表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/60

偽りと欠落の揺りかご

 私たちの視線を受け、決まり悪そうな顔をしたリンが再び口を開く。


ぬすみ聞きしてごめん。でも、僕だけ仲間外れはさびしいよ」


 言葉こそひかえめだが真剣なひとみ玉虫たまむし色の返答へんとうみとめないと言っている。

 今まで平和な国の住民だと思い込んでいたけどリンの本当の生まれは危険な世界だ。リンに疑われることを思いつかなかった……無意識むいしきに考えないようにしていたかもしれない。それに体調をくずしていたとはいえ尾行びこうされた。

 リンがその気なら私の背に一撃いちげきびせることさえできたと気づいて身体にふるえがはしった。

 うれしい。リンはやっぱり特別だ。今度こそほんとに心臓しんぞうが高まる。リンにみつきたくてきばがうずく。

 …………最悪。これじゃただのけものだ。


「ちがうよ……! そんなつもりじゃないんだ。ご、ごめん、そんな悲しい顔しないで……」


 ツバキは動揺どうようしている。彼女がリンの前に出てこない理由の一端いったんが分かった気がする。

 ヒノワに言い訳なんて器用きようなまねができるわけないしこういうのは私の担当だ。


「魔法の授業について説明してた。リンは魔力がないから退屈かと思って」

「セルカ……うそは嫌だよ」


 落胆らくたんした冷たい声色。

 息がつまる。氷の手を持つ悪魔に心臓をにぎられたようだ。リンにきらわれる……不安がふくれ上がって考えがまとまらない。

 私が立ち直れずにいると嬉しそうに目を細めたヒノワが口を開いた。


「うむ、こうなっては仕方ない。リンにも本当のことを言わねばなるまい」


 やめて……まだ私たちはなにも聞いてない。記憶きおくを取り戻したらリンが死んじゃうかもしれないのに、やっぱりヒノワには弱い人の心なんてわからない。


『落ち着け、我が時間をかせぐ。リンはするどい、いつわりは見抜みぬけよう。だが記憶がないのだ。欠落けつらくに気づくほどものを知らぬはずだ』

「話す前に皆に飲み物をくれぬか」

「うん、いいけど…………ワインに蜂蜜酒はちみつしゅ、お酒ばっかりだから水でいい?」

「エスティがきょうしたねっしたワインが美味びみであった」

「作り方知らないよ」

「我がつくる。腕をしてくれ」


 リンはヒノワをき上げて調理場に向かった。

 ヒノワに助けられた。何度かはいに空気を通す。

 ヒノワ、うたがってごめんなさい。従竜パートナーも信じられなくなったら終わりだ。後は私がどうにかしないと。

 ツバキの真紅の瞳がすがるように私を見る。ヒノワの言葉を思い出す。うそはダメで本当だけど教えていい情報だけ伝えろってこと? 今日はリンの過去を知るために集まってる。リンのことをもっと知りたいから……ダメだリンが失われた記憶きおくを知りたがるかもしれない。


「ヒノワ、もういいと思うよ」

「むぅ……」

煮詰につまっちゃうよ!」


 ヒノワは時間稼ぎがあまり上手じゃなかった。物にさわれないと言っているツバキ以外の三人のカップを持ってリンが戻ってきた。


「はい、セルカの分。ヒノワ、聞かせて」

「むっ…………我ではなくセルカの口から言ったほうがよかろう」


 考えんだヒノワは結局、私の方にげた。頭の中で不安が渦巻うずまく。リンが死んじゃうかもしれない……嫌われるかもしれない……考えないと……ワドニカなんか来るんじゃなかった……冷静れいせいにならないと……モンスターとかスキルのことなら話せるのに……


