日輪井の中を知らず
冷たく乾いた風が吹き、太陽に重くうっとうしい雲がかかる。
クラスメイトたちは訓練場の端により、数人がヒノワを守るように僕の視線を切る。
僕の前に立つウルベラが翡翠の瞳に冷えた光を宿した。
「いきます」
ウルベラが静かに言葉を発した。杖をこちらに向け、僕もマネをした。周囲の緊張が高まる。
「回れ〈氷柱の光矢〉」
ウルベラの声とともに空中に小さな氷柱が発生し飛ぶ。
ドリルのように回転しながら僕の毛先にけずり、音の壁を破った衝撃が遅れて空気を震わす。
石が砕ける音、背後の壁に穴を開けたらしい。
ウルベラは小さく息をはき、杖を下ろした。
「これで分かったはずです。あなたは私に勝てません」
えっ? なんで僕が負けたみたいになってるの。
クラスメイトたちは驚きと尊敬の視線をウルベラに向けた。
「すごい、これが大魔女の魔法……」
「やっぱりウルベラさまは格が違う」
賞賛には応えずうつむきぎみに歩き出すウルベラに話しかける。
「なに言ってるの。当たってないわ」
「こんの……バカ! 力の差が分かってませんの!」
長い金髪を縦に巻いた少女が前に出て僕につめよった。
「さっきのが見えなかったんですか! ウルベラさんが本気ならあなたお亡くなりになっていましたのよ!」
「当たらないからよけなかっただけよ」
「っ……! 意地をはるのもいい加減になさい!」
顔を真っ赤にして怒る縦巻きさんを無視してウルベラに杖を向けた。
弾かれたようにウルベラも構え直す。
『ヒノワ魔法を』
『リンが詠唱を始めたら使う。今から言う言葉を覚えよ』
縦巻きさんもあわてて壁際に待避し、再び向かいあう。
「考え直してください。彼女の存在を許せとまでは言いません黙認してくれればいいんです」
「ありえないわ」
「はっきり言いますリンさんの魔法の実力は私の足下にも届いてません。もう少し強くなってからにしましょう」
「…………」
「どうしてわからないんですか!」
ウルベラが初めて声を荒げた。
……僕だってやめたいよ。全部話して謝って楽になりたい。
でも、それはできない。
魔法を発動するため言葉を紡ぐ。
「黒より出でし霊園のミスティカ。古き子は目覚め愚者の夜は終わる――――」
つるりとした黒い球体が浮かびあがりボコボコと歪みながら膨れ上がる。
僕の頭ほどの大きさになった時、黒を破って灼熱が膿のようにこぼれ落ちる。
クラスメイトたちは青ざめウルベラが叫んだ。
「っ……! 顕現せよ、凍てつく星界! どうして……! 顕現して!」
「まさか、魔力欠失……」
声を震わせて詠唱するウルベラ、それを見て誰かが呆然とつぶやく。
「汝の名は慈悲、授けるは盲目の暁光、無垢なるままに万象を溶かせ――――」
詠唱を終える前に異常に気づく。
ヒノワの魔法は単なる火の玉を越え、蒼い光を発し始めていた。
言葉を失った少女たちの顔が恐怖に歪む。
地に下りたセルカが何度も鳴き僕の靴に噛みついて引っ張ろうとする。
『どうした? まだか』
ヒノワが不思議そうに問う。
魔法は輝きを増し、第二の太陽のごとく訓練場を白に染める。
身体中の毛が逆立ち冷たい恐怖が湧き上がる。
もしだ……これが僕が知るものならワドニカ全てが灰に変わる。
止めないと……!
『ヒノワ魔法を止めて!』
『なに? 作戦通りではないか』
『これを撃ったらみんな死んじゃうよ!』
『な、なに、それはダメだ。……魔法はどうやって止めるのだ?』
ヒノワが困ったように言う。
『セルカ! セルカに聞いて!』
『う……だが、それは……』
『ヒノワ! お願い!』
『むぅ……仕方ないか……』
少し間を置いてなにかが繋がった感覚がした。
『リン逃げて! ワドニカの外まで!』
『それはできないよ』
『……っ! ヒノワ、これから手順を説明する。絶対間違えないで』
『うむ……』
少しの間を置いて破滅の火は霧散した。
後に残るのは恐怖と絶望に打ちのめされた少女たち。
いつの間にか炭になっていた杖を捨て、前に歩いた。
「ひっ……ごめんなさい。許して……ください」
床にぺたりと座り込んだウルベラが自分の身体を抱く。
息は乱れ、翡翠の瞳からとめどなく涙が流れる。
僕が一歩近づくたび怯えて音にならない声を出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんさい……」
優しく気品のあるウルベラはそこにいなかった。
ただ恐怖に打ちのめされ壊れたように許しを乞う哀れな少女。
僕は取り返しのつかないことをしてしまった。のどもとまでせり上がる酸っぱいものを飲み下し足を動かす。
「いや、こないで……」
アリルと呼ばれていた少女がつぶやく。
恐怖に身体が震え失言に気づいたように口を覆う。
亀のように丸まって嗚咽をあげ始めた。
他の子たちも……意識を保ってる子はひどいありさまだった。
『我はなにかしてしまったのか? 発動してもおらぬというに』
『後にして。ごめんなさい、もう学校に来ませんと言って』
『セルカ、我はまだ学校に行きたい』
『一旦そうしないとおさまらない』
『そうなのか?』
『リン、ヒノワの方まで』
セルカの指示に従ってヒノワの前まで歩く。
ごめんなさい、謝る理由なんて一つもない少女たちが取りつかれたかのように繰り返す。
僕が彼女たちにできるのは一刻も早くここから消えることだけだ。
「ごめんさい、もう学校には来ません」
ヒノワが言い、立ちつくしていたミーテさんに視線を送るとぎこちない動きでヒノワの車椅子を押して訓練場を出て行った。
僕も足早に立ち去る。
『リン、寮の部屋は――』
授業を聞いていたセルカに案内され、無心で歩いた。
四千二百番と書かれたプレートが掲げられた部屋に入る。
カーテンを閉め切ってセルカを元の姿に戻す。
金と青灰の瞳が心配そうに僕を見る。
「顔色が悪い休んだ方がいい」
「……いつものことだよ」
「血の気が引いてる。本当に倒れそう」
セルカにまで迷惑をかけたくないからおとなしくベッドに座った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許しを乞う少女たちの声が耳に残って離れない。めまいがする。
「ごめん、ちょっと疲れた」
「なにか食べる?」
「ううん」
横になって目を閉じると眠りはすぐに訪れた。




