四人の責任者
あの獣の巨人が去った後、私たちはのろのろと立ち上がった。
「どうして最下層のモンスターがここに……」
「これってもしかしてセルカたちが近いんじゃない」
セス皇女の顔が少しだけ明るくなった。
「セルカたちがレベル上げをしてるから最下層のモンスターが逃げてきたのよ」
「うーむ、ありえない話ではないか」
セルカはあんな化物に勝てるのだろうか。いや、二人の反応からして勝てるのだろう。
「見つからないように進みましょう」
私たちは体勢を低くしてゆっくりした歩きで進み始めた。見つかったら終わり、見つかったら死ぬ。
でも、最下層のモンスターはほとんど巨体らしい。見つかる可能性もわざわざ小さな人間を食べようとする可能性も今までよりは低い。
ジリジリと心を焦がすような前進の最中、ついに人影が現れた。
「あら、ほんまに来はったね」
黒い修道服を着た女性。華奢な体格でありながら巨大な金棒を引きずっている。
三つ目の目に三本の指、鬼だ。
「誰か死んだん」
血がこびりついた長い爪に舌を這わせながらこちらに歩いてくる。
私たちが警戒して武器を構えると血化粧を施した唇が冷えた笑みを浮かべた。
「ん……パキナ院長ですか」
「あら」
大司教様が目を覚ました。
「どうしてここに」
「ここの管理者を任されたんよ。いやぁ、困るわ」
「それは災難でしたね、セルカ枢機卿の所まで案内を頼めますか」
「ついてき」
パキナ院長が歩き出した。
鬼はセルカと縁深い種族だ。
わざわざ鬼を案内役にするということはセルカは自分がしたことを隠す気がないのだろう。
セス皇女と一緒にパキナ院長の後を追う。
すぐに全身血まみれの三人の少女たちが見つかった。
「あれ、セスとミーテさん?」
その美しい響きを聞いた瞬間、背筋が伸び身体の痛みが吹き飛んだ。
今すぐお返事をしたいところだが、セス皇女たちに先んじるわけにはいかない。
「リンさま、ヒノワ、そろそろ学院に向かわないと間に合いませんよ」
「あっ、忘れてた。わざわざ遠いところまでありがとう」
「ん? まだ少し余裕があったはずだがな」
幼い少女が不思議そうに言った。この方がヒノワ皇女なのだろう。
血まみれで分かりづらいが堂々(どうどう)とした様子は皇族の威厳を感じさせる。
「ごめん。危ないかもしれないからいかない方がいいと思って遅らせてた」
耳をぱたりと倒して落ち込んだようにセルカが言った。
リン皇女がそっと彼女の頭をなでた。
「僕のことを心配してくれるのは嬉しいけど、他の人に迷惑をかけないようにね」
「うん、今度から気をつける。ごめんなさい」
「本当にごめんなさい。僕が心配をかけすぎたせいです」
リン皇女とセルカが姿勢を正して頭を下げた。
「リン様! お顔を上げてください。元はと言えばわらわの強引な頼みが原因です」
「セルカには十分ギルドに貢献してもらってるからな……まあ、次から気をつけてくれ」
「セルカ枢機卿、このようなことをした理由をお聞かせ願えますか」
大司教様が追求した。
リン皇女が少し驚いたようにセルカを見る。
セルカは目を細めて大司教様を見た。
「エルマ大司教、体調が悪そうですね。先に治療を済ませましょう」
「えっ、セルカ?」
「えっと……枢機卿を副業でしてる」
「それ副業っていうのかな。ていねいな言葉使いも新鮮だね」
「リン、今は仕事中だから……」
「あっ、ごめん」
セルカとリン皇女が小さな声で話し合っている。思ったより仲がよさそうだ。
少しうらやましい。
大司教様の治療とリン皇女たちの身体の血を水魔法で洗い流し、私たちは再び向き合った。
「エルマ大司教が私の役職をばらしてしまったので枢機卿として話しましょう」
落ち着いた雰囲気になったセルカがこちらを見る。頭のおかしい冒険者だと思っていたが、まともな格好と話し方だと金と青灰の瞳は神秘的で白い髪と感情の薄い整った顔立ちは無欲で清廉な聖女像そのままだ。
「リンたちにも紹介します。彼はエルマ大司教、ロウナ帝国における教皇聖下の代理人です。そしてこちらはギルド長、冒険者たちのまとめ役です」
リン皇女の瞳がかすかに揺れる。知らなかったのかもしれない。
一通り社交辞令が済むとセルカの瞳がスッと細まった。
「エルマ大司教の質問に答える前に、ミーテさん、私とここに来た三人の共通点がわかりますか」
セルカの目線の先にはセス皇女、ギルド長、大司教様の三人がいる。
セス皇女は安心した表情、ギルド長は少し戸惑った顔、大司教様は病気が治ったはずなのに前より具合が悪そうだ。
わからない……どうして騎士に頭を使わせるんだ。
「え、偉い人です」
「そうです。偉い人、さらに言えば本来ロウナ帝国の異変に対処すべき人間です」
