伯爵令嬢エスティ
ワドニカの街に入った僕たちはまずマーミガン伯爵の娘のエスティさんが泊まっている宿を目指した。
入学した後は寮暮らしらしいのでいったんそこに泊まる。
「入学試験は今日の終わりまでです。先にお召し物を変えましょう」
「うん、そうした方がよさそうだね……」
ワドニカは身なりがいい人が多く、そこそこ人通りがあるのだが僕たちは明らかに避けられている。
「試験はどこでするの?」
『教会で読み書きと魔法の試験。私がする』
「うむ」
ひどいカンニングだな。僕には魔力がないからそうするしかないけど……僕の代わりに落ちる人がいたら申し訳ない。
『心配しなくても合格の基準は決まってる。それを越えれば全員合格』
「あれ、どうして分かったの?」
『リンは心配するかと思った』
考えを読まれるのはちょっと恥ずかしいな……
ミーテさんの案内でチェニックや下着などの衣服をそろえ、前のものと同じ黒いローブは売ってなかったのでフードつきの毛皮のマントと念のために顔を隠すヴェールを人数分買った。
入国に金貨二千枚必要なだけあって服の種類も色もたくさんあったけど、皇族が着るような高価な服はオーダーメイドでしか買えないらしい。
白い石でできた可愛らしい建物の中でひときわ大きいものが宿だった。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはつるんとした大理石の身体、人だと顔にあたるドーム状の盛り上がりに緑の宝石が二つ埋め込まれた物体。
「ゴーレムです。ワドニカは魔法使いの街なので人の代わりにこのような魔法生物が働いていることもあります」
「へえ、すごい! じゃあ、四部屋……」
『私と神様はベッドを使わない。二日しか泊まらないから一部屋でいい』
「我は一緒がいい」
「そうだね……一部屋お願いします」
ミーテさんに教わってゴーレムの宝石にマジカルストーンをかざすと奥への扉が開いて案内された。
ヒノワがゴーレムをペタペタ触ると僕の代わりに抱き上げてくれた。
ミーテさんはエスティさんの部屋で身体を清めてくるらしい。
残念ながらお風呂はないそうなので濡れタオルを持ってきてもらった。
窓と扉の鍵を閉めて鏡を見ていたセルカを元の姿に戻す。
「あの生き物はリンの世界にもいるの」
「うーん、セルカとまったく同じのは知らない気がする。似たのはいたよ」
使い魔になったセルカはどの愛玩用の猫とも違う。
雰囲気で言うなら山猫と言われる野生の猫をさらに尖らせた感じだ。
一応、僕は男なので部屋の隅でこっそり身体をふいて着替えた。
昨日までくっついて寝てたのにちゃんとした場所だと意識してしまう。
三人ともきれいだから気をつけないとな……嫌われたらショックで死んでしまうかもしれない。
「もう行く?」
「ちょっと確認してきていい」
「うん、いいけど。確認って」
「マーミガン伯爵の娘も受けるって言ってたから」
「あっ、そうか」
一日で受かるようにできるのだろうか?
