白く冷たい灰
ヒノワと一緒に名前を隠してクラスメイトの名前当てをしているとセルカが僕の制服の袖を引っぱった。
「誰か来る」
「うん、分かった」
セルカを使い魔の姿にするとミーテさんとエスティさんが部屋に入ってきた。衣類や食料を買ってきてくれらしい。
「エスティさんもここにいたんですね」
「私は家事ができないのでヒノワ殿下のお世話役が必要かと思いまして、リン殿下に相談もなく申し訳ありません」
「ううん、気を回してくれてありがとう。ミーテさんがヒノワについてくれて良かったよ」
「もったいないお言葉です」
ミーテさんとエスティさんの緊張が解ける。
「でもエスティさんはいいの?」
「実はミーテから三ヶ月後に再募集があると聞いたのでそれを目指そうと考えてまして」
「そうなんだ……エスティさんもよろしく」
エスティさん落ちちゃったか……自分が魔法を使えない負い目もあって何も言えなかった。
幸いエスティさんは気にしてないみたいで少し迷ったようにミーテさんを見て、口を開いた。
「あの、リン殿下もよかったら食べていきませんか。従者を連れてきてないとうかがったので……城の料理人には及ばないとは思うのですが」
「えっ、ホント! エスティさんありがとう! 今夜も絶食かと思ってたんだ」
「は、はい、がんばります」
食い気味に答えたせいでエスティさんが少し驚いてる。ミーテさんも眉をひそめる。
「そういったことは我々に仰せつけください。殿下は剣士として卓越した才をお持ちなのですから食事はしっかりとるよう心がけてください」
「ごめんなさい」
「私、料理作ってきます」
エスティさんはそそくさと台所に向かった。自分で料理できてすごいなぁ、僕にも教えてもらえないか聞いてみようかな。ミーテさんは目を大きく見開いて窓の外を見ていた。普段は引き締めた口をポカンと開けている。
「どうしたんですか?」
「あれを……」
かすれた声、窓の外を見ると雪が降っていた。真っ暗な中、部屋の蝋燭に照らされてふわふわと舞い降りる。
僕の肩から降りたセルカが毛を逆立て扉の方へ走った。ミーテさんも後に続き扉を開けて外に出て行った。
雪が好き……って感じじゃなかった。一応僕も外に出ることにした。
外ではミーテさんが舞い落ちる雪を受け止め手のひらを確認している。同じことをなんとか繰り返し、腰が抜けたように座り込んだ。
「ミーテさん? 大丈夫ですか」
「白く冷たい灰」
「はい?」
「神よ……私たちをお見捨てになるのですか」
ミーテさんは道ばたに座り込んだまま手を組みお祈りを始めた。
「ミーテさんなにしてるんですか、風邪を引きますよ。中に戻りましょう」
「殿下……空から白い灰が降っているのです。どうか御身も祈ってください。殿下の祈りなら通じるかもしれません」
「はあ……」
ミーテさんの声があまりに真に迫っていたので僕も道ばたに座り込んで手を合わせた。雪はかすかに舞っていただけですぐに収まった。
顔にびっしりと冷や汗を浮かべたミーテさんが小さく息を吐き、注意深く空を見ながら立ち上がった。
「祈りが通じたのでしょうか……よかった」
「雪がどうしたんですか?」
「ユキ……とは白い灰のことですか? 不勉強で申し訳ありません」
ユキという音を拾って不器用に発音するミーテさん。彼女は雪の存在そのものを知らないのか。逆に白い灰という単語については知っていて当然のものとして話している。
「その白い灰について教えていただけますか。少し記憶が飛んでしまったようで」
「それは大変です。お身体に障ってはいけません一度中に入りましょう」
一緒に部屋の中に戻る。
ミーテさんにエスコートされてイスに座ると彼女は本棚から分厚い本を取り出した。ヒノワが読んでた『創世の書』に似てる。この手の本はこの世界の王侯貴族の必読書なのだろうか……
「白い灰についての記述は『精霊手記集』の冒頭に出てきます。夜の精霊が触れたそれは冷たくいつまでも止むことなく世界を終わらせたそうです」
「少し貸してください」
