悪役をめざして
重い沈黙を破ってエスティさんが口を開いた。
「私はもう十六になるのですが、未婚なんです」
「うん」
別に普通じゃないかな……そういえば、セス皇女が婚約者がいないのを気にしていたか、あの子は十三、四くらいだろうから十六才だとかなり遅いのだろうか。
『ロウナ貴族の女が十四まで結婚しなかったら普通は修道院に入れられる』
いまいちピンとこない僕にセルカが補足する。
「貴族が集まってる所には行きづらくて……それで領民と一緒にいることが多くなって、一応は貴族なので民よりはいろいろできますし、戦いもできなくはないので悪人を懲らしめて欲しいって頼まれることもあって……えっと、そんな感じです」
エスティさんが居心地が悪そうに言葉を切る。
「悩んでるの」
「あ、いえ、私は今の暮らしが楽しいので」
ミーテさんがせめて悩んで欲しかったとつぶやく。
うん? 結局どういうことなんだろう。
「ごめん。よく分からない。エスティさんと同じってどういうことですか」
「目的はないのだと思います。とにかく自分が良いと思うことをして、気に入らないやつは倒す。話を聞いてそういう方だと思いました」
目的がないか……記憶を失ってから会った人にはいないタイプだ。
「もしエスティさんがアルリスだったらどういう時に動きますか」
「えーと、学院だったら嫌な人とかかわいそうな子がいたら動くと思います。もちろん、アルリスくらい力があればですけど」
そんな都合よくいるかな……いたとしても教師が解決しそうだし……
いつ誰のところに来るかわからないアルリスを待つより僕自身がエサになった方がよさそうだ。
「ありがとう、エスティさん。取りあえず僕が嫌なやつになってみるよ」
「えっ、リン皇女殿下がですか……?」
「うん、ヒノワよりは僕だと思うから……でも、嫌なやつってどんなことすればいいのかな」
嫌なやつと聞いて思いつくのは魔王くらいだけど、あの人みたいなことはできない。
「えっと、ちょっと待ってください」
エスティさんは本棚の本の背表紙を見て十数冊抜き出した。緊張した顔で僕に差し出す。
「これは?」
「小説です。すごく嫌な悪役が出てくるのを選びました」
パラパラとめくるとやっぱり文字がいっぱいつまってる。
後でセルカに読んでもらおう……
「エスティは子どものころしつこく貴族アピールしたり、奴隷をばかにして伯爵に苦情が入ったことがあるので参考にしてください」
「ミーテ……? もしかして私のこと嫌いなの」
「いえ、参考になればと」
「二人ともありがとう」
エスティさんの顔に頬をくっつけてキスのまねをした。
このあいさつも慣れてきたけど初めての人はちょっと恥ずかしい。
少し固まっていたエスティさんも同じように音を立てる。
別れのあいさつを終えて部屋に戻った。
「リン、考え直して」
人型に戻ったセルカはすぐにそう言った。自分のお腹に尻尾をくっつけてる。
「なんのこと」
「リンがおとりになるなんて危ない」
「他の方法を思いつかないから仕方ないよ」
「人間の考えはよくわからないけど……こんなことで上手くいくとは思えない」
セルカの耳は不安そうに寝ている。
「意外と上手くいくかもしれないよ。まあ、試してみよう」
セルカが神様の方を見ると神様は首を横にふった。
「わかった……リンがそう言うなら」
「我も呪われるほどに恐れられた。人に恐怖を与えるなにかがあるのかもしれぬ」
「うーん、今のヒノワは可愛いけど怖くはないかな」
普段のヒノワはただの小さい女の子だ。
「私も人間に避けられてる……」
セルカの耳と尻尾がうなだれる。けっこう気にしてるんだ……
普段から肉片まみれで冒険者ギルドで目を潰したりしてたのかな……
あまり参考になりそうにない。
「セルカ、その本は」
「ちょっと待って」