セルカを使い魔の姿にしてヒノワを抱えてエスティさんの部屋に歩いた。
ドアをノックするとミーテさんが出てきた。
「エスティさんはいますか」
「いえ、もう行ってしまったのかもしれません」
『少し待とう』
「あっ、セルカ!」
さすがに女の子の部屋に勝手にあがるのは悪いと思ったけど、セルカが入ってしまった。
「大丈夫です。部屋のものも好きに使っていただいてかまいません」
『リン、早く来て。二年前と変わってないか確認しとく』
「……失礼します」
なんか女の子の部屋の匂いがする。僕の部屋も似たような匂いだけど……
やめよう、ほんとに気持ち悪いから。
内装は僕らの部屋とほとんど同じだけど本やぬい物のための道具、それなりの数の衣類があり、ベッドに天蓋がついてたりする。
セルカが一冊の本に飛びついて床に落とした。
あわてて窓とドアを閉めてセルカを元の姿に戻した。
今度は数冊引き抜いてペラペラめくっている。あれで読めるのだろうか。
「我も見たい」
ヒノワをセルカの横に置くとゆっくり読み始めた。
この世界の本は高価な羊皮紙だからか小さな文字がつまってて読みづらい。
ペラペラめくっても内容が頭に入らないし眠くなってきた。
いや、でも今寝たら……………………
ガチャッと鍵の音がした。
「ちょっと! ミーテっ……! この子誰よ!!!」
甲高い声が鳴り響いた。
視界をさえぎる白いひらひらのすき間から声の方向をうかがうと赤っぽい茶髪、赤毛っていうのだろうか、を二つに編んだ少女だった。
今の僕やセルカより少し年上に見え、手首にはヒモに小さな板がついただけのシンプルなアクセサリーをつけている。
少しつり目ぎみの青い瞳が見つめる先にはまだ本を読んでいるヒノワがいた。
セルカは隠れたみたいだ。
「エスティ、静かにしなさい」
「はあ! こいつ誰よ! なに勝手に私の部屋に上げてるのよ!」
「静かに……説明するから外に出ましょう」
ミーテさんがおさえた声を出す。
どうしよう……緊張で身体を固くすると沈みこむ感触。
あっ……ベッドの上だ……
僕、捕まるのか……頭が真っ白になる。
「静かにって! あっ、ベッドにもいるじゃない! もうほんとになんなのよ……」
終わった。
考えなきゃ……どうしよう、どうしよう、どうしよう。
天蓋からたれるレースのカーテンが開かれた。
「えっ……」
少女の声を聞いて諦めて目を開く。とりあえず謝ろう。
声が上ずって不審者っぽくならないように……
「ごめんなさい」
「あっ、いや、あの……」
すごい速度のげんこつが少女に振り下ろされる。
「痛い!」
うずくまった少女を無視してミーテさんがこちらに来る。
「リン皇女殿下、お休み中のところ申し訳ありません」
「僕はかまわないのけど……その子は大丈夫?」
「ご心配なく彼女がマーミガン伯爵の娘のエスティです。エスティ、リン皇女殿下にごあいさつを」
うずくまっていた少女がちょっと赤くなった目をさまよわせてミーテさんを見た。
次に緊張してるのか血の気のひいた顔で僕を見た。
「こ、皇女殿下に置かれましてはご、ごきげんうるわしゅー!」
声が裏返り恥ずかしそうに顔を赤くしたエスティさんが顔をふせる。
うるわしゅうって言われても……寝起きだからうるわしくないけど、まあ否定するのも失礼か。
「はい、ごきげんうるわしいです」
『リン、違う』
セルカの声、エスティさんが困惑したように僕を見る。
えぇ……これボロが出るな貴族じゃないし……笑ってごまかせるかな……
「ははっ、なんてね。実は皇女なんていっても最近なったばかりなんだ」
「は、はい、お気づかいありがとうございます」
「僕の妹も紹介するよ。ヒノワ」
本に顔を埋めていたヒノワがこちらを見る。
真っ青な顔になったエスティさんが視線でミーテさんに助けを求めた。
ミーテさんに厳しい目で見られ、罪人のような重い足取りでヒノワの方に歩く、そういえばさっきこいつ呼ばわりしていた。
「ヒノワ皇女殿下、先ほどは大変な無礼を……」
「かまわぬ」
さして興味なさそうに本に視線を戻した。それでいいのか皇族……
『リン、ヒノワ、そろそろ行かないと』
『もうそんな時間? 起こしてよ』
『リンが気持ちよさそうに寝てたから……』
どうして平気で目をえぐるのに起こすのはためらうんだ。悪いのは大事な時に寝てしまう僕だけど。
セルカを使い魔に戻すためにミーテさんに視線を送る。
「エスティ、事情を説明するので少し外に」
「う、うん! そうよね!」
エスティさんは助かったという感じで部屋の外に出て行った。
ベッドの下に隠れていたセルカが出てきた。
「どうして僕、エスティさんのベッドで寝てたの」
「ミーテがリンを床で眠らせるわけにはいかないって」
ちょっと格好を考えた方がよさそうだな……僕もヒノワも皇女に見えるような服を着ないとまたトラブルになるかもしれない。
「教会には顔を隠していこうか……」
「そんなに気にしなくてもいいと思う」
セルカは首をかしげたけど、僕とヒノワは顔をマントのフードとヴェールで隠して不審者のような格好で教会に向かった。




