付け焼き刃
説明が終わった後は予定通り中庭に出て魔法を見せることになった。
固い石が敷きつめられた練習場ではずんぐりとした身長三メートルほどの人型のゴーレムが数体寝かしてある。
「君たちの一番得意な魔法を見せて欲しい。攻撃魔法の場合はゴーレムに当ててくれ。まずはウルベラから」
サマノリオがそう言うとゴーレムの一体が立ち上がり歩き出す。
ウルベラが前に出て杖を構えた。
「あまりやりすぎるなよ」
「はい、わかってます」
サマノリオの忠告を受けたウルベラは困ったようにほほ笑んだ。
「穿て〈氷槍〉」
ウルベラの杖から放たれた氷の槍はゴーレムの石の土手っ腹に風穴を空けた。
孤児院のゾンビに喰らった同じ魔法とは桁違いの威力だ。
やっぱりすごいみたいでほとんどのクラスメイトはゴーレムの腹に空いた風穴を凝視している。
サマノリオは自慢げに頷いた。
「彼女はアプラス聖王国における〈盾の魔女隊〉の大魔女だ。第二の教師だと思って色々聞くといい」
「いえ、そこまででは」
謙遜するウルベラに尊敬の表情のクラスメイトたちが集まる。
嬉しそうで少し困ったような表情で質問攻めに答えている。
よかった。ウルベラにもちゃんと友達ができたみたいだ。
ウルベラはチラッと僕の方を見たがフンと目をそらした。
僕みたいなやつではなく本当の同世代の女の子と仲良くなってほしい。
「後にしなさい。次はアリル」
「はい」
前に出た少女が杖を掲げる。
「炎よ、熱くたぎり光るもの。魔の導きの原初の一」
どうしたんだ? クラスメイトの少女が突然、なぞの詩を朗読し始めた。
「我が敵を燃やせ〈火球〉」
杖の先から放たれたサッカーボールほどの火の玉がゴーレムの腕に当たってかき消えた。さっきのが詠唱なのかな?
「威力は実用レベルだ。詠唱を短くできれば十分戦える」
「はい、ありがとうございます」
その後も次々とクラスメイトたちが魔法を披露していく、ウルベラほどではないがなかなかすごい魔法を使う子もいた。まあ、僕に魔法の良し悪しは分からないけど。残すは僕とヒノワだけになった。
「次はリン」
『ヒノワ頼むよ』
『うむ、我に合わせて詠唱せよ』
誰とも目を合わせずゆっくりとゴーレムの前に歩く。
突然、セルカが肩からおりた。
「みゃ!」
勢いよく鳴くとセルカの目の前からアリルさんのものより一回り小さい火の玉が飛びゴーレムの顔に当たった。
さっき覚(おぼ〉えたってことだろうか。
視界のはしでヒノワがぷうっと頬を膨らませている。
「なかなかやるじゃないか。だが、使い魔の魔力はどうしても本人に劣る。それを頭に入れた上でどう運用するか考えておきなさい。次はヒノワ」
あまり目立たずに僕の番が終わってしまった。意思疎通が出来ないからセルカが何を考えているかわからない。
よっぽどヒノワに魔法を使わせたくないのだろうか。
「〈召喚・ゴーレム〉」
ヒノワがつぶやくとドンという音とともにゴーレムがヒノワの前に着地した。床を歩いていたセルカが目を見開いている。
周囲がざわめきサマノリオがヒノワの頭に手を置いた。
「ヒノワだったか」
「うむ」
「お前は天才だ。『召喚術士』自体が少ないがこれだけの質量を詠唱なしで転移できる術者となると片手で数えられるほどだろう」
「そうなのか?」
「自覚がないのか、自分がどのくらいの位置にいるか意識した方がいい」
サマノリオは僕たち全員の顔を見渡した。
「今日はこれで解散とする。放課後も学院の施設は使ってくれてかまわない」
サマノリオはマントを翻し訓練場から立ち去った。
クラスメイトたちはいくつかの集団に分かれる。
ヒノワの元にも数人の少女が来る。
攻撃魔法以外の魔法を使ってた子たちだ。
セルカは考えこんでいるのか僕の足下でグルグル回っている。
『リン、助けてくれ』
『どうしたの』
『魔法の師や鍛錬の方法を聞かれるのだ』
まだ考えてないところだ。僕はヒノワの方に歩いた。
周囲に緊張が走る。
ヒノワの方にはおとなしそうな子が多く、いらだった表情の僕を見て小さく頭を下げながら離れていく。
