陽だまりの不適合者
「ダンジョンに帰りたい……」
セルカは無意識のうちに口から弱音を吐いた。
リンは風呂に入っているから誰にも聞かれてない。
とにかくワドニカは合わない。清潔すぎる街も浮世離れした貴族のお嬢様たちも豪勢な食事も、別の世界に来てしまったかのような場違いさを感じる。
「セルカ、お風呂空いたよ」
「私はいい」
この街がよく似合う少女がタオル一枚身に着けて現れた。上気した白い肌と濡れて白金のように輝く髪。
まぶしく感じて顔をうつむけた。リンが側に来て顔を近づけてきた。嬉しそうなうすピンクの瞳と目が合って一瞬固まってしまう。
「セルカはお風呂に入らなくてもいい匂いだね」
「…………」
私がいい匂い? 意味を図りかねているとリンは困ったようにほほ笑んだ。
「ごめん、セクハラだった」
「ううん、ありがとう」
「もう寝ようか」
「うん」
柔らか過ぎる人間の寝床に横になる。リンは石の床よりこっちの方が落ち着くみたいだ。リンはこの環境を気に入ってくれてるようでよかった。
リンが何不自由なく幸せに暮らせるようにするためどうにか今の仕事を終わらせないと。
鉄条網の発明に関しては最大の報酬が入るよう手配したし、私がため込んだオリハルコンや天原質、モンスターの希少素材、いらなくなった施設を処分すればお金には困らない。
リンの姿で暮らすのかヨシト……さんの姿で暮らすのか分からないけど身分は必要だ。ツバキはスズネ家と言ってたから貴族の家柄なのだろうけど爵位の用意は時間がかかる。今のうちに聞いて……いや過去の記憶に関わるかもしれないからやめとこう。
あとは人間のパートナー……やっぱり私が側にいてはいけない。
リンの首の神経を縫い合わせた時のことを思い出す。肉は固く、黒ずんだ血は冷たかった。私が巻き込んで皇女のフリなんてさせたせいだ。
もうこれ以上大事な人を失いたくない。
「セルカ、昨日はすぐに寝ちゃってごめんね。あの後どうしたの?」
「私もすぐ寝た」
事前に決めておいた通りの返事をして思考に戻る。
解決の糸口を探るため状況を整理する。
わざわざ私に頼んだということは当然プーリンも荒事になることを想定していたはずだ。怪しい学生はおびき出してステータス画面を開かせるつもりだったがウルベラ姫の存在で予定を変更せざる得なくなった。
今までなら彼女ほど実力のある王族が学院に来ることはあり得なかった。鉄条網の最初の実戦投入から一週間ほどのはずだから教会内から情報が漏れたのは間違いない。
もし他の貴族令嬢たちも大きな権力に近い場合、強引な手段を使えば問題になる。ヒノワが二回騒ぎを起こしたけど一回目は決闘で二回目はプライドが高そうな貴族だったから幼い平民の少女に酷い目にあわされたとは言えないと思いたい。
それにサマノリオがいる場所で『骨抜き』を使うわけにはいかない。魔法の知識は彼女の方がはるかに上みたいだし私のことを知っている。
あの人、どうして教師なんてやってるんだ。彼女は冒険者上がりで私と同じく好き好んで戦場にいた人間だ。貴族のお嬢様の相手なんてやりたがるとは思えない。手紙が帰ってくるまでに彼女から情報引き出して……
「もう少しそばに行っていい?」
リンが話しかけてきた。リンの方を見そうになったのを抑える。目が光ってるのを見られてやっぱり人間じゃないと思われたくない。
「えっ……うん」
ゴソゴソと音がしてリンが横に来た。リンの少しひんやりした手がかすかに触れる。心臓が気持ち悪いくらい早く鼓動している。
これがドキドキするという感覚だろうか……異常な状態が続いてリンがすやすや寝息を立てだしても収まらなかった。
冷や汗が止まらないし、吐きそう。
これって間違いない……毒だ。
「うえぇ……」
小さくうめく。夕食に猫獣人が食べてはいけないものが入ってたみたいだ。
常時発動している回復魔法を強める。ヒノワがつくったと言うから食べたけどやっぱりよく知らない人間の食べ物は危険だ。うう……本当に気持ち悪い。
そっとベッドから抜け出してヒノワの部屋を目指す。道は覚えたから召喚魔法ではなく徒歩、体調が悪いとはいえ夜闇を味方につけて見つかるほど弱ってはない。
魔力の明かりに照らされたワドニカの上空に白い灰が舞っているのが見えた。どうやら街に降る前に魔法で消しているらしい。
不吉だが短期間なら何度か記録されている。空のことは私が解決できる問題でもない。
ヒノワの部屋の窓が開いている。壁をよじ登って部屋に入った。
リンが書いたクラス名簿を見ていたヒノワが顔を上げ、虚空からツバキが姿を現す。
「昨日の続きからでいいかな?」
「うん、リンのことを教えて」
「わかったよ。リンには秘密ばかりで心苦しいけどね……」
ツバキはつらそうな顔をした。ヒノワも落ち着かなそうに髪に触れる。
治まりかけた胃のむかつきが戻ってくる。私は真実を隠すことをなんとも思わない。リンが幸せなら彼女の生きる世界全てを嘘で塗り固めてもかまわない。
私は人外二人より人の道を外れているのかもしれない。
「ねえ、秘密ってなに」
澄んだ声が響いた。ツバキの表情が固まり、ヒノワが嬉しそうに目を細める。振り返るとリンが立っていた。