セルカ、いやセルカ枢機卿の言葉で三人とも固まってしまった。
「セス皇女、どうして教会にもギルドにも相談しなかったのですか」
「きょ、教会に相談すると……民が不幸になるからよ……」
「もっと具体的にお願いします」
「教会がスキル持ちを優遇するから、スキルがない人が酷い目に会ってるのよ。そんなやつらに任せたらもっと酷いことになるに決まってるわ」
「…………」
セルカの冷たい眼差しを受けたセス皇女が必死にあらがうようにセルカを見る。
「あなたのいう酷いことと言うのはスキルがない子どもが捨てられたり殺されたりすることですよね」
「ええ……」
「スキルのあるなしで子どもを捨てるのは皇族と貴族だけです。あなたが民と呼ぶ人達が捨てるのは食料が足りないとき、障害を持っているとき、望んでいない性別の子が生まれた時くらいです。貴族たちに関しても当たり前のように子どもを捨てるのは教会加盟国ではロウナ帝国くらいです」
「セルカ……あなただって酷い目にあったでしょ」
セス皇女が懇願するように言う。
「昔のあなたはロウナ帝国を変えると言っていました」
「……お父様やお母様たちとお話ししてそんなに悪い国じゃないってわかったのよ」
「安全な場所にたどり着けばそうでしょうね」
「違う……私たちは民のことを考えて……」
「今あなたがしていることを客観的に言いましょうか」
「やめて……」
セス皇女が小刻みに首を横に振る。
「身内の恥を隠すために民を見殺しにしている。あなたが早く相談していればどれだけの人が死なずにすんだと思いますか」
「もうやめて……」
「そして元孤児で社会のことをよく知らないはずの私に秘密裏に処理させようとした」
セス皇女は肩を震わせて崩れ落ちる。
犠牲になった村民のことを思うと皇女に同情はできないのだが……
年若い少女に寒気がするほど鋭い合理の剣をためらいなく振り下ろす少女を恐ろしいと思った。
次に視線を向けられたエルマ大司教は祈るように組んだ手を解いた。
「あなたは分かっているようですね」
「はい、薄々(うすうす)気づいていながら待ってしまいました」
「あなたの優しさは人の心を救いますが命を救うためには心を踏み荒らす覚悟が必要なこともあります」
「申し訳ありません」
「いえ……元々そういう部分は私が担っていましたから、力が足りず囚われの身になった私にも責任があります」
悔やむように言ったセルカ枢機卿が今度はギルド長を見る。
彼は落ち着かなそうにヒゲに伸ばした手を引っ込め向き直る。
「知らぬこととはいえ私の責任には変わりまりません。今後はモンスター以外の動向にも気を配るようにいたします」
「ギルド長今までお疲れ様でした」
セルカ枢機卿が初めていたわるような優しい声色を出した。
それと同時に私たちが来たのと同じ通路から三人の冒険者が姿を現した。
一人はジーグナイト殿、一人はルーフィアさん、一人は白髪をサークレットでまとめ、木の杖を持った老人。元元老院議員のSランク冒険者ワイズだ。
その聡明そうな顔は険しい表情を浮かべている。
ギルド長は彼らを見て、困惑したようにセルカを見た。
「お疲れ様とはどういう意味でしょうか」
「『不屈の騎士団』の三人にあなたたちのことを調べてもらいました。ギルド長、あなたは先輩冒険者の延長にギルド長の役目を置いているようですね」
「違うのか……いや、違うのですか」
「あなたはミーテさんに助けを請われてそれは国の役目で自分の仕事ではないと言いました。帝都のギルド長であるあなたは国の運営側ですよ」
「いや、それは、変な冒険者が来たからあしらっただけで……実情を把握していればギルド長として対応をしていました」
「今、ロウナ帝国でなにが起こっているか知っていますか」
ギルド長が口ごもった。肩にとまった黒い鳥の使い魔がキョロキョロと周囲を見回す。
「空を飛ぶ使い魔に多くの上級冒険者。情報を集める手段はいくらでもあったはずです。あなたでは現状に対処できないと判断しました。正式な後任が決まるまではそこにいるワイズをギルド長代理に任命します」
「ぁ……いや……待ってくれ、私はまだ……なにも」
「後ろから見ておったがお前はまだ冒険者としてやっていける。あまり気を落とすな」
口を開いたワイズの視線がギルド長の飾りがとれた貴族風の服とカールしたヒゲを眺める。
呆然とするギルド長がジーグナイト殿とルーフィアさんに支えられ、話し合いの輪から排除される。
代わりにワイズが加わるとセルカ枢機卿が三人を見渡す。
「ではこれから私たちの失態を取り戻す方法を話しましょう」
セス皇女が涙をふき、三人の視線がセルカ枢機卿に集まった




