旅立ち
偉い人達の会話が終わり、セルカが僕たちの方に戻ってきた。
セス皇女が正式に教会とギルドに支援をお願いして、国民の救済を始めることになったらしい。
セス皇女たちはまだ細かい条件について話し合っている。
セルカが戻ってきた疲れたのか耳と尻尾がしょんぼりしている。
「セルカ、お疲れ様」
「プーリンたちを集めるエサみたいに使ってごめん」
「ははっ、ホントにモンスターを集めるエサにされることを思えばお安いご用だよ」
「えっ……そっちの方が嫌だった?」
「えっ……」
びみょうに噛み合わない会話をしているとヒノワが不機嫌そうに口を開いた。
「ちゃんと学院に行けるのか」
「うん、共和国をへたに刺激したくないから学院でアルリスを見つける」
「予定表を遅らせてたのは?」
「プーリンの教会への疑念を晴らす必要があった。エルマ大司教も元ギルド長もいい人だから一緒に冒険したらわかると思って……ギルド長、辞めさせたけど」
少し声が小さくなる。気にしているらしい。
「……やっぱり、ロウナ帝国の体質が変わらないとダメだと思って」
「ロウナ帝国ってどんな国なの?」
「世界一の大国、でも人も土地も増えすぎて管理できてない。皇族と貴族たちの信頼が揺らいでバラバラになりかけてる。だからプーリンも現状を隠そうとした」
「内側が安定してないからゴウ=ソロフォ共和国と対立したくないってことかな」
「それもあるけどロウナ帝国は共和国を自国の一部だと思ってる。教会としても人同士で戦ってほしくはない」
「そういえばセルカは枢機卿なんだよね」
セルカがばつが悪そうにうなずいた。
「黙っててごめん」
「いいよ、たぶん枢機卿って言われてもピンとこなかったから」
「うむ、今でもわからぬ」
「教皇……教会の一番えらい人の手助けをする。私は他の聖職者とは目線が違うからって選ばれた」
「そうなんだ、できる人って感じでかっこよかったよ」
セルカが少し迷ってから口を開いた。
「リンを縛る契約はなくなった。ロウナ帝国も死者数は抑えられると思う。それでも魔法学院に来てくれる?」
セルカに頼まれるってことは少しは戦力として認めてもらえたんだろうか。力になれるなら協力したい。
「うん、いいよ」
偉い人達の話し合いが終わったのか大司教さんがこっちに来た。
「お話中に失礼します」
「エルマ大司教どうしました」
セルカがしっかりした口調になる。皇女としての話し方もセルカが教えてくれたのだからしっかりした言葉使いもできて当然なのだが、別の人みたいだ。
「気をつかわせていたようですね。楽にしていただいてかまいません」
「うん」
「あなたの従竜のことについて謝らせてください」
従竜ってヒノワじゃないよな。確かラーステールとトゥルールーツだったかな。
「別にいいよ。あなたから見たらただのモンスターでしょ」
「あなたにとって保護者のような存在だと聞きました。それを知らず私は無神経なことを言いました」
「人殺しも人喰いも本当のことだよ」
「そうですね。でも、人々のために戦ったのも事実です。ですから、きちんと弔ってあげませんか」
セルカが大司教さんの目を見た。
「いいの」
「表向きにはできませんし、今すぐとはいきませんが、お別れは必要でしょう」
「ありがとう、二人は私よりずっと教会の教えを覚えてたから喜ぶと思う」
「では地上に戻りましょう」
渓谷を登って僕たちはそのままワドニカに直行することになった。
ダンジョンを出たところで大司教さんや新しいギルド長のワイズさんと話していたセスが僕たちの方に来た。思ったより晴れやかな顔だ。
「リン様、迷惑をかけてごめんなさい」
「ううん、気にしなくていいよ。セルカは厳しいことを言ったけど、僕は若いのによくがんばってるって思う。力になれることならなんでも言ってよ」
セスは働きすぎだと思う。僕も過労で死んだらしいから心配だ。
「ふふっ、大丈夫です。友達……というには年上過ぎますが新しい人脈もできました。それに元ギルド長が宮廷魔道士として働いてくれるそうです」
