お昼ご飯
固まっていたサマノリオ先生はショックを受けたのかゆるゆると教壇へ歩き、僕たちに席に着くよう指示した。
シロンは一番後ろの角にいる僕の隣に座った。
サマノリオはため息をついて教壇を下りる、そして僕とシロンの前の机の上に座った。
「他の学生はどうした」
『知らない』
「知らないわ」
「シロンも聞いてないっす」
「そうか……」
サマノリオはとんがり帽子を脱ぎ、膝の上に抱える。
帽子の縁を握りしめ動かない。
『考える時間を与えないで』
「先生、早く授業をしてください」
「ああ……遅れてるだけかもしれないしな」
小さくつぶやいたサマノリオ先生は話しだした。
よく分からない魔法の話を聞き流す。
シロンとセルカは熱心に聞いている。僕も魔法が使えたらいいのにな……
「魔法を使う時に杖を使う理由は二つある。一つは杖の方が人の身体より多くの魔力を集めることができるから、もう一つは魔力にさらされることによる体質の変化を抑えるためだ」
「先生入学式で杖使ってなかったっす」
シロンがつぶやく。そういえばセルカやヒノワたちも杖を使ってない。
「私を始め高位の魔法使いたちは杖より魔力を集めやすい体質になっている。ワドニカ内ではこの特殊体質の女だけを『魔女』と呼ぶ」
「へえー、便利そうっす」
「やめておけ、影響を受けていない魔法の適正は大きく下がるし、たいていは虚弱体質になる。解明されてない副作用も多いから前より強くなるのはほんの一握りだ。私もなりたくてなったわけではない」
その後も座学が続き休憩時間になった。
サマノリオ先生は寮を見に行くと教室を出ていった。
「リンちゃん、使用人とか連れてきてるんすか」
シロンが話しかけてきた。リンちゃんって僕のことか……
「いえ」
「あの、シロンも一人だからリンちゃんと一緒に食べたいっす」
「いいけど、少し待ってて」
「やったー! 了解っす」
喜ぶシロンに教室で待ってもらって寮の部屋に向かった。
鍵をかけるとヒノワの方にいる予定の神様が姿を現した。
会話が通じるようセルカを元に戻す。
「どうしたんだい?」
「神様が近くにいる気がして」
「……そうかい、実はセルカ君に相談があってね。ヒノワ君がリンに会いたいと駄々(だだ)をこねてるんだけどどうすればいいかな?」
ピクッとセルカの耳が動き尻尾が大きく揺れる。
「……ちょっと行ってくる。次の授業までには戻る」
「セルカ!?」
セルカがフード付きのマントを被ると姿が消えた。
ヒノワに召喚されたのだろう。仕方ないので一人で教室に帰る。
そういえば、セルカたちやその知り合いが僕の側にいないのは夜中に施設を出てディーネさんに会った時以来だ。
……気は進まないがセルカたちの言うことが本当に正しいか確かめるべきだろう。
明らかに彼女たちは普通じゃない。
「神様、いますか?」
虚空に向けて話しかける。出てこない。いないと判断しよう。
彼女に監視に気づく方法はない。
そっと自分のまぶたに触れる。
指先に眼球を感じる。セルカに何度も抉られた感覚を思い出した。
教室の扉を開ける。
「あっ! リンちゃん。早く行くっす!」
「ええ」
空席しかない教室。ヒノワは本当に人間ではないのだろう。
泣き叫ぶ少女たちを見てもなんと思ってなかった。泣くという行為の意味すら知らないように。
たどり着いた小部屋には学院に来たときの魔方陣を小さくしたような図形が描かれている。
足を踏み入れると浮遊感とともに景色が別の小部屋に切り替わった。
「これ便利っすね。家にも欲しいっす」
「そうね」
小部屋を出ると横に三メートルほどの鋼鉄のゴーレムが立っていた。僕たちが離れると部屋の前に移動して立ち塞がる。
外はたくさんの屋台があり人通りの多い広場のような場所だった。
シロンが手近にあるうさぎのような動物がたくさん吊された屋台に駆(か〉けよる。
「リンちゃん、シロンこれが食べたいっす」
