偽りと欠落の揺りかご
私たちの視線を受け、決まり悪そうな顔をしたリンが再び口を開く。
「盗み聞きしてごめん。でも、僕だけ仲間外れは寂しいよ」
言葉こそ控えめだが真剣な瞳は玉虫色の返答を認めないと言っている。
今まで平和な国の住民だと思い込んでいたけどリンの本当の生まれは危険な世界だ。リンに疑われることを思いつかなかった……無意識に考えないようにしていたかもしれない。それに体調を崩していたとはいえ尾行された。
リンがその気なら私の背に一撃浴びせることさえできたと気づいて身体に震えが走った。
嬉しい。リンはやっぱり特別だ。今度こそほんとに心臓が高まる。リンに噛みつきたくて牙がうずく。
…………最悪。これじゃただの獣だ。
「ちがうよ……! そんなつもりじゃないんだ。ご、ごめん、そんな悲しい顔しないで……」
ツバキは動揺している。彼女がリンの前に出てこない理由の一端が分かった気がする。
ヒノワに言い訳なんて器用なまねができるわけないしこういうのは私の担当だ。
「魔法の授業について説明してた。リンは魔力がないから退屈かと思って」
「セルカ……嘘は嫌だよ」
落胆した冷たい声色。
息がつまる。氷の手を持つ悪魔に心臓を握られたようだ。リンに嫌われる……不安が膨れ上がって考えがまとまらない。
私が立ち直れずにいると嬉しそうに目を細めたヒノワが口を開いた。
「うむ、こうなっては仕方ない。リンにも本当のことを言わねばなるまい」
やめて……まだ私たちはなにも聞いてない。記憶を取り戻したらリンが死んじゃうかもしれないのに、やっぱり竜には弱い人の心なんてわからない。
『落ち着け、我が時間を稼ぐ。リンは鋭い、偽りは見抜けよう。だが記憶がないのだ。欠落に気づくほどものを知らぬはずだ』
「話す前に皆に飲み物をくれぬか」
「うん、いいけど…………ワインに蜂蜜酒、お酒ばっかりだから水でいい?」
「エスティが供した熱したワインが美味であった」
「作り方知らないよ」
「我がつくる。腕を貸してくれ」
リンはヒノワを抱き上げて調理場に向かった。
ヒノワに助けられた。何度か肺に空気を通す。
ヒノワ、疑ってごめんなさい。従竜も信じられなくなったら終わりだ。後は私がどうにかしないと。
ツバキの真紅の瞳がすがるように私を見る。ヒノワの言葉を思い出す。嘘はダメで本当だけど教えていい情報だけ伝えろってこと? 今日はリンの過去を知るために集まってる。リンのことをもっと知りたいから……ダメだリンが失われた記憶を知りたがるかもしれない。
「ヒノワ、もういいと思うよ」
「むぅ……」
「煮詰まっちゃうよ!」
ヒノワは時間稼ぎがあまり上手じゃなかった。物に触れないと言っているツバキ以外の三人のカップを持ってリンが戻ってきた。
「はい、セルカの分。ヒノワ、聞かせて」
「むっ…………我ではなくセルカの口から言ったほうがよかろう」
考え込んだヒノワは結局、私の方に投げた。頭の中で不安が渦巻く。リンが死んじゃうかもしれない……嫌われるかもしれない……考えないと……ワドニカなんか来るんじゃなかった……冷静にならないと……モンスターとかスキルのことなら話せるのに……
「セルカ……? 大丈夫」
「あ……ぅ」
長い髪を耳にかけてホットワインを少しずつ飲んでいたリンが心配そうに私を見る。なにも思いつかない……頭の中が真っ白になる。
「リ、リン……」
「うん、どうしたの」
「好き」
「ん……?」
動きを止めたリンが確かめるように私の顔をのぞく。自分の失言に気づいて恥ずかしさのあまり顔をふせる。
「あ……」
困ったようなリンの声、腹に氷槍を撃ち込まれたように身体が冷たく引きつる。
「僕、デリカシーのないことしちゃったよね……」
不安そうな小さなつぶやき、わからないけど追求が止まった。
終わりだ。きっと、もうリンの側にはいられない。私はリンの目をえぐり、顔を溶かし、骨を引き抜き、指をすり下ろした。
ルーフィアが怒っていた。リンを壊す気かと、でもあれは必要なことだった。目が潰れたくらいで悲鳴を上げ、うずくまるような人間をダンジョンに連れて行くことはできない。
違う……そもそもリンを強くする必要なんてなかった。私がすべきことは彼女が寝てる間に魔王を探してその首を枕元に置いておくことだった。それなら嫌われなかったし喜んでくれたかもしれない。
「あの、ごめんセルカ」
「違う……」
「え……僕のこと嫌いになっちゃった?」
少しだけ傷ついたような声、あわてて顔を上げるとリンはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「僕はセルカのこと好きだけどな」
「っ……!」
「ねえ、セルカ。僕のこと嫌い?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ、もう一度聞かせて」
リンの右手が私の頬に触れた。手の平が焼きごてのように熱い気がした。
違う。こんなことはありえない。部屋中に視線を走らせ、感覚を研ぎ澄ます。魔法の痕跡は見つからない。気づかないうちにアルリスのスキルを受けて正気を失っている?
ふらつく足でリンの手から逃げるように下がる。壁にぶつかった。
「セルカ……?」
リンが首を傾げると一粒の黄金を溶かしたような銀髪がさらさらと流れる。
その様子に見とれて、自分が大変な自惚れをしていたことに気づいた。どんなに強くなろうと地位を得て小綺麗な服を着ようと私は性根の卑しい孤児だ。
リンはただ作戦中に不和を起こさないため、もしくは町中では異常者でしかない私に気を使ってくれただけ。
そう思うと気が楽になった。
「私はリンを慕ってる」
「僕もセルカのことを本当の家族みたいに思ってるよ」
リンは今度は手をのばさずはにかんだようにほほ笑んだ。家族がどういうものか分からなくて少し悲しい気持ちになった。私はただリンに……
覚悟を決めてリンの手を取った。
「私はリンに神様になってもらいたい」
「か、神様……?」
リンは困ったように私を見て、次にツバキを見た。私が首を横に振るとリンの手が微かに汗ばむ。
「どうすればいいの」
「リンにお祈りとかするのを許して欲しい」
「セルカは教会の偉い人なんだよね」
「うん、でももう信じてない。私は神よりリンの僕になりたい」
「僕って……」
リンが少し厳しい顔で私を見る。リンが言葉を発する寸前にヒノワが口を開いた。
「僕という言葉をそう重く捉えずともよい。我も名目上はセルカの従竜だがミーテたちのように傅いてはおらぬ」
リンの肩の力が抜けて私を見た。
「そうなの」
「うん、リンの奴隷や家来になりたいわけじゃない。もちろん、その方がいいなら……」
「それは止めて」
「わかった」
リンは困ったように小さく息をはき、考え込んだ。自分の髪に伸ばしかけた手を途中で止め、私の目を見つめる。
「うーん……いいよ。よくわかんないけど」
「ありがとうリン!」
「セルカが喜んでくれるなら僕も嬉しいよ……」
困ったようにほほ笑んだリンはヒノワのベッドに寝転んで目をとろんとさせた。もう夜は遅くリンはステータスの数値より疲れやすい。限界みたいだ。
リンはおやすみと一言つぶやいて目を閉じた。




