フソク
歩き始めて数分たったころ、後ろを歩くギルド長が私に視線を向けているのに気づいた。
突然、背中を触られた。
「っ……! 何するんですか!」
「お前、騎士じゃないのか。鎧はどうした」
「口で聞いてください! 鎧ならありますよ。〈鏡の騎士〉」
銀の粒子をまとって鏡の鎧を発生させる。
ギルド長が呆けたように口を開け、けたたましい鳴き声が響いた。
白銀大鷲が銀の翼を輝かせながら現れた。
ちょうどいいタイミングだったようだ。
「バカ!!! 脱げ!!!」
「戦闘中に武装を解除するわけにはいきません」
「いいから! 早く脱(ぬげ!」
必死の形相で吠えるギルド長を意識から切り離す。
フレズベルグの羽ばたきとともに叩きつけるような豪風が巻き起こり、カミソリのように鋭い銀の羽が月光で煌めきながら飛び交う。
セス皇女と魔法職の二人を守るため前にでて、鎧で受け止める。
ギラギラ光っているおかげ鎧の継ぎ目を抜かれる心配はない。
だが、空から二匹目のフレズベルグが現れた。
このままではじり貧だ。
「ギルド長、早く反撃を!」
「気づけ!!! お前が光って呼びよせてるんだ!!!」
ギルド長が大声で叫んだ。
空には銀に輝く三匹目の怪鳥、あわてて鎧を解除した私にカミソリのような羽が殺到する。
急所だけは外したが無数の羽の刃を身体に埋め込まれた激痛で膝をつく。
「ミーテさん! 〈代理神罰・三本の剣〉」
大司教の放った聖術で三匹の鳥が同時に地に落ちる。
セス皇女とギルド長の攻撃が突き刺さりフレズベルグは動きを止めた。
「この者に明日があらんことを〈神聖治癒〉」
身体から銀の羽が押し出され、傷がみるみるうちに塞がる。
地元の司祭様のものとは段違いの回復力だ。
大司祭様の消耗も大きいのか肩で息をしている。
「申し訳ありません」
「お前本当に半年冒険者やってきたのか!!!」
「考えが足りませんでした」
「あの鎧は絶対使うな!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴ったギルド長は頭痛でもしたかのように顔をゆがめた。
「すまん、大声もダメだ」
「ミーテさん、誰にもあやまちはあるものです。大切なのはどう改めるかです」
「本当に申し訳ありません」
「大司教様、あなたにも聞きたいことがあるのですが」
「なんですかホーリッジ」
大司教様がおだやかな顔を向けるとギルド長の眉間にしわがよる。
「さっきの大技の消費MPはどれくらいですか」
「五千ですね。私の最大MPは十万ですが昼に使った分が戻ってないので残り五万ほどですね」
「……このダンジョンの下層までどのくらいでたどりつけるか知っていますか」
「そうですね……ダンジョンというのは始めてですが、死亡者も多いですし八時間ほどですかね」
「最低でも六十時間はかかります。百五十回は戦うことになると思ってください。それにまだ敵が弱い上層です。誰かが死ぬかもしれないという時以外は封印してください」
大司教様のおだやかな表情が崩れ、少しなさけない顔になる。
「ダンジョンは外での戦いとは違う。戦闘はできるだけ避け、戦場で士気を上げるために使うような派手な技、消耗の大きい行動はひかえて適度に手を抜く」
「手を抜くのですか」
「ああ、お前は大剣を振り回す必要はない、攻撃を防ぐ壁役だ。大司教様は回復。私が魔法で攻撃。これを基本にして進む」
「私はどうする」
「……死なないように支援を」
「ええ……わかったわ」
身体能力で攻めてくる獣系モンスター相手にセス皇女の『烙印の輪』はマイナスに働いていた。
職業補正もスキルもなく、数の限られたアイテムでしか回復できないセス皇女が役割を持つのは難しい。
「ミーテさんこれを」
大司教様から法衣を受け取って着込んだ。
内側はモンスターの皮なのか硬い生地だ。並の剣なら通しそうにない。
よく見るとギルド長の貴族風の服もいつの間にか飾りをちぎったのか地味になっていた。
「戻って準備する時間はないのか」
「急いでダンジョンを下りるなら……」
「その方が危ない。このままいくぞ」
中層に入ってからはひたすら逃げることになった。
私が攻撃を受け流して大司教様が回復、ギルド長の空魔法でスキをつくって逃げるの繰り返しだ。
相手によってはセス皇女が持ち込んだ臭い袋や毒のような卑怯な手段も使い下へ下へ進む。
ステータスは足りていてもダンジョンに入ったことがあるのはギルド長のみ、私たちは小さなミスを積み重ね消耗(しょうもう〉し続ける。
中層の終わりが見えてきたころ、限界が訪れた。
