入学試験
日が落ちかける中、白亜の教会に入ると長イスが並ぶ奥、本来なら神父とか牧師とか言われるような人が説教したりするだろう台にとんがり帽子の女性がいた。
門番さんとは違って全身真っ白で法衣に似たローブを着ており、きまじめそうな顔だ。
「試験を受ける方ですか」
「はい」
「ではこちらへどうぞ」
抱えていたヒノワをイスに座らせる。
教会魔女さんの方へ近づくと台の上においた紙束に書き込んでいた羽ペンを置いてこちらを見た。
「魔法を見せてください。攻撃魔法や準備がいる場合は中庭で試験を行います」
『ここでいい』
「ここで大丈夫です」
セルカの指示にしたがって手を前につきだし呪文を唱える。
「照らせ光球」
僕の手から光の球がふわりと浮かび上がる。
魔法を使ったのはセルカだがバレないだろうか……
教会魔女さんは感心したようにうなずいた。
「発生が早いですね。では手を前に出してください」
そういうと僕の手に小さな板のついた細いヒモを巻き付けた。
ヒモには結び目がなく、板には四千二百と書いてある。
エスティさんがつけてたのだ。
「これは?」
「あなたは四千二百人目の受験者です。合格していればヒモは千切れないので明日の十二時までにここに来てください」
そう言うと教会魔女さんは台に戻って羽ペンで紙に書き込んだ。
「次は我だ」
長イスの上に足を伸ばすヒノワを見て教会魔女さんが歩みよった。
「魔法を見せてください。攻撃魔法や準備がいる場合は中庭で試験を行います」
「リン、あそこに行ってくれ」
「うん」
ヒノワが部屋の角を指さす。僕が歩き終えるとヒノワが呪文を唱えた。
「〈召喚・リン〉」
浮遊感とともに視界が真っ白になる。
視界が切り替わるとヒノワが目の前にいた。
「召喚魔法……! 初めて見ました」
驚いたようにつぶやいた教会魔女さんがヒノワの手にもヒモを結んだ。
紙に書き込もうとしたペン先が小さな音をたてて折れる。
一瞬固まった教会魔女さんはペンナイフで羽ペンの先を整えて書き込み僕たちの方を見た。
「試験は終わりましたよ」
「えっ、もう終わりですか」
「はい」
教会魔女さんが紙束をしまって帰り支度をしはじめたので僕たちも宿に帰ることにした。
『セルカ、なんかすぐ終わったけど』
『これでいいはず。前回の試験を担当した魔法使いに聞いておいた。まず、魔法を見て一定以上のレベルなら他の試験なしで合格』
宿の部屋に帰ってセルカの姿を元に戻すと青い髪をほのかに光らせた浮世離れした少女が姿を現した。
「神様、アルリスいた?」
「残念だけどいなかったよ。ぼくが聞いた名前や外見がかぶる子は何十人かいたけど、おそらくよくいる名前なんだろうね」
「試験の様子は?」
試験の様子について神様が話し終えるとセルカが首を横に振った。
「わからない」
「特定はできそうにないかい」
「神様の話通りならアルリスには学院に合格する実力がある。キーカに入学すると言ってるから合格はしてるはず」
「そのキーカにもっと詳しく聞けないのかい」
「キーカは知り合いじゃない。あいさつの手紙が来たってだけ」
アルリス姫が僕と同じように姿や種族を変えられる場合、どうやって探せばいいんだろう。
それに彼女の行動の理由がわからない。人助けのために旅をしていたならモンスターを倒して死ぬ人を減らす方が手っ取り早いし、不正をしていた領主なんかに関してもそれが個人の問題なのか制度や領民の問題もあるのかを明らかにせずに罰するだけで解決するとは思えない。
むしろ、モンスターという敵が存在する以上、支配者が不在になることでおこる軍の混乱や犯罪の増加によるリスクの方が高いはずだ。
「うーん」
「……」
セルカと神様も考え込んでいる。ヒノワは僕の膝に頭を置いて寝転び最初から考えるつもりがない。
「ヒノワはどう思う?」
「ちょっと高すぎる。崩してくれ」
ヒノワが正座した僕の脚にポンポンと触れる。
ヒノワのわきの下をつかんで座らせる。
「むっ、なにをする」
「なんでもいいから一緒に考えてよ」
ヒノワがふわぁと可愛らしいあくびをする。
「世界を異にするものや人ならぬものが考えたところで分かるまい」
「そうなのかな……」
