨシトと同じ毛布にヒノワが入っていた。
「なにしてるの」
「見てわからぬか」
いらだたしい言い回しだが悪意がないことはわかっている。
一緒に寝る必要……ヨシトが自傷しないように守っているのだろう。
すやすやと眠るヨシトを見る。さらさらのプラチナブロンドの髪、真珠のように滑らかな白い肌、小さな顔は触れることすらためらわれるほど繊細で傷つきやすそうだ。でも優しそうな目元は元の姿に似ている。
この人がいなければ私は死んでいた。別の人に助けられたとしても戦うことと食べること以外の喜びを知ることはなかったと思う。
それにヨシトが笑うと嬉しい。ヨシトが苦しいと胸が痛い。命の恩人でなくても、優秀なスキルがなかったとしても、この人から離れることを考えられない。この気持ちをどう伝えればいいんだろう。
「神の様子はどうであった」
ヒノワの言葉で我に返る。
「ヨシトには聞かせたくない」
ヒノワに手を貸して部屋の隅に移動する。
「お前達は秘密ばかりだ」
「知りたいことは教える」
「セルカ、伝えたいことはないのか」
灰色の瞳が見透かそうと私を見る。
私が伝えたいこと……記憶がない今伝えたって気持ち悪いだけだ。
知りもしない思い出の押しつけほどうっとうしいものはない。
「今はいい」
「そうか」
「泣いてから『どうして、りん……』って言ってた」
「スキルによる遠距離会話で話していたか、この少女の名か」
スキル……やっぱりヒノワも神様の言い分は信じていないようだ。
ヨシトを幸せにしたいと言いながら安全だと言う元の世界で生き返らせず、干渉できないと言う割にドアは開けられる。
なにより、あの人には絶対戦いたくないと思うような不気味さがある。
「どうしよう」
「今はここを離れられぬ。明日だ」
神様のことは明日に回し、ヨシトの様子を見る。
ヨシトは優しそうで安心する顔だったけど飛び抜けた美形ではなかった。年も違う。
私やヒノワの肌に傷や汚れがないのは高レベルで治癒能力が高いからだ。
だが、この少女はレベル一なのに無垢な肌をしている。髪もよく見ると枝毛が一本もなかった。戦いとも労働とも縁遠い豪商の娘ならともかくヨシトは働きすぎで死んだはずだ。
だが、ステータス画面の表示は『吉宮善人』だった。
ヨシトのスキルでりんという少女に書き換えたなら文字も変わっていたはずだ。
「ヒノワはなんで子どもの姿なの」
「我は老いぬ竜ゆえ。陽炎のごとき人に身をやつすなら可能な限り長く生きられる身体がよいと思っていた」
「見た目ではわからないんだね」
気にしてなかったけど、はるか昔から生きるヒノワが人になったなら赤ん坊か遺灰になるのが自然だ。
どうせ女になるなら若い美女になりたいという思考は合理的だ。
ワンピースの胸元からのぞく鎖骨のラインがいい形をしてる。お願いしたら触らせてもらえるだろうか……今考えることじゃない。
ヒノワを見るととろんとした眠そうな目をしていた。
「ヒノワ眠い?」
「うむ……地下ではずっと寝ておったからな……」
「いいよ。見とく」
「ん……」
ヒノワは目を閉じ、固まったように動かなくなった。
私は昨日プーリンの侵入を許