閑話
リン皇女が帰るとエスティは気が抜けたように座りこんだ。
「エスティ、大丈夫ですか」
「ほんとにあんなお姫様って感じの人がいるのね」
エスティに手を貸すと頬を押さえてへへっと笑った。
「あーあ、もったいない、緊張して上手く話せなかったわ」
「普段から貴族の方と接してないからですよ」
「いや、田舎貴族とは別物よ。なんていうのかな触ったら壊れちゃいそうな感じ。ほんとに私たちとは別の生き物ね」
別の生き物か……確かにリン皇女とヒノワ皇女はそんな感じがする。
着替えを手伝って化粧を落とす。
「ミーテもホットワイン飲むでしょ」
「はい」
エスティがを魔法でホットワインを温めるのを待っていると伯爵領に帰ったみたいだ。
「むこうにはないスパイスを使ったわ。甘くておいしいのよ」
「ありがとうございます」
深い赤のワインから湯気が立ち上っている。口にふくむと温かなワインの酸味と一緒にほのかな甘みが感じられた。
「おいしい」
「でしょ。ミーテ、これで仕事は終わったの」
「はい、ひとまずは」
「そっか……あのさ、夕方は私ばっかり話しちゃったでしょ」
「そうですね」
エスティのワドニカでの話を聞くのはけっこう楽しかった。手のかかるお嬢様でも半年会わないと懐かしいものだ。
「だから、今度はミーテの話を聞かせてよ」
「うーん、半年ですからね……なにが聞きたいですか」
「全部」
「長いですよ」
「いいわ、どうせ明日は帰るだけよ。まあ、ミーテが護衛なら私が死ぬことはないでしょ」
エスティは強がるような笑みを浮かべた。
「大丈夫です。領地のモンスターはほとんど撃退できました」
「そうなの……? 帝国全体が大変なんじゃないの」
「それもこれからお話します」
この半年のことを話し始めた。Dランクの冒険者になるまでのこと、ジーグナイト殿を始めとした多くの冒険者と知り合ったこと、リン皇女たちとのことはセルカの指示でウソをつかないといけなかったがエスティは目を輝かせて聞いている。
ギルド長を誘拐して『神獣の峡谷』に向かった話を始めるとエスティの顔が心配そうに曇った。
「それってモンスターの羽が刺さったの……」
「刺さったというより埋め込まれたという感じですね。羽といっても強力なモンスターですからカミソリの刃のようなものです」
「うわぁ、痛そう……」
「ここからが本番です!」
三人と一緒にダンジョンを降りていく話を始めた。部下の兵や伯爵、父上なら喜んで聞いてくれるのだろうが、エスティにはそこまで面白い話ではないみたいだ。
少し落胆を覚えつつ、でも一番話したいことだったから熱心に話した。
エスティの表情はみるみる固くなりコップを握る手に力が入った。
「大丈夫ですか」
「ううん、ごめん。やっぱり、ミーテでも強いモンスター相手だとケガするんだ……」
「そうですね、正直、壁役を務めるので精一杯でした。でも、この剣のおかげでなんとか役目を果たせました」
私は剣を抜いた。
真銀製の両刃の大剣、本来なら帝都の騎士でも持つのが難しい名剣だ。
十四の誕生日に伯爵からいただいたこの剣にふさわしい戦いを初めてできた。
代わりに四年間、どれだけモンスターを斬っても傷一つつかなかった刃は欠け、剣身にもモンスターの爪と牙の跡がついている。
「これ……岩でも簡単に斬れる剣でしょ……」
「はい、未熟な私にこの剣を与えてくださった伯爵には感謝してもしきれません」
「そんな…………じゃない」
エスティのつぶやきは小さくて聞き取れなかった。
「エスティ?」
「ごめん、もう疲れちゃった。続きは明日聞かせて」
二人分のコップを持って立とうとしたエスティの手をつかんだ。
「もう一つだけ聞いてください」
「……明日じゃダメなの」
「今、どうして話したいんです」
もう少し秘密にしようかと思っていたがエスティの疲れた顔を見て気が変わった。
たぶん、魔法学院に落ちるのが憂鬱なのだろう腐れ縁の幼なじみを少しでも元気づけたかった。
「なに……?」
「実は今回のことが評価されてセス皇女の騎士に任命されたんです」
「えっ……」
「それに『教会騎士団』にも誘われて、あと冒険者としてもAランクに昇格して、あの、すごくないですか!」
思わず声が弾(はず〉んでしまった。絶対届かないと思っていた夢のような話が同時に三つも来たのだ。
正直、誰かに話たくてうずうずしていた。
「それ、どうするの……」
「伯爵やお父様と相談する時間をいただけました。すごく悩むのですがどちらに行っても名誉なことですし、伯爵領への支援もいただけます。エスティの婚約者探しにもいい影響があると思うんです」
私が大きな成果を上げればそれは伯爵たちの成果になる。自分で言うのは恥ずかしいが結果だけ見れば英雄と言ってもいいくらいの成果だ。
マーミガン伯爵の影響力は地方貴族の中では頭一つ抜けたものになり、縁談を断ってばかりだったエスティも満足できるような相手を見つけられるはずだ。
「……いつからなの」
「まだ伯爵たちには話してませんがエスティの護衛が終わったらです」
「そう」
エスティは手首のヒモを見た。顔が普段より青白くて調子が悪そうだ。
のろのろと立ち上がると這うようにベッドに向かった。
さすがに反応が薄すぎる。エスティにとっても嬉しい話だと思ったのだけど。
「だからエスティ、もし魔法学園に落ちても……」
「うるさい……頭が痛いの静かにして」
「そんな言い方はないでしょう。私は……」
「ごめん……」
エスティの声は鼻にかかって震えていた。
カーテンから透ける影でエスティが身体を丸めて手首のひもを見ているのがわかった。
半年かかったことだ。口で言うより魔法学院のことを気にしているのかもしれない。
少しモヤモヤしたけど、ロウソクの火を消して眠ることにした。