セルカと神様も考え込むのをやめた。
仮の結論すら出さずに人に聞くのは気が引けるけど考えてる時間がもったいないか……
「とりあえず、ミーテさんたちに聞いてこようか」
「うん」
「そうだね、ぼくたちには難しそうだ」
セルカを使い魔に変え、神様が姿を消す。
二人の部屋のドアをノックするとミーテさんが出てきた。
「ミーテさんたちに相談したいことがあります。少し時間をもらっていいですか」
「もちろんです。エスティにも最低限のことは伝えておきました」
部屋の中でバタバタと音がする。少し待ってから入ることにした。
「リン皇女殿下、ヒノワ皇女殿下、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「ううん、急に来てごめんね。楽にしてよ」
固い表情のエスティさんに部屋に一つしかないイスを勧められた。
ヒノワを座らせて二人と向き合う。
「リン皇女殿下、相談とはいったいどのようなことですか」
「うん、実はね――――」
アルリス姫が見つからないこと、行動の理由がわからないことや僕たちの考えをセルカに補足されながら話した。
ミーテさんとエスティさんは困惑したような顔になった。
「――――と言うことで二人の意見を聞かせて欲しいんだ」
エスティさんがミーテさんに強い目線を送る。ミーテさんの眉間にしわがよりしばらく見つめあう。
両者の目線がぶつかり、諦めたように離れる。この二人も竜使いみたいなスキルを持ってるのだろうか?
ミーテさんが口を開いた。
「恐れながら考えすぎかと」
「どういうこと?」
「アルリスはおそらく十数才の少女です。リン皇女殿下のように抜きん出て聡明な方もいらっしゃいますが一般的にはそこまで考えないかと……」
「えっ……じゃあどうしてだと思う?」
「悪いやつを懲らしめ困っている人を助けるのに理由はいりません」
ミーテさんがはっきり断言した。
『人を助けたいなら魔法学院に入る理由がない。アルリスの実力なら『教会騎士団』や魔法学院の上位組織の『盾の魔女隊』にも入隊できる。学院より高度な教育を受けられるし、年によるけどそっちの方が影響力がある人と知り合える』
セルカの言うとおり実戦で通用する力を備えた子がわざわざ学校で学びなおすのもおかしな話だ。
必ずなにか理由があるはず……そういえばヒノワも学院に行きたがっていたか。
『ヒノワはどうして学院に行きたいの』
『我は人の弱さが知りたい。学院には未熟でなに不自由なく育った人の子が数多集まるのであろう』
ヒノワの期待が伝わる。
アルリス姫もヒノワと似た呪いを? 一応頭の片隅には置いておこう。
「実戦で通用する力があるのに学院に来るのはどうしてだと思う」
「エスティみたいな人なのでは」
「ちょっ……ミーテなに言ってんのよ!!!」
エスティさんがあわてたようにミーテさんの名前を呼ぶ。
ミーテさんはまずかったかな……といった顔で口に手をあてる。
「聞かせてください」
「あの、えっと……」
「ロウナ帝国のためにお願いします」
ミーテさんとエスティさんの顔を見つめるとエスティさんが少し泣きそうな顔でうなずいた。
「ミーテ、皇女殿下に教えてさしあげて」
「エスティ……すいません」
申し訳なさそうに言ったミーテさんが口を開く。
「エスティは伯爵令嬢ですがあまり他の貴族とつきあいがありません。むしろ農民や職人の子どもたちとよく一緒にいます」
「庶民派ということですか」
「よく言えばそうですが、伯爵に買ってもらった都会の品を自慢したりちょっと習った程度の魔法や剣術で素行の悪い村人を痛めつけたりといったことばかりに熱心で……いざ領が危ないとなると急に学院に行きたいと言い出すありさま……」
ミーテさんの口調が日頃の不満を吐き出すようなものに変わる。
顔を真っ赤にしたエスティさんがミーテさんの口を押さえた。
「そこまで言わなくたっていいでしょ! 違います。リン皇女殿下、ミーテが言うほどひどいことはしてません」
「僕もミーテさんは優しい人だなって思うよ。でも他に手がかりがないんだ。教えてくれないかな?」
ひと回り背の高い少女を見上げる。
エスティさんは顔を曇らせたがミーテさんにうながされて話し出した。