セルカが本をパラパラとめくる。十数冊を何度もめくって共通点を紙に書き出し始めた。
「どう?」
「自信過剰で特権階級意識が強い貴族や王族が多い。たしかに問題を起こしやすい人たち、教会の仕事で似たような人を何人か捕まえた」
「どんなことをすればいいの」
「リンにはムリだと思う」
セルカは首を横に振る。
「どうして」
「リンは私を殴れる?」
セルカの金と青灰の瞳が僕を見つめる。
ゆっくり歩み寄って顔を差し出す。僕はおもわず一歩後ろに下がった。
「嫌なやつになろうと思ったらどんな方法でも学院の子を痛めつけないといけない」
「それは……」
「その子はきっと私ほどに暴力に慣れてない。恐怖にも、嫌われることにも」
「他の方法なら……授業をまじめに受けないとか……」
自分で言っててそのくらいではダメだとわかる。
セルカは僕の思いを見抜いたように続けた。
「私をリンの姿にして」
「それは……ダメだよ」
「私は気にしない。暴力も恐怖も嫌悪も学生たちが一人前の魔法使いになったり、貴族として軍を率いるようになれば避けられない」
セルカはただ事実を並べるように淡々(たんたん)と話す。
何の罪もない学生を痛めつけるのは最低のことだ。
でも、今も国の上層部を失ったロウナ帝国の人たちが何百、何千と飢えとモンスターに殺されている。
僕にはアルリスの考えが分からない。四千人の候補の中から探す方法もない。
「リンにはなんの責任もない。力を貸すだけでも勇気がいることだと思う」
セルカが心配そうに僕を見る。
見殺しはありえない。それは僕にとって殺人だ。
セルカ……本当なら僕より十才くらい年下の女の子。必要なら身内を傷つけ罰することもためらわない少女。
でも、喜んでしてるわけじゃない。本当はやりたくないって分かる。
どうして正しいことをするのに人を傷つけないといけないんだろう……
「ううん、僕がする。できるよ」
「証明して、ためらわないって」
セルカが真剣な目で僕を見る。
必要ないから傷つけない。セルカにそんな理屈は通用しない。
練習でできないことは本番でもできないというのが彼女の信念だから。
荒く苦しくなる息を整え、無抵抗の少女を殴るため拳を握った。
「別に学生を傷つけずともよかろう」
エスティさんの本を読んでいたヒノワが口を開いた。
「この本の嫌われものは一人しか痛めつけておらぬ」
「一人でも学生だよ」
「我を痛めつけるフリをすればよい」
「え……」
セルカがヒノワが持つ本に目を通す。
「確かにそっちの方がいいかも」
「どういうこと」
「ヒノワが皇女だとは広まってない。今から平民の娘ということにして被害者役にすれば事態を制御しやすくなる」
ヒノワが満足そうにうなづいた。
「ヒノワはそれでいいの」
「うむ、ありのままでいれば我が弱者になるなどありえぬ。我の願いに叶うことだ。なにもせず立っていればよい。この程度を演じるのはたやすい」
「ヒノワって演技とかできるの……?」
竜らしいし、普段の言動からして器用なイメージがない。
「フハハハ、我は長きにわたり地の底に幽閉されていたのだ。一人でできることは極めている。客人がおらぬ時には八つの頭で他者を演じ会話していたほどだ。リンが望むなら見せてやろう」
「あ、いい」
なぜか自慢げに話すヒノワに断った。
それなら気が楽だけど……大丈夫かな?
「明日の入学式に備えて練習しよ」
「うん」
「もっと偉そうに返事して」
「えっ、うむ」
「リン……我のことを偉そうだと思っていたのか……」
ヒノワが目を見開いて僕を見る。
「あっ、ごめん」
「謝らない。そこは開き直るか関係ない話を強引にして」
「えっ、どんな風に」
「いま考える」
「我はどうする」
「後にして、二人も読んで」
セルカが捕まえた貴族や本の中の嫌われ者を参考にしながら悪役の練習を始めた。




