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薄暗い城

ヒノワを移動型の金庫に乗せ、セルカはルーフィアさんに出してもらったフード付きのローブで顔を隠し、準備できた。

 ルーフィアさんが僕の顔を眺める。


「ヨシトさんも顔を隠した方がいいかもしれません」

「えっ……なんで」

「王都で襲われることはないでしょうが男性からのお誘いはあるかもしれません」


 美しいエルフが心配そうに言う。


「でも、僕の見た目はまだ子どもですよ」

「この国は地球の先進国とは違うからね。今の君くらいの年で子どもがいる子もいたよ」

「そ、そうなんですか……」


 神様に言われて衝撃を受ける。僕も男らしいし、口説かれたくない。

 ルーフィアさんから既婚者の女性用だという頭巾をもらって被った。


「ヒノワと神様は大丈夫?」

「ヒノワさんの年なら大丈夫です」

「ぼくは言わない限り普通の人には見えないよ。ただ、この世界に干渉することもできないから君を守ることもできないんだ」


 神様が言い聞かせるように言った。


「ヨシト、これ」


 セルカがさやに入った短刀を渡してきた。


「空を飛ぶモンスターは帝都の中にも入ってくる。もしさらわれたらそれで刺して」


 刀身を引き出すと氷の鏡のような冷たい銀色に緊張した僕の顔が映る。

 胸騒ぎを抑えて上着にしまった。


「わかった」


 ルーフィアさんと別れて城に向かった。

 帝都の街並みはむき出しの地面に石造りの四角く飾り気のない建物がまばらに並ぶ簡素なものだった。


「帝都って結構田舎なんだね」

「えっ……」


 セルカが絶句した。


「あれ、違った」

「帝都は人口一万を超える大都市」


 セルカが少しムッとしたように言った。

 僕の基準だと人口一万は大都市ではなく過疎った市だけどこの世界では違うようだ。まあ、そんなこと言ったらセルカが怒るから言わないけど。


「……ええっと、すごいね?」

「ほんとにすごいんだよ……ヨシトの国はどうだったの」

「僕は……どこに住んでたか覚えてないなぁ」

みやこは?」


 セルカが重ねて聞いてくる。どうも帝都を田舎扱いされたのを引きずっているようだ。

人口なんて少ない方が住みやすいと思うけどな。

 

「まあ、王都も十分都会だよ」

「神様! 教えてください」

「だいたい一千万人だね」

「いっ……せんまん……」

 

 ローブの奥で光る金と青灰の瞳が驚愕に見開かれ僕を見る。

 そのまま当てはめると首都の人口は百億人と言われるようなものか、それは驚くな。


「本当……ですか」

「まあ一応、だからどうってこともないけどね。あと、なんで敬語」

「……帝都は田舎でした」

  

 セルカは肩を落とした。

 城に着くまで誰にも会わなかった。


「お城、すごいね」


 皇女が住むというロウナ城は巨大な砦のようだった。無骨で機能的な外観ながらも城としての威厳も感じさせる建物だ。分厚い城門は固く閉ざされている。


「モンスターが押し寄せた時の最後の守りだから」

「見張りはおらぬ、押し入るぞ」

「でも、門が閉まってるよ」


 当然の質問をするとヒノワがセルカを見る。


「壊すか?」

「大事にしたくない、投げて」


 ヒノワはセルカの胴をつかむと上に放り投げた。

 砲弾のように宙を舞ったセルカは僕の背丈の十倍以上ある門の上を通り過ぎた。


「えっ、ええ……うそだ」


 力持ちとか言う次元ではない。ヒノワは神様も放り投げると逆立ちした。


「座って椅子につかまれ」

「えっ、うん」


 驚きから立ち直れないまま移動型の金庫に腰かける。

 ヒノワは左手で僕の乗った金庫を持ち上げると右手を曲げる。

 椅子が斜めになり、必死に捕まる。

 ヒノワの手が地面を押しだし、空を飛んだ。


「えっ、えっ、なんで……」


 分厚い門の上を飛び越す。あっ、落ちる!!!

 ヒノワは右手一本で地面をとらえ、勢いを殺した。

 僕を乗せた金庫がゆっくり下ろされ、腰が抜けて椅子から転がった。


「し、死ぬかと思った……」

「そうか」

  

 ヒノワは金庫の上に戻り、手についた土を払っている。

 この金庫、数百キロはあるはずなのに童女にしか見えないヒノワは軽々と持ち上げた。

 セルカが見た目よりステータス画面の方が信用できると言っていたのはこういうことか。


「照らせ〈光球ホーリーライト〉」


 セルカが魔法を使う。小さなのぞき窓しかない城内は薄暗く、埃をかぶった調度品や装飾と相まって廃洋館のような寂れた雰囲気を漂わせている。


「寂しい所だね」

「……本当に変わった」


 フードを外したセルカが先導する。

 思ったより質素な皇女の部屋も見事な玉座が置かれた絢爛豪華な玉座の間も無人だった。

 皇帝の執務室だという部屋を開けると威厳に満ちたたくましい男が神経質な表情で書類にサインしていた。


「セルカ様、姫様にご用ですか」


 よく通る深みのある声、しかし丁寧な物腰は女性のような柔らかさがある。


「メイサ、プーリンはどこ」

「今は地下牢です」

「わかった」


 セルカがすぐにきびすを返す。


「セルカ、あの人は?」

「プーリンのメイドのメイサ」

「メイド!?」

「皇帝がいないと困るから、プーリンに頼まれたヨシトが姿を変えた」


 僕のスキル少し怖いな……あの人はそれでいいんだろうか。

 セルカについて歩く、陰険な顔の男に会釈し隔離された一角に入るとたくさんの人がいた。

 人のよさそうな大柄に男が皿に残った肉の骨を腹の足しにしようと食いついている。

 上品な、でも埃を被った服に身を包んだ老婆は血走った目で抱え込んだ金貨を何度も数えている。

 下着だけを身に着けた気品ある青年は幸せそうに眠り、立派な髭を生やした二人の老人がボードゲームに興じている。

 片眼鏡をつけた細身の男は熱心に本を読み、大量の宝石を身に着けた女性が気取った歩きで自分をアピールする。

 

「みんな仕事をしなくなったの」

「うん、好き勝手してる」


 僕たちには無関心な人々の横を通り抜けるとウォォォォォォと獣のような咆吼となにかを叩くような音が聞こえる。


「……なにこれ」

「騎士団の副団長が暴れてる。戦いたいみたい」


 少し進んだ先、重厚な鉄の扉を通り過ぎると微かにつやのあるあえぎ声が聞こえてきた。


「この先に皇帝たちがいる」

「これって……」

「一日中盛っておるそうだ」


 ヒノワの言葉を聞いてためらいで足が止まる。

 セルカとヒノワが僕を振り返る。

 覚悟を決めるまでもなく、セルカと同じか少し幼いくらいの少女が姿を現した。

 頂点付近だけ茶色のふわふわした金髪、茶色の眉に金の瞳、深い疲労を浮かべた顔は気品がある。カスタードクリームのような色のドレスを着た少女の足どりは重い。


「……場所を変えてもいいですか」


 前置きもなく放たれた言葉に僕はうなずいた。

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