ミーテさんが開いたページを見て小さすぎる文字を判読して大筋を拾う。
精霊というのはこの世界で一番古い種族のことらしい。神への祈りを行わなかった彼らは見捨てられ世界は白い灰に包まれて死の世界に変わった。
生き残った精霊たちは神の力の残滓をかき集め『残り』という生物を造り出す。そのことに激怒した神は地上を火の海に沈め焼き尽くされた精霊たちは魔力に変わり、『残り』たちの一部は地下に逃げ、ダンジョンを造り、モンスターに姿を変えた。
そして、二度とこのようなことがないよう人々が神によって造られ地上を与えられる。
『創世の書』の前の話のようだ。めちゃくちゃな神様だな。
本を閉じるとエスティさんが少し緊張した顔でテーブルに料理を並べ始めていた。ワドニカが湖に囲まれてるからか魚が多く、一品一品が小さくて可愛い。
「わぁ、おいしそう」
「お口にあえばいいのですが」
「この子にもあげていい?」
「もちろんです」
『私は後で食べる。食事中は気が緩んで奇襲を受けやすい』
『そっか、どれか食べたいのはある?』
『捨てるのもったいないからあれを食べる』
セルカはエスティさんが魚を捌いて出た残りの方を見る。内臓や血合いのついたアラなど綺麗に身を取ってあってもったいないとは思わない。
せっかくだからおいしい所を食べて欲しいけど……僕が代わりにあれを食べるとちょっと変な空気になりそうだしな。
とりあえず席について手を合わせ、魚のすり身でできたテリーヌに似た料理を食べる。薄めの味つけで噛むとほのかなハーブの香りと魚の甘みが感じられる。
「これすごくおいしい」
「そうですよね! 私も魚はあまり好きじゃなかったけどワドニカの魚はおいしいんです。ハーブも色々手に入るし料理するのが楽しくって……じゃなくて楽しいんです」
「はは、敬語は大丈夫だよ。もっと気軽に接してくれると嬉しい」
「あっ、いえとんでもないです」
エスティさんはバツが悪そうに身を縮めた。ミーテさんは僕の数倍以上の食事をもりもり平らげている。隣に座っていたヒノワが炒めた貝類が入った皿を差し出してきた。少し生焼けに見えるけど新鮮そうだし大丈夫かな。
一つつまんで食べるとパッと嬉しそうな顔になる。
「我が作った」
「おいしいよ。ヒノワの料理が食べられて嬉しい」
「そうか! もっと食すがよい」
ヒノワが貝をつまんで僕の口元に差し出してくる。口を開けて受け取ると目を輝かせて僕が食べるのを見ている。少し照れくさい飲み込むと今度は別の料理を差し出してきた。食べるとまた別のものを差しだそうと待っている。
「ええっと、ヒノワ?」
「どうした」
「僕、自分で食べられるよ」
「リンに食べさせるのが楽しい」
「二人の時ならいいけど……エスティさんたちもいるし少し恥ずかしいよ」
「むぅ……仕方ない。セ……こやつに食べさせよう」
ヒノワに炒めた貝を差し出されてセルカは戸惑っていたがしぶしぶといった感じで食べ出した。その後もヒノワは楽しそうに色々食べさせていた。
テーブルが小さいからみんなの顔が一度に見えて、なんだか家族みたいで嬉しい。
夕食が終わる頃には学院が閉まる間際だったので急いで寮に戻った。
寝る準備をしてベッドに入る。セルカは防具をかねた修道服を着たまま横になっている。
昼の先生の話が少し気になった。きっとセルカは人間の街の中では安心できないのだろう。
それに昨日の夜、僕に内緒でヒノワの部屋に行っていた。なにか僕に言えないようなことをしてるんじゃないだろうか……いや、僕が疑ってどうするんだ。
「セルカ、昨日はすぐに寝ちゃってごめんね。あの後どうしたの?」
「私もすぐ寝た」
嘘だ。かすかな耳の動きや声の調子、セルカの様子から分かる。 心苦しいけどなんの情報もなく信じられるほどお人好しにはなれない。
「もう少しそばに行っていい?」
「えっ……うん」
二人が手を広げて眠れるくらい大きなベッドの中でセルカの方に近寄る。それと同時に自分の長い毛髪の一本をセルカの修道服の金具に結びつけた。