「そう、じゃあ私もそれにするわ」
「おっちゃん一匹焼いて!」
「おう、魔法学院の学生さんかい」
「そうっす!」
「ようし、一番でかいやつを焼いてやろう」
「そんなに食べられないっす」
屋台のおじさんが炎の魔法でうさぎを焼く間、近くのイスに座って考えを続ける。
今朝、セルカと一緒に寝た時にミーテさんの香水の匂いがかすかにした。僕には言わずヒノワの部屋に行っていたのだろう。
前から三人は僕になにか隠している気がしていた。記憶を失った僕を支えてくれている彼女たちを疑うのは心苦しいけど、今の僕は人を信じるための基準さえも失っている。
セルカたちが信じられるかどうやって調べるか……神様やヒノワのことは分からないと思うけど共和国とセルカについてなら知ってる人がいるはずだ。
「リンちゃん、焼けたっすよ」
「ええ、ありがとう」
シロンが布で大理石のテーブルをふいてからうさぎの丸焼きを置く。
肉の香ばしい匂いの中にかすかに香草が香る。
二週間ぶりとまともな食べ物にちょっと感動してしまった。
「リンちゃん、よだれ」
「えっ……」
指摘されハンカチで口元をふく、シロンは気にせずナイフを取り出してうさぎを解体しはじめた。
マイナイフなんて持ってない……とはいえ皇女役なのにつかみかかるのはまずいよな。
でも、まともな食事がしたい。一昨日からモンスターの干し肉一切れと水以外なにも食べてない僕はなかばパニックになっていた。
「あ……あーん」
「はっ?」
「食べさせて」
「……」
シロンがなんだこいつと言いたそうな目で見てくる。
ええ……そんな反応なのかな。もうちょっと軽いノリで済ませてくれるかと思ったんだけど……
シロンはハッと表情を正して薄い笑み浮かべた。
「あはは……ちょっと驚いたっす。いいっすよ」
シロンが切り分けた肉を僕の口に放り込む。
すごくおいしい。アンモニア臭や異様な獣臭さがない。毒性の血や油で舌や喉が痛むこともないし、鼓膜が破れそうな咆吼をあげることもない。
それに吐き出さなくても噛みきれるし寄生虫も気にしなくていい。
シロンにせがんで次々うさぎの肉を食べていく。
「あの……もういいすか」
「もっと欲しいわ」
「いやちょっと……恥ずかしいんで……」
シロンは顔をふせ肉をつまんでない方の手でサイドテールを握っている。
周囲を見渡すと視線が集まってるのが分かった。
顔を少しあげたシロンは頬に赤みが差し、ジトッとした目で僕を見た。
「なにが恥ずかしいの?」
「だって……見られてるじゃないすか」
「気にしすぎ。シロンは食べないの?」
見られてるのはシロンの格好が原因だと思う。
目立ちたいのか恥ずかしがり屋なのか分からない子だ。
錆色の目をさまよわせてモジモジするシロンを待っていると黒ローブの魔女が対面に座った。
「お前達、なにしてるんだ」
れてサマノリオ先生が少し呆れたように聞く。シロンはホッとしたように彼女の方を向く。
「先生、寮の方はどうだったっすか」
「誰もいない。まったくどうなってるのか」
先生が片手に持つおわんには干した果物がちりばめられた牛乳粥が入っている。
そういえばこの世界で甘いものを食べたことがない。
「先生、それどこにあったんですか」
「うん? あの奥の屋台だ」
「少し失礼します」
早足で歩き、屋台のお姉さんにポリッジをよそってもらい干した果物をちりばめてもらう。マジカルストーンで会計して席に戻った。
食事のためマフラーを下にずらした先生が意外そうに僕を見る。
「お前はこういうものは食べないかと思っていた」
「おいしいですよ」
「そうか……よかったな」
甘めの味のポリッジに酸味の強い干し果物がよく合う。うさぎはシロンが小さく切ってくれていたので自分の手がつまんで食べる。
お腹が満たされてきたところでセルカや共和国のことを聞こうとしていたのを思い出した。




