怖がらないで
シロンが先生にもおすそ分けしてうさぎが半分くらいなくなった所で口を開いた。
「先生、Sランク冒険者のセルカについてなにか知ってますか」
先生はポリッジを口に運んでいたさじを止め、表情を曇らせた。
シロンもひるむように瞬きして包帯に覆われた目に手をやる。
「どうしてセルカのことが知りたいんだ」
「強い魔法使いだから。参考になるかと思いました」
「彼女は特殊だ参考にはならない」
「セルカのことを知ってるんですか」
「何度か会ったことはある」
先生はおわんを置いて小さく息をはいた。
「戦場で事務的な話をしただけだ」
「実際、どんなヤツなんすか」
シロンが真剣な顔で聞いた。
「うわさになっているような化物ではない。猫獣人の少女だ」
「人……っすか」
シロンが困惑したようにつぶやく。セルカのことなんだと思ってたんだろう。先生は苦笑いした。
「本当に知られてないな。実力だけなら頭一つ以上抜けているのだがな」
「シロンはめちゃくちゃでかい化物だって聞いたっす」
「あれは従竜だ。セルカは竜使いという職業らしい」
「聞いたことないっす」
「私も本人から初めて聞いた。調べたら記録上は一定数いるが実際に竜を従えたのは数百年ぶりのようだ」
「どうしてそんな人が知られてなかったのですか」
「隠されていたからな」
先生の手の中で空になったポリッジの器が燃え上がり跡形もなくなる。
「セルカは聖女認定されてすぐ最前線に送られた。亜人種が聖女になって反発がないはずがない。罪人と亜人種ばかりで構成されまともな装備もない部隊だ」
「……」
「厄介の種をまとめて葬りたかったのだろう。だが、セルカだけは何度出撃させても生き残った。当時の上官は彼女を恐れるあまり自ら命を絶った」
本当に酷い話だ。
「自由になったセルカは年に一度しか人間の街に近寄らずダンジョンに籠もるようになった。彼女のユニークスキルの効果は敵対しなければ発動しないこともあって力を借りる時も腫れ物に触るような扱いだったよ」
「それで人間を恨んでラン村の人達を殺したんすか」
シロンが普段より低めの声で聞いた。先生は首を横に振った。
「あれはセルカではない」
「でも、無傷なのに骨だけなくなってたんすよね」
「実際に会ったから分かるがセルカは病的なまでに慎重だ。彼女が犯人なら死体は残らない。そもそもラン村のな田舎で殺人は起こらない。外壁がないから後ろめたいものはみんなモンスターに食べさせるんだ。本当の犯人は都会にしか住んだことがないのだろうな」
よかった……セルカは無抵抗の人間を殺してない。第三者の口から聞けて安心した。
でも、先生はセルカについてよく知ってるな。この世界にはインターネットがあるわけでもないのに。
「先生詳しいですね」
「彼女が亡くなったと聞いてから調べていた」
「セルカが死んだ……?」
シロンが呆然とつぶやいた。
「ああ、従竜二匹の死体と装備、頭はないが大量の身体の一部が出ている。セルカの復讐が人間全体に及ぶことを恐れて血眼で探していたしな」
「本当に死んだんすか……」
「私は事実を教えた。判断は自分でしなさい」
シロンは包帯に触れ顔をふせた。
「彼女の死と共和国は関係ありますか」
「共和国? ああ、お前はロウナの皇族だったな。私はあまり詳しくないが最近は妙な連中がよりついてるらしいな。魔王ミラ、吸血聖女コミカ、うちのキーカもか確かにセルカも変人だが関係ないと思うぞ」
「そうですか」
「ごちそうになった。今日の授業は終わりだ」
そう言って先生は席を立った。僕も帰ろうと思ったらシロンに制服のすそをつかまれた。
「リンちゃんはどう思うっすか」
「なんのこと」
「セルカ、死んだんすかね」
「どうしてそんなこと聞くの」
「どうしてなんすかね……」
「理由も分からないなら聞かないで、ごちそうさま」
少し気分が落ち込んでる様子のシロンを置いて歩き出す。
セルカにばかり歩かせるのも悪いしヒノワの泊まってる宿の側まで行こうかな。
端正なワドニカの街を歩き宿に近づいた時、焼けた刃を突きつけられるようなプレッシャーを感じた。