「セルカ……? 大丈夫」

「あ……ぅ」


 長い髪を耳にかけてホットワインを少しずつんでいたリンが心配そうに私を見る。なにも思いつかない……頭の中が真っ白になる。


「リ、リン……」

「うん、どうしたの」

「好き」

「ん……?」


 動きを止めたリンがたしかめるように私の顔をのぞく。自分の失言しつげんに気づいて恥ずかしさのあまり顔をふせる。


「あ……」


 困ったようなリンの声、腹に氷槍アイスランスち込まれたように身体がつめたく引きつる。


「僕、デリカシーのないことしちゃったよね……」


 不安ふあんそうな小さなつぶやき、わからないけど追求ついきゅうが止まった。

 終わりだ。きっと、もうリンの側にはいられない。私はリンの目をえぐり、顔をかし、骨を引きき、指をすり下ろした。

 ルーフィアが怒っていた。リンをこわす気かと、でもあれは必要なことだった。目が潰れたくらいで悲鳴を上げ、うずくまるような人間をダンジョンに連れて行くことはできない。

 違う……そもそもリンを強くする必要なんてなかった。私がすべきことは彼女が寝てる間に魔王をさがしてその首を枕元まくらもとに置いておくことだった。それならきらわれなかったし喜んでくれたかもしれない。


「あの、ごめんセルカ」

「違う……」

「え……僕のこと嫌いになっちゃった?」


 少しだけ傷ついたような声、あわてて顔を上げるとリンはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


「僕はセルカのこと好きだけどな」

「っ……!」

「ねえ、セルカ。僕のこと嫌い?」

「嫌いじゃない」

「じゃあ、もう一度聞かせて」


 リンの右手が私のほおれた。手のひらきごてのように熱い気がした。

 違う。こんなことはありえない。部屋中に視線を走らせ、感覚をます。魔法の痕跡こんせきは見つからない。気づかないうちにアルリスのスキルを受けて正気しょうきを失っている? 

 ふらつく足でリンの手から逃げるように下がる。壁にぶつかった。


「セルカ……?」


 リンが首をかしげると一粒の黄金をかしたような銀髪ぎんぱつがさらさらと流れる。

 その様子ようすに見とれて、自分が大変な自惚うぬぼれをしていたことに気づいた。どんなに強くなろうと地位ちい小綺麗こぎれいな服を着ようと私は性根しょうねいやしい孤児こじだ。

 リンはただ作戦中に不和ふわを起こさないため、もしくは町中では異常者いじょうしゃでしかない私に気を使ってくれただけ。

 そう思うと気が楽になった。


「私はリンをしたってる」

「僕もセルカのことを本当の家族みたいに思ってるよ」


 リンは今度は手をのばさずはにかんだようにほほ笑んだ。家族がどういうものか分からなくて少し悲しい気持ちになった。私はただリンに……

 覚悟かくごを決めてリンの手を取った。


「私はリンに神様になってもらいたい」

「か、神様……?」


 リンは困ったように私を見て、次にツバキを見た。私が首を横にるとリンの手がかすかに汗ばむ。


「どうすればいいの」

「リンにお祈りとかするのをゆるしてしい」

「セルカは教会のえらい人なんだよね」

「うん、でももう信じてない。私は神よりリンのしもべになりたい」

しもべって……」


 リンが少しきびしい顔で私を見る。リンが言葉を発する寸前すんぜんにヒノワが口を開いた。


しもべという言葉をそう重くとらえずともよい。我も名目上めいもくじょうはセルカの従竜じゅうりゅうだがミーテたちのようにかしずいてはおらぬ」


 リンの肩の力がけて私を見た。


「そうなの」

「うん、リンの奴隷どれい家来けらいになりたいわけじゃない。もちろん、その方がいいなら……」

「それはめて」

「わかった」


 リンは困ったように小さく息をはき、考えんだ。自分のかみばしかけた手を途中とちゅうで止め、私の目を見つめる。


「うーん……いいよ。よくわかんないけど」

「ありがとうリン!」

「セルカがよろこんでくれるなら僕もうれしいよ……」


 困ったようにほほ笑んだリンはヒノワのベッドに寝転ねころんで目をとろんとさせた。もう夜は遅くリンはステータスの数値よりつかれやすい。限界げんかいみたいだ。

 リンはおやすみと一言つぶやいて目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