せっかくヒノワに話しかけてくれたのにごめんね。この後もヒノワと仲良くしてくれるといいんだけど……
ヒノワはうつむいて視線をそらす。
僕は役目を果たすため傍らに控えるミーテさんに話しかけた。
「明日までにこれを退学させなさい」
「申し訳ありません皇女殿下。ヒノワは祓魔師としての任務でこの学院に来ています。私たちの一存では……」
僕は宿泊施設から借りっぱなしになっていた長剣を抜いてミーテさんに突きつけた。生徒たちから悲鳴が上がる。
「騎士が私に意見するな」
ミーテさんが気圧されたようにヒノワの前から動く。
前髪で顔を隠して縮こまるヒノワを冷淡な目で見る。
「立て下賤」
「……」
「私の命令が聞けないのか」
「足が悪いのだ……」
たどたどしく答えるヒノワの髪をつかもうと持ち上げた手を後ろから捕まれた。
驚きを顔に出さないよう振り返ると厳しい表情のウルベラがいた。
「リンさん、やめてください」
「なんのつもり」
「こんな小さな子がなにをしたって言うんですか」
「場違いだと言ってるの。平民が魔法を学ぶなんておかしいわ」
「彼女はエクソシスト、れっきとした聖職者です。それに魔法を学ぶのに貴族も平民もありません」
そういえば聖職者は平民じゃないな。もっと考えればよかった……
「離せ」
「きゃっ!」
手を振りほどきウルベラを突き飛ばす。
彼女の体勢が崩れた瞬間、背筋に寒気が走った。
幸いウルベラは片手をついて体勢を立て直した。
マントの内ポケットに入れておいたミーテさんの馬用の鞭を取り出し、ヒノワに向けて振りかぶる。
「身の程を知りなさい」
「〈守護の氷壁〉」
ヒノワの前に氷の壁が発生し、鞭を弾いた。
魔法! 手加減してるとはいえ鞭を見てから発生が間に合うのか。
ウルベラが突き出した手が冷気(れいき〉を纏っている。
彼女が相変わらず心配そうな目で僕を見る。まだこの子はそんな目で僕を見るのか。やめてほしい。
「その目をやめろ」
「やめるのはあなたの方よ!」
勝ち気そうな少女が声を上げた。
「さっきから言ってることめちゃくちゃじゃない! あなた最低よ。ウルベラ様に謝って」
その少女に続くように数人の少女が僕を囲む。
「ここで剣を抜くなんて、ヒノワさんよりあなたの方がよほど野蛮よ」
「サマトリオ様の言葉をちゃんと聞いてなかったの。魔法を学ぶ気がないなら制服を脱いで学校辞めれば」
「わたくしの国にもあなたみたいな見た目だけご立派なバカ貴族がたくさんいますわ。ロウナ皇帝もさぞお困りでしょうね」
「場違いなのはあなたの方みたいね」
怒りと軽蔑の眼差しが僕に向けられる。
予定とは違うけど嫌われることには成功したみたいだ。
後はこの子たちに負けずに誰かが倒さないとという雰囲気を学院中に広げる必要がある。
僕を守るように威嚇するセルカを抱き上げて肩に乗せた。大丈夫だよ。
「あなたた……」
「やめなさい」
僕の言葉をさえぎってウルベラが冷たい声を発した。
ビクッと身体を震わせた少女たちがウルベラの様子をうかがう。
固く冷え切った眼差し受けた少女たちは黙り込む。
「ごめんなさい。今はリンさんと話しているの」
少女たちは怯えたように僕の周囲から離れウルベラだけが残った。
彼女は乱れた前髪のすき間からこっそりこちらを見ていたヒノワの前に立ち塞がる。
「リンさん、あなたには杖を向けたくありません」
悲しげな最後通牒が下された。
ああ……結局こうなるのか。
僕は怒りの表情をつくり低い声を出した。
「あまり思い上がるなよ」
「そうですか……あなたに決闘を申し込みます」
ウルベラは静かに言った。クラスメイトたちは僕に厳しい表情を向け、あるいは不安そうに、もしくはは興味深そうに見ている。
当然、断れない。
僕は無言で杖を抜いた。
僕の横を通ったウルベラがか細い声でささやいた。
「お願いです。私が勝ったらリンさんが本当に考えていることを教えてください」
そうか……僕の演技が下手だったのか。