さっきセルカにクビにされてた元ギルド長が前に出てきた。
「リン皇女もこれからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ホーリッジさん? 立ち直りが早いですね」
「よく考えればギルド長をしているより国の危機を救って本物の貴族になる方がいいと気づきましてな」
カールしたヒゲをなでながら笑う。楽天的な人だ。
まあ、ギルド長をしていた人だから実力に自信があるのだろう。
肩に止まってるカラスみたいな鳥も片翼を器用に使って礼をする。
「その肩の鳥はモンスターですか」
「これは使い魔。魔法使いなら職業に関係なく使役できる生き物です」
なるほど、セルカに化けてもらうならモンスターよりこっちの方がいいかもしれない。
僕が使い魔を見ている横でセスはセルカと向き合っていた。
「セルカ、修道院に入るのは止めるわ」
「うん」
「どんな手を使ってもロウナ帝国を一つにする」
「うん」
「本当に困った時は貴族と皇族が力を合わせて民を守る。そんな国にするわ」
「うん」
「あなた……反応薄くない?」
「基本的にダンジョンか前線でしか暮らさないから……」
セルカが耳をふせて困ったように言うとセス皇女の金色の瞳がきらめいた。
「それよ!」
「どれ?」
「よく考えたら有力な貴族はみんな前線にいるわ! いい国をつくる前に前線で快適に過ごせるようにしないといけなかったのよ!」
そうか、この世界だと相手は人間ではなくモンスターだからずっと戦いが続くのか。
「ありがとうセルカ、少しずつでも貴族たちとの溝を埋めていくわ」
「『聖荊』を早く戦場に配備して皇族の発明だとアピールするのは?」
「うん、私もそれを考えた。荷物あらしや夜襲を防ぐだけでもかなり過ごしやすくなるはず!」
セルカたちが真剣な顔で話し合いだした。
横を見ると大司教さんがミーテさんに話かけ、彼女は考え込む。その様子を見たセスが間に割り込み、身振り手振りを使って熱心に話しかける。
スカウトみたいだ。
腕の中でヒノワがうつらうつらし出した。僕たちもお世話になった人にあいさつをしとこう。
僕たちを護衛するように少し離れている三人の方に歩く。
「ルーフィアさん、これまでお世話になりました」
「はい、施設には何人も泊まりましたがリンさまほど手のかかる方はいませんでした」
「ええっと、もしかしてそれで辞めたんですか」
「いえ、元々冒険者に復帰する予定でした。お気をつけて、お体を大切にしていってらっしゃいませ」
「はい、ルーフィアさんと仲間の方達もお元気で」
ルーフィアさんがうっすらほほ笑んだ。ヒノワの身体を軽くゆすると目を開けた。
「世話になった」
「はい、ヒノワさまもいってらっしゃいませ」
「うむ」
「そろそろ出発しないと試験に間に合わないないじゃないかい」
突然、見当たらなかった神様の声がした。
「神様、どこにいるんですか?」
「ちょっと姿を消しているだけさ」
神様というだけあってそういうこともできるのか。
セルカも神様の声が聞こえたのか周囲を見回している。
その様子に気づいたセス皇女がほっぺたにキスをして別れのあいさつをした。
そちらに行くと今度は僕の方を向く。
「リン様、さようなら」
「さよなら、婚約者だからまた会うこともあるよ」
「いえ、婚約はなしです。私は皇帝を目指します。一般人と結婚することはできません」
「そっか、うんセス皇女ならきっといい国をつくれるよ」
他の人には見えないよう、ミーテさんがしたみたいにひざまずいて手に口づけした。
やっぱり僕に皇族は似合わない。これくらいがいい。
「じゃあね、今度は普通の友達として会おう」
「はい、お元気で」
僕がセルカの方に向かうとそれに気づいたミーテさんが口笛を吹く。黒い馬に似た生き物が木陰から現れた。
「リン皇女、ヒノワ皇女、セルカ枢機卿、乗ってください。ワドニカまで案内します」
僕たちはミーテさんの馬に乗ってワドニカの魔法学院に向けて旅立った。




