魔法学院二日目
目を覚ますと夜闇の中、神様の髪とセルカの目だけが光っていた。
セルカが蝋燭に火を灯す。
「おはようセルカ」
「おはようリン」
ベッドから出てマントと制服を脱ぐ、外はもう真っ暗だ。
学院に行くまではけっこう時間がある。
「セルカ、昨日はごめん。勝手なことしてやりすぎちゃった」
「それが分かってるならいい。今日どうするかを決めよう」
「うん」
セルカがベッドに座る。僕が横に座るとピクッと尻尾が動いたけど何も言わなかった。
「今日の態度は刺々(とげとげ)しすぎる。全員にケンカを売る必要はない。弱い相手にだけ厳しい方が感じが悪い。特にサマノリオとウルベラ相手は普通にした方がいい」
「うん、気をつけるよ。サマノリオ先生はすごい魔法使いなんだよね。ウルベラは?」
「彼女はセーラス家、アプラス聖王国の聖王の家系の王位継承順位三位。魔法の重要性が増したから『盾の魔女隊』の大魔女である彼女が聖王になる可能性もある」
ウルベラってそんなに偉い人だったんだ。今日学校に行ったら謝ってもいいのかな……
「ウルベラに謝ってもいい?」
「誰も見てない所なら」
「大魔女ってすごいの?」
「辞退した人がいないならその国で一番魔法が上手い人間」
「セルカは?」
「獣人」
セルカはベッドから立ち上がり修道服の内ポケットから羊皮紙を取り出した。部屋に備えつけられた羽ペンとインクを調べてから文字を書き始める。
「手紙?」
「この仕事、私たちには向いてない」
「アルリス姫を捜すこと?」
「状況が変わった。セーラス家の人間がいるなら他の生徒も私が知らない王族、上級貴族だと思う。国際問題に発展しかねない」
セルカは耳を落ち込ませる。
「大司教やギルド長、プーリンも動いてるはずだけど念のために手紙を出す。他国の貴族や人間の社会に詳しい人に作戦を考えてもらう」
「僕たちはどうするの」
「情報を集めて実行部隊として動けるように準備。もし昨日のことを聞いて本当にアルリスが来た場合だけ迎え撃つ」
「一旦作戦は中止ってことかな」
「うん、ヒノワが暴走してワドニカを吹き飛ばしたら取り返しがつかない」
確かにそれは……取り返しがつかない。
数枚の手紙を書き終わったセルカは修道服から指輪を取り出し、手紙に封をするため蝋を垂らして指輪で押印した。
「私もダメだった」
「どうして」
「授業中、火球を撃ったでしょ」
「うん」
「私の魔力量ならゴーレムを焼き尽くすくらいできると思ってた。でも、全然ダメでヒノワの機嫌が悪くなった」
「初めてだから仕方ないよ」
セルカは手紙を置いて考えこみだした。
なんとなく疲れてるように見える。
たぶん、セルカは戦うのが好きだからこういう仕事はあまりしないのだろう。
「ねえ、セルカも一緒に寝ない」
「えっ……」
「まだ、時間があるから。いつもヒノワを抱いて寝てたからちょっとさびしくてさ。それで早く起きたのかも」
「いいの……?」
「セルカ嫌でなければ」
セルカは恐る恐るといった感じで僕のベッドに横になった。
本来なら十才ほど僕の方が年上だが、今は姉妹のようだ。
元の身体なら事案だなと思いつつもセルカの横に寝た。
緊張してるのかセルカの身体は固い。
「どうして急に……」
「セルカいつも床で寝てるから疲れてないかなって思って」
ほほ笑みかけるとセルカの頬に赤みが差した。
セルカはサッと反対側を向いてしまった。
「私は床でもベッドでも同じように眠れる。リンが少しでも広く使えるほうがいい」
「僕は隣に誰かいないと落ち着かないな……セルカがダメなら神様、一緒に寝てくれませんか?」
神様はいつの間にかいなくなっていた。
ほとんど考えず話してたけど僕は元々誰かと一緒に寝る習慣があったみたいだ。
恋人、もしかしたら奥さんがいたのかもしれない。
神様がろくな思い出がないって言ってたから抱き枕とかかもしれないけど……
神様を目の端で探しているとセルカがひかえめに僕の腕に触れる。
「リンが落ち着くなら……」
「ありがとう、セルカ」
さすがにヒノワみたいに抱きしめはしなかったけど、セルカと一緒に横になっているとすぐ眠れた。
学院に行くほぼ三十分前に目が覚めた。
朝の準備を手早く終わらせて教室に歩く。
予定通りなら今頃僕の悪評が広がっているはずだ。
まあ、それは自業自得だからいい。
かわいそうなのはなにも悪いことをしてないのに楽しい学院生活を僕という部外者に破壊されるクラスメイトたちだ。
ネガティブな思考を巡らせるうち教室にたどり着いた。
「……っ!」
誰もいなかった。
『命の危機を感じたみたい』
「僕のせいだ」
『これじゃ意味がない。一旦帰って……』
ガラガラと扉が開く音がした。ゆっくり振り返る。
「あー……早く来すぎたみたいっす」
へらっと笑った少女が間を持たすようにつぶやいた。
小柄で片手に銀の縦笛を持った変わった少女。
制服の上に黒いコートを羽織り、スカートも短くしている。
銀髪サイドテール、左右のバランスを取るように巻いた斜めの包帯で片目を隠し、錆色の目で遠慮なく教室を見わたす。
この子、昨日窓の外を見てた子だ。
「あなた、誰?」
「おやおや、美少女さんシロンに興味津々(きょうみしんしん)っすね」
「じゃあ、いいわ」
「ええっ! 聞いて欲しいっす!」
なんか……今の気分と彼女のテンションが合わない。
席につくと少女が僕の方に椅子を向けて座った。
「ねえねえ、たった二人のクラスメイトっすよ」
甘ったるい声を出して上目遣いで僕を見る。
こんな子いなかった気がする。
「あなた、昨日はどうしたの」
「庭がきれいだったから見に行ってたっす。美少女さんも見とかないと損っすよ」
「その呼び方なに」
「名前わかんないんで、あ、シロンはシロン・ルーベルゲンっす。ちょー可愛がられて育ったんで優しくして欲しいっす」
「リン」
「いい名前っすね。リンリンリン! って感じで」
どういう感じだろう。
シロンはハッと目を見開いて僕の肩を見た。
「なに」
「その子すっごく可愛いっす」
「セ……使い魔のこと?」
こくこくとシロンがうなずく。
「触りたいっす」
セルカはサッとシロンとは反対側の肩に移った。
「ああー! いじわるしないで欲しいっす」
シロンが席を立ってセルカとの追いかけっこが始まりそうになった時、教室の扉が開いた。
入り口に立っていたのはマフラーをした黒衣の魔女、サマノリオ先生。
僕たち二人と一匹、次に空席だらけの教室を見て固まった。
「どういうことだ……」
魔法学院生活二日目が始まった。