「これってまさか……ヒノワ?」
まずい……直感に従って走った。受付のゴーレムを無視してヒノワの部屋に走る。
空気が溶岩に変わったかのように重く焼け付くようだ。固まった岩のように前に進むことを拒否する足を前に進め扉を開いた。
「よいかもう一度聞く」
「イヒ、ヒヒ……ひっ、ひい……あ……」
「それでは分からぬ。まじめに応えよ」
ムッとした表情のヒノワが生まれたままの姿の少女を尋問していた。
普段は灰色の瞳が炎を宿したように赤く輝いている。
一方、少女は全身びしょぬれで縦に巻かれた金髪も肌に張り付いている。意識は朦朧とし明らかに正気と狂気の境目を漂っている。
どういう状況だ。
『ヒノワは気づいてない。このままだと廃人になる』
切羽つまったセルカの声、部屋に踏み込みヒノワがこちらを見ると重圧が薄れた。
『ごめん、ヒノワ!』
「ん?」
ヒノワを座ってるイスごと部屋の外に蹴り出した。扉がひとりでに閉まる。外にセルカがいるのだろう。ヒノワはキョトンとした顔をしていた。
プレッシャーから解放された少女が悲鳴をあげて僕にすがりついて来た。勝ち気そうな瞳は恐怖に塗りつぶされ大粒の涙を流す。
「もう大丈夫よ」
「ひ、ひぃいいいいいい、あっ、あっ、はぁ……んっ……ひっ! ああ……」
正気に戻らない。目が完全に別の世界に行ってしまってる。この子はもうダメかもしれない。
「あなたも高貴な生まれならそれなりの態度をしなさい!」
少女の頬を平手で叩いた。一瞬、硬直した少女の瞳の焦点が合い口をパクパクとさせた。
「……ですわ、そう……ですわ。わたくし……私はジェンリーズ公爵家の娘。こ、このような醜態を晒してか、家名に泥を塗るわけには……」
カチカチと歯がなるほど震えながらも少女は正気を取り戻していく。少しずつ少女の震えが収まり琥珀色の瞳が真っ直ぐ僕を見た。
貴族の誇りというのはすごいな。さっきまで狂人のようだったに数十秒で正気の世界に帰ってくるなんて、感心してしまう。
ただ、正気に戻ったら戻ったで羞恥のあまり顔を赤く染めうずくまった。
「これでも着てなさい」
子どもとはいえ裸の女の子相手はバツが悪いのでマントを渡す。少女がマントで身体を包んだのを確認してから扉を開ける。
セルカがどうにかしてくれたのかヒノワはいない。
ミーテさんも見当たらないし、僕の服も入らないだろうから荷物をあさって少女が着られそうなものを探す。
大きすぎるがミーテさんの服と縛るためヒモを探して少女の前に置いて後ろを向く。
「……ありがとうございます」
少女がつぶやく、振り返るとやはりぶかぶかだったがマントで多少はごまかせるだろう。僕の顔を見て複雑そうな表情をしたが座ったままマントのすそをつまんで持ち上げた。彼女の国のあいさつだろうか?
「今日はお礼を言っておきますわ。ですが勘違いなさらないでください。わ、私はあなたを認めたわけではありません」
「今日はもう帰りなさい顔色が悪いわ」
「ほ、本当は感謝なんてしてませんのよ。一人でも大丈夫でしたわ。だから……」
少女は泣きそうな顔で声を出す。あんな状態だったのによく意地がはれるな。
「もういい、わかったわ」
「わ、私はジェンリーズ公爵家の長女ベルリア=フレイヘズ=ジェンリースですのよ。しょ、庶民に怯えるなんてありえませんわ」
「そうね、もういいかしら」
「わ、私は決して臆病者では……」
「あなた、立てないの?」
「バ、バカにしないでくださる!」
ベルリアは立ち上がろうとするが足が生まれたての子鹿のように震えている。
「きゃっ!」
足を滑らしたベルリアの身体を抱きかかえて立たせる。
青ざめた顔で息を乱すベルリアをぎゅっと抱きしめた。
「な……なにを」
嫌がってはいない。しばらく抱きしめているとベルリアは声を抑えて泣きだした。身体の震えが収まったところで身体を離す。
「あ……」
「安心した」
「……はい」
「もう帰りなさい」
こくりと頷いたベルリアは部屋から出て行った。
ヒノワ……なにしたの。




