こやつの名は?
ベルリアが帰ってすぐヒノワとセルカが部屋に戻ってきた。
ヒノワは少し困った顔をしている。
「我はまたなにかしてしまったか……」
「ベルリアはヒノワが召喚したの?」
「うむ、あの人間ならそうだ」
「どうして」
「学院の人間たちがいなくなってリンは悲しかったのであろう」
「まあ、責任は感じてるよ」
「学院に戻そうと思って呼んだのだが会話が成立しなかったのだ」
僕のためにしてくれたのか。
尻尾をうなだれさせたセルカが口を開いた。
「不用意に伝えてすぐ帰った私の責任。召喚されたベルリアは入浴中で戻せと騒いだ。ヒノワは無視してどうして学院に行かないのか聞いて、ベルリアは怒って文句を言って、ヒノワの目が赤くなって怯えだした」
セルカも困惑したように言う。二人にもいまいち原因が分かってないようだ。
「ヒノワはどうして一旦帰してあげなかったの」
「む? なぜ帰す必要がある」
「お風呂の途中で服を着てなかったでしょう」
「必要あるまい。我はあの人間を傷つけるつもりはなく、学生であることも知っていた」
「……どういうこと」
「城に人間に教わった。鱗代わりに身を守るほかに身分を証明するためにあるのであろう」
城の人間というのはセス皇女のことだろうか。言ってることは間違いではないけど……
「裸だと恥ずかしいんだよ」
「今は我も人間だが裸でも恥ずかしくないぞ。それにリンとは裸で湯につかった」
「えっと……セルカなんで?」
元の世界でも原住民とかだと裸で暮らしてることもあるから……この世界だとちょっとわからないな。
「ヒノワが本当に戦う気がないかは分からない」
「傷つける気はないと言ったぞ」
「うそをついてるかもしれない」
「なぜ我がうそをつかねばならぬのだ」
「人間は全員うそつき」
「そうなのか?」
全員ではないと思うけど……今はその方が話が早いか。
「ベルリアとはどんな話を?」
「なぜ学院に行かぬのか聞いたのだ」
「ベルリアは帰してほしいと言っていたけどヒノワが取り合わないから怒った。下級聖職者が私をこのような目に遭わせてただで済むと思わないでください。元はと言えばあの化物に目をつけられたのも貴女が原因なのよ! と言った後にヒノワの目が赤くなった」
「建物に近づいただけですごいプレッシャーだったよ」
「我は人間に怒りを向けたのか……」
ヒノワが目を丸くしてつぶやいた。男性が少女に化けてるから化物と言っても間違いではないけど。
「……思い返せば少し無礼な人間だと思ったかもしれぬ」
「ヒノワ、もしかして人間の区別つかない?」
「リンとセルカは分かる。人間と獣人やエルフ、鬼なども耳や角を見ればわかると城の人間に教わった」
「今僕は笑ってる?」
「見た目ではわからぬ。だがリンが少し楽しげな気がする」
僕が女になっても気にしないわけだ。悲しそうな顔と真顔に対しては悲しそう、普通と答えたから感覚では分かってるみたいだ。
竜か、トカゲやヘビみたいな爬虫類なのかな……今は人間だからどうにかなるとは思うのだけど。
表情より誰が誰か分からない方が問題かな……この世界の人達は魔力の影響でカラフルな髪や瞳をしてるからその方が分かりやすいかもしれない。
「髪や目の色で人間を区別できない?」
「色?」
「ヒノワは地下にいたから色に頼ってなかったはず」
「そうか……じゃあまずは色を覚えよう」
「うむ」
部屋を見渡すがあまりハッキリした色がない。絵の具はチューブのはないだろうけど教室に絵が飾ってあったからあるはずだ。
「買ってくる」
「うん、お願い」
セルカにマジカルストーンを渡すとローブを着て出て行った。そうなると僕の役目は人間の表情を教えることか。
「ヒノワは人間の顔の動きはどれくらい分かるの」
「まったく分からぬ。平べったくて妙に動くから流れる溶岩のようだ」
「うーん、どんな表情だったかは覚えてる?」
