魔法学院
仮眠から目覚めて手首を確認するとしっかりひもがついていた。プレートに刻まれた数字が輝いている。
合格できたみたいだ。
「リン、おはよう」
「うん、おはようセルカ。神様もおはようございます」
「おはよう。疲れがとれたようだね」
すやすや眠るヒノワを起こさないようにベッドを下りる。昨日は夜遅くまで作戦を考えていた。
さすがに一晩では完璧に仕上げられなかったが入学式で起こりそうなことは想定してある。
身支度を終え、昨晩集めておいた煤を取り出す。
煤と植物系モンスターの油を水に溶きセルカが買って置いてくれた筆につける。
鏡を見て目がつり上がって見えるようにアイラインを引く。器用さが高いおかげか思った通りにできた。
不機嫌そうな顔でほおづえをつくと我ながら近寄りがたい雰囲気だ。
「ミーテさん呼んでくるよ」
昨日の話し合いの最後の方にヒノワの移動を助ける人が必要なことに気づいた。
この国にはセルカの知り合いもほとんどいないそうだから引き続き彼女に頼むのが妥当だろう。
ドアをノックするとミーテさんが出てきたので簡単に説明する。
「かしこまりました」
「ミーテさんは『教会騎士団』の騎士として振る舞ってください」
ヒノワは教会の孤児だが召喚魔法の才を発現させたことで祓魔師という下級聖職になったという設定だ。
ミーテさんを連れて部屋に戻ると目が覚めたヒノワが炎で真紅の髪をあぶっていた。
「ヒノワ、おはよう」
「うむ」
ヒノワはレベルの低い元孤児に見えるよう髪に爪をたててキューティクルをはいでいる。それなりにボサボサになったところで手を止めた。
元の絹糸のような手触りを知っていると痛々しい感じがする。
「ごめんね、ヒノワ」
「ん? これか、元々我にはないものだ。それにすぐ治る」
「今日は入学式、その後にクラス分けがある。二人とも一番レベルの高いクラスで始まるはず」
朝食のためお湯で戻した干し肉を配りながらセルカが去年の卒業生から聞いておいた手順を話していく。
臭いしおいしくない、これモンスターの肉だ。学校でおいしいものが食べられるといいなぁ……
「後はきのう練習したとおり、確認は大丈夫」
僕とヒノワがうなずく。木製のイスに車輪をつけただけの車椅子にヒノワを乗せ、ミーテさんが出て行った。
僕は仕立屋によって昨日頼んでおいた『異形の魔狼』の皮のマントを受け取ってから教会に向かう。
上流階級の人達は強力なモンスターの素材でできた衣服を好むらしい。
ヴァリアントウルフ自体は顔がイソギンチャクみたいな気持ち悪いモンスターだったけど、真珠のような色合いに加工されたなめし革のマントは丈夫だし着心地もいい。
お礼を言うところを同じ学校の人に見られたら大変だから、無言で代金だけ払って店を出た。
教会の中にはすでに数十人の少女がいる。
昨日の試験官と同じかっこうの女性がこちらに来た。
「合格した方ですか」
手首のプレートを見せる。
「ここで待っていてください。制服をお持ちします」
『制服……?』
セルカが戸惑ったようにつぶやいた。
『どうしたの』
『聞いてなかったから』
教会の女性が持ってきてくれたのはブーツや魔女さんたちのものより短めのローブを含めた一式だった。
「着替えてください。周囲が気になるようでしたら懺悔室をお貸しします」
「早く案内しなさい」
横柄な態度で教会の女性の案内を受け、せまい懺悔室で一式を広げる。
ずいぶん上等な布でつくられている。縫製もしっかりしているしなにより……
「かわいい」
男の僕でも思わず口に出してしまうくらいには綺麗で可愛らしいデザインだ。
白と黒を基調にした落ち着いた色合いだが、ローブに施された銀糸の刺繍や裾広がりのスカートのおかげで修道服のような重い印象はない。
鏡があったら前でクルクル回っていたかもしれない。
少し残念に思いつつ着替えて上にマントを羽織った。
「どう?」
『この制服だけで学費より高いはず……』
服の感想が聞きたかったのだけど……
懺悔室を出るとすでにほとんどの生徒が一カ所に集まっている。
僕がそちらに歩くと生徒たちがたじろいで場所が空く、自分で不機嫌な演技をしておいて勝手なことだが傷つく。
床には円で囲まれた魔方陣のようなものが描かれている。
「転移した先が学院です。みなさまが新たな学びを得られることをお祈りしています」
教会の女性が微笑み杖を持ってつぶやくと浮遊感とともに景色が変わった。
目の前に現れたのは荘厳な城。
いくつもの尖塔が空へ伸び、白亜の壁にはこの世界では珍しいガラスつきの窓が並んでいる。
周囲全てが建物で囲まれている。
敷きつめられた芝生に噴水、ここは恐ろしいほど巨大な中庭の一画のようだ。
「みなさん、ワドニカ魔法学院へようこそ」
よく通る深みのある女性の声。周囲の生徒たちの視線も自然とそちらに向かった。
石の台の上に二人の女性がいた。
一人は赤い魔女のローブを身に着け、紫の髪に小さく平べったい帽子をちょこんとのせた少女。
もう一人は長身で黒いローブの下にオリハルコン製の鎖帷子着込みズボンをはいている。
艶やかな黒髪は長く、切れ長の黒い瞳が鋭く周囲を見渡す。
『キーカとサマノリオ!』
セルカが驚きを伝えてくる。
小柄な少女が口を開いた。
「私はこの学院の学長。キーカ・オプシオンです」
周囲の生徒たちにざわめきが走った。
小さい方がキーカなのか……かなり昔から生きてたそうだからそういう種族ってことかな。
『学長が来るのがおかしいの?』
『キーカは名目上ワドニカのほぼ全ての機関の頂点。ロウナ帝国における皇帝と同等の立場。魔法学院の入学式に出るはずない』
キーカが口を開いた。
「実はみなさんに伝えるのが間に合わなかったことがあります。今日ここに来たのはそれを伝えた上でみなさんの入学の意志が変わらないか確かめるためです」
深刻そうに話すキーカの言葉を受け、学生たちに不安そうな空気が漂う。
キーカに代わって黒衣の魔女が前に出た。




