入学式の誤算
周囲が静まるまで沈黙を保った黒衣の魔女が口を開く。
「私は『盾の魔女隊』の魔女長を務めるサマノリオというものだ。よく知らないものは軍のトップだと思ってくれていい」
再び起こったざわめきはサマノリオの鋭い視線ですぐ収まった。
「始めに言おう君たちは幸運だ。いや、君たちだけではない。私を含め全ての魔法使いが報われる時代が来た」
『早すぎる……』
僕も含めた学生たちが困惑する中、セルカは悟ったようにつぶやいた。
「今まで魔法使いは戦場で重視されてこなかった。理由が分かるものは手を挙げろ」
周囲の少女たちが手を挙げサマノリオが当てていく。
「身体が弱くて倒されやすいからです」
「詠唱中は無防備になるからかなぁ……」
「育成コストが高すぎるからではないでしょうか……?」
「殿方が弓を撃った方が実用的だからですわ」
「前衛を巻き込んで危ないからです」
「MPがすぐ切れる」
詠唱ってなんだろう。歌うの?
サマノリオは頷いた。
「ありがとう、発言した者の顔は覚えておこう。君たちの言う通り魔法使いは戦場で戦うには向いていない。実際、魔都と呼ばれるワドニカでも砦の防衛以外で特殊なスキルを持たない魔法使いの出番はなかった」
やっぱりそうなんだ……と誰かがつぶやいた。学生たちの間に落胆がただよう。
「逆に言えばそれだけ運用しづらくとも必要とされてきたのが魔法使いだ。立ち止まってしっかり詠唱し、前衛を気にせず魔法を撃てば魔法使いの一個師団はモンスターの軍勢をバターのように溶かすことができる。そして今、理想は現実のものとなった」
青いローブを着た二人の魔女が現れ、地面に杭をうつ。
そして太陽の光を反射して輝く金属の棘を巻きつけた。
僕が教えたものより改良されてるけど、間違(まちが〉いなく鉄条網だ。
サマノリオが台を下り、横からでてきた魔女に剣を受け取り鉄条網の前に立つ。
「ハァ……!!!」
裂帛の気合いとともに鋭い剣筋が描かれる。
強烈な一撃を幾重にも重なった金属の荊はなんなく受け止めた。
周囲がざわめき、剣を手放したサマノリオが手のひらから火球を放つ。
「わっ!」
鉄条網を貫通した火球は前列の生徒を驚かせてかき消えた。
間髪入れずサマノリオが指先から放った稲妻が鉄条網にまとわりつき全体からバチバチと物騒な音を立てる。
あぜんとする学生たちを眺めたサマノリオが楽しそうに目を細めた。
「これは『聖荊』と言う。魔法使いを守る砦であり、遠慮のいらない鉄の騎士だ。我々『盾の魔女隊』は『聖荊』の力で前線のモンスターを全て葬りほぼ全隊員が休暇中だ。フフッ、まったく夢のような話だ」
おかしそうにつぶやいたサマノリオが壇上に戻り、マントをひるがえして振り向いた。
鉄条網、役に立ったみたいでよかった。
「もう分かったはずだ。今、全ての国が魔法使いを欲している。魔法は高級な嫁入り道具ではない。ここに居るのは皆、未来の救世主だ。その重責に耐えられるものだけが残れ。我々(われわれ)は最高の環境を約束する。『盾の魔女隊』の若き魔女たちも学生として学び、最高位のクラスでは私が教鞭をとろう」
『ふざけるな』
喜ぶ学生たちとは逆に頭の中に暗いつぶやきが響く。
『セルカ?』
『予定が狂った。『盾の魔女隊』の魔女相手に私の魔法は通用しない』
サマノリオに変わってキーカが前に出て話し出した。
『でも、セルカはレベル八千でしょ』
『私は回復魔法と生き残るためのステータスだけ育ててきた。後は見習いプリーストレベルの聖術しか使えない』
『どうするの』
『力がないとただの変な人。作戦は中止』
『魔法なら我も使える』
ヒノワが意志を伝えてきた。
『召喚魔法のこと?』
『他の魔法だ。お前達が来る前に我を訪ねた客人に習った』
『なんて人』
『覚えておらぬ。この姿になる前は人は皆同じに見えたからな』
『じゃあダメ』
セルカがきっぱり言った。
さすがにこれだけで否定するのはよくないと思う。
『代案があるの?』
『これから考える』
『じゃあ、ヒノワの魔法でやってみようよ。ヒノワ、どんな魔法なの』
『上位魔法と言うものを一通り教わった』
『上位って強そうだしそれでいいんじゃないかな』
『うむ』
『よくない。試してないものは信じられない』
『セルカ、従竜である我を疑うのか』
ヒノワがムッとしたように言った。
『ヒノワのステータスも戦ってるところも見たことないのになにを信じればいいの』
『数値と勝ち負けしか信じられぬのか』
『今は魔法の技能の話をしてる。ヒノワの人格は関係ない』
『お前のやり方は回りくどい。なにを恐れる必要がある』
『なにがあるかわからない。安全が確保できるまでは動くべきじゃない』
『えっと、セルカ? ヒノワ?』
二人の会話が平行線をたどりそうな気配を感じて話しかけた。
『ちょっと二人で話してくる』
セルカがそう言ってしばらく頭の中に声が響かなくなった。
周囲の学生から歓声があがり自慢げな顔のキーカがパチッとウインクして台を下りた。
全然聞いてなかった……
移動を始めた学生たちについていく。
「みゃあ……」
肩の上から困ったような鳴き声。
『セルカ?』
『ふん、あやつは今日は話せぬ』
『ケンカしたの!?』
『セルカが我はなにもするなと言ったのだ』
どうしよう……
困るけど、セルカの判断は慎重すぎるとも思う。
たぶんセルカにとってロウナ帝国を救うことはあまり重要じゃない。
今からヒノワを説得してセルカと優先順位のすりあわせをするよりは一晩かけて考えた作戦に全力を注いだ方がいい気がする。
ヒノワの魔法がたいしたことなくても僕というかリン皇女といういない人間の評価が下がるだけだ。
最悪、学院を追い出されたとしてもサポートに回ればアルリス姫を捜すのに大きな問題はないはずだ。
『わかった。予定通りに動こう』
『うむ』
僕は不安を抑えるためまわりの生徒に気づかれないよう深呼吸した。