「〈ヒー……ル〉」
「大司教様!」
死人のような青ざめた顔で私に回復魔法を使った大司教様が倒れた。
険しい表情のギルド長が屈んで様子を確認する。
セス皇女が上等なポーションを取り出して飲ませる。
「どうですか……」
「ダメだ、熱がひかない」
「まさか病気ですか」
「わからん。大司教様のレベルでそんなことがありえるのか……」
できるだけのことはやったが大司教様は目覚めなかった。
なにも言わずセス皇女が縄を使って背負おうとする。
「やめろ。もう置いていくしかない」
「ここまで一緒にきたのよ」
「最下層にはまだ遠い。敵に見つからないことを祈って上に戻るしかない」
「嫌よ。大司教様は見捨てないし、先に進むわ」
拒絶するように言った皇女は返事を待たずに歩き出した。
私も迷わず後を追った。
「待て、セス皇女を説得するんだ。冷静になれ」
「誰かを見捨てて生き残るくらいなら死んだ方がましです」
疲れていたからか物語の騎士の言葉がそのままでた。
ギルド長が手に血管が浮き出るほど強く杖を握った。
「見捨てろと言っているんじゃない。どうやっても助からないんだ。お前とセス皇女と私はまだ助かる余地がある。現実を見ろ」
現実か……このまま帰ってどうなるんだ。
教会が介入してロウナ帝国がどうなるかわからないけど、私はきっと地元に戻ってゴブリンとオークばかり退治する日々に戻るだろう。
命がけの戦いをすることはなくなり、リン皇女とお会いすることもなくそのうちエスティが領を継ぐ。
私は年をとって弱くなり、兄姉の子どもたちの中で才能がある子に家督を譲る。
別に悪くはない。
私はギルド長の言葉を振り切ってセス皇女の後を追った。
ギルド長もあきらめて歩き出した。
すぐに中層を抜け、下層に入った。
空気が変わった気がする。高ぶった神経が敏感になる。
苔の光がまたたくたび、悲鳴を上げて剣を投げ捨てたくなるような恐怖が押しよせる。
自分の呼吸の音が気になる。息が苦しい。
「うっ……なにこの臭い……」
セス皇女が立ち止まる。
血生臭い……肉の腐ったツンとする臭いもする。
剣を握りしめて皇女の前に立った。
ブォンと風を切って怪物が現れた。
地元でたまに出る人喰い狼に似た形だが、足一本が私と同じくらいある巨体。見たことのないモンスターだ。
毛が一本もない灰色の肌、三つに分かれた間接、顔があるはずの部分から無数の触手が生えている。
あまりの異形に一瞬固まってしまった。
「隠れろ最下層のモンスターだ」
ギルド長が警告を聞いて、身をふせる。
さらに異形の狼たちが次々と現れる。
離れてるんだ気づかないでくれ。
祈りが通じたのか異形の狼たちは顔の触手を震わせ私たちとは別の方向を見た。
血生臭いが強くなる。
コケに覆われた壁の奥から悪夢が現れた。
「……ぃ」
皇女が悲鳴をおさえる。
その獣は巨大すぎた。
異形の狼が子ウサギに見えるほどの巨体。
全身が黄金の毛に覆われ、人間のように二本の足で立っている。鋭い爪の生えた腕は六本あり、その一本一本に逃げようとうごめく異形の狼が握られている。
黒い縞模様が浮き出た凶悪な肉食獣の顔は三つあり、耳から後ろがくっついている。一番おぞましいのは赤みがかった肉色の瞳だけが人間のような理性の光を宿していることだ。
おそらく、これが異形の狼たちを襲っているのだろう。
ばらけて逃げようとした異形の狼に容赦なく同族が叩きつけられる。
やつらが気味の悪い鳴き声をあげて宙を舞う。
六本の腕のうち、下の四本はひたすら異形の狼を叩きつけている。
だが、上の二本は違う。あれは明らかに剣術だ。
触手を広げて飛びかかった異形の狼が左の同族で受け流され、振り下ろされた右の同族で真っ二つにされる。
叩かれた方は血と臓物をまき散らし、叩いた方は意識はないが形を維持している。
叩いたというより斬ったというべきかもしれない。達人の技量と化物への深い理解がなければなしえない技。
ごくりと唾を飲み込んだ。
人では絶対に勝てない怪物、それが人以上の技を使うというのか。
一方的な蹂躙はすぐに終わった。
巨人の獣は形を失った下腕の四匹を投げ捨て、原形が残る二匹を床に置いて膝をついた。
私たちの間に緊張が走る。
巨人の獣は三対の手の平を合わせた。
指が伸びていることをのぞけば祈るような格好。
すぐに手をとき、原形の残る異形の狼に手を伸ばして左右の顔の口に放り込んだ。
パキパキと骨が砕ける音がして食事はすぐに終わった。
私たちの祈りが通じたのか巨人の獣はもう一度手を合わせると現れた場所へと消えた。