「うむ、全て覚えている」
じゃあ、そんなに難しくない。僕は手鏡で表情を確認してからヒノワに微笑みかけた。
「これが楽しい時の顔、目元をよく見るとわかるよ」
「目の端が少し下がった!」
「うん、まずは僕の表情を一通り覚えて」
「うむ」
嬉しい、悲しい、嫌い、驚き、怒り、恐れ……表情をつくると自分が女優かと思うほど思ったような顔になる。器用さのおかげだろうか。
目や口元など分かりやすい特徴をとらえて説明する。
「恐怖とはなんだ?」
「えっと……怖いとか心配みたいな」
「我には理解出来ぬ。その顔の人間たちの行動は意味を成さぬものばかりだ」
「恐怖はねその人にとって当たり前だと思ってること、その人の世界のルールが破られた時に起こるんだよ。仲良くしたい人が恐怖を感じた時は相手に理解できることをしてあげるか分かるように説明するといいんじゃないかな」
「学院で人が恐怖したのは何故だ」
「僕はあまり魔法に詳しくないけど街一つ吹き飛ばせるものじゃないって思ってた。他の子たちにとってもそれが当たり前だったんじゃないかな」
「今日は普通に召喚しただけだ」
「裸のまま会話させられたり、下級聖職者だと思ってるヒノワに強いプレッシャーをかけられることが彼女の世界のルールと違ったんだろうね」
「そのルールはどうやった分かるのだ」
「僕は別の世界の人間だからセルカに聞いてみようか」
ヒノワは恐怖は理解できなかったが表情の特徴はすぐに覚えた。一を知って十を知るというタイプではないが忘れないし、情報が多くても混乱しないから教えてて楽しい。
「これは」
「喜んでる!」
「うん、正解。次は僕以外の人」
スキルを発動させサマノリオ先生の姿に変わる。人間相手なら服まで再現できるのは確認済みだ。
この世界の人の多くは感情表現がハッキリしてるしクラスメイトの大半は貴族で人前に立つことを意識している感じがする。
先生らしい表情になるよう鏡とにらめっこして考える。
「たぶん、こんな感じだと思う。これは笑ってる」
「リンは楽しくなくても笑えるのか?」
「ははっ、そうだね。でも、笑ってると少し楽しい気分になるよ」
「悲しい顔だと悲しい気分になるのか?」
「僕たちの世界だと感情をコントロールできない人間は未熟だと見なされるんだ。この世界の人はどうなんだろうね」
「感情は自分そのものではないのか? 誰がコントロールしておるのだ」
ヒノワが不思議そうに聞く。考えたけど思いつかなかった。
「忘れたみたい」
「そうか」
「……クラスメイト全員分覚えたらヒノワも表情が分かるようになると思うよ」
「うむ!」
セルカが戻って来る頃にはヒノワはクラスメイトたちの表情がだいたい分かるようになっていた。
瓶につめられた顔料を油に溶いてベルリアの金の髪と琥珀色の瞳を再現する。
数時間後には簡単に書いた似顔絵の上に名前と髪と瞳の色をのせたクラス名簿が完成した。
「リンも! リンとセルカも書いてくれ!」
「うん分かった」
僕とセルカとヒノワと神様、ルーフィアさんとセス皇女、ミーテさんとエスティさんも書き足すとヒノワが目を輝かせて名簿を見つめる。
「リン、ありがとう。全員覚える」
「絶対なくさないで、他人にも見せちゃダメ」
「あっ、ちょっと不用心だったかな?」
「えっと……リンが書いてくれたのは嬉しい」
セルカは悩んだけど許してくれた。僕も何度か姿を変えながら説明しているとヒノワはみんなの顔と名前を一致させることができた。
「違いが分かると面白い。もう一度この人間たちと会いたくなった。全部そろえよう」
「召喚はやめて」
「むっ……ではどうするのだ」
「僕が学院で聞いてみるよ。スキルで話せるのはどれくらいの距離なの?」
「私とヒノワは一キロくらいなら」
「じゃあ、明日の放課後にみんなで行こう」
「うむ!」




