職権乱用は乙女のたしなみ
朝方に帝都に着いたミーテはまずSランク冒険者用の施設を訪れた。
応対してくれたのは知らない人間の女性だった。
「セルカさんですか。すいません、私はまだここ任されたばかりなので」
「そうですか、前任のルーフィアさんがどこにいるか知りませんか」
「家は知りませんが、ルーフィアは冒険者に復帰したそうですよ」
施設にはすでにリン皇女もセルカもいなかった。
すれ違いになったのかもしれない。
一応セス皇女にも確認をとっておこう。
前に教えられた隠し通路へと歩く。
墓地の裏から続く旧スラム、うち捨てられた建物の中で少しだしっかりした造りの廃教会に入る。
薄暗い室内、祭壇の上に飾るようになにかの骨が並べてある。
「異教徒の教会か」
並べられたみすぼらしい椅子を見ていくと被ったほこりが薄いものがある。
その下の床を手のひらで探ると切れ目が見つかった。
指を差し込んで開くと地下への階段が開く。真っ暗な地下へと下りその先の通路を歩く。
三十分くらい歩いただろうか。突き当たり扉を開くと簡素な執務室に出た。
呼び鈴をならして待っていると壁にしか見えない扉からセス皇女が入ってきた。
ごあいさつしようとしたら手で制された。
「前置きはいいわ。あなたが来たということはなにかあったのね」
「リン皇女殿下たちは今どこにいるのでしょうか」
「リン様たちならかなり前にワドニカに向かったはずよ」
ワドニカとSランク冒険者用の施設でのことを話した。
セス皇女は力なくいすに座りこみ頭を抱えた。
「皇女殿下、なにか心当たりが」
「どうしてなのよ……」
セス皇女は小さく息をはき姿勢を正した。
「セルカが逃げたわ」
「はい……?」
「とにかく冒険者ギルドに依頼して捜索よ」
「セルカをですか」
「そうよ、私も行くわ」
急いで冒険者風のかっこうに着替えたセス皇女と一緒に冒険者ギルドに向かった。
上級ギルドはいつもより人が少なかった。
「ミーテさん。少し遅かったですね」
顔なじみのギルドの受付が話しかけてきた。
「遅かったとはどういうことだ」
「これです」
差し出された冒険の依頼書は教会からのものだった。
遠い地域への遠征だが危険度の割に報酬がいい。
かなり優良なクエストだ。
だが、上級冒険者はたいてい予定がある。
ここまで人が減るだろうか。
「まさか、全員このクエストに」
「ええ、ルーフィアさんが復帰して『不屈の騎士団』を再結成したんです。ジーグナイトさんとワイズさんが先に情報を持ってきてくれてBランク以上のみんなで行くことになったんです」
うれしそうな口ぶり。
ジーグナイト殿は若手の冒険者をよく指導していたし、ワイズさんはいつもギルドにいてスキルで作ったマジックアイテムを貸したり、元元老院議員の経験を生かして国や貴族相手の依頼を紹介してくれる第二のギルド長みたいな存在だった。
あの二人とSランク冒険者に顔が広いだろうルーフィアさんが号令をかければこれだけの人数が動くのも納得がいく。
「ワイズさんたちけっこう前からはりきってて、あまりいいクエストが残ってないのですが、どうします」
「いや、今日は依頼にきた」
「そうですか、では依頼の内容を教えてください」
とりあえずセルカの捜索を頼んでギルドを後にした。
セス皇女はさっきから考え込んでいる。
「あの子はなにがしたいのよ……」
「セルカが逃げたとはどういうことかお聞きしてもいいでしょうか」
「そうね、今は緊急事態。ただしこの話は秘密よ」
セス皇女の話によると今回の魔法学院の入学はしぶるセルカとヒノワというもう一人の皇女を説得するため、二人が慕うリン皇女を契約で縛る形で成立したものらしい。
姉妹でそんなことをとは思うが、ただの騎士が皇族の事情に立ち入るべきではない。
ただ、一つ気になる点があった。
「契約の悪魔ウリク……」
「それがどうかした」
「推測ですが、セルカがリン皇女を鍛えれば倒すことも可能かと」
私では手も足もでない存在だが、だいたいの強さは聞いている。
リン様は天才だがレベルは高くなさそうだった。
あのセルカが鍛えれば化けるだろう。
セス皇女はまた考えこんだ。
「……もしそうだとしてもリン様が約束を破るとは思えない。ヒノワも楽しみにしていたわ」
確かにリン皇女が約束を破るとは思えない。
やはりセルカだ。
そういえば始めてギルドで会った時、ジーグナイト殿になにか頼んでいた。
Bランク以上の冒険者のいないギルド……
「リン皇女とヒノワ皇女はずっと修道院暮らしだったのですよね」
「それがどうかした」
「ダンジョンの中で時間感覚が狂うことをご存じでしょうか」
目を見開いた皇女は走り出した。私も後を追う。
Sランク冒険者の施設についたセス皇女を朝の女性が対応していた。
「……そういえば予定表がズレてましたね。もう捨てましたけど」
「どのくらい」
「うろ覚えですけど、四日くらいだったはずです」
「ありがとう」
「はい? それだけですか」
会話を終えたセス皇女が再び頭を抱える。
「間違いないわ。セルカはダンジョンにこもって二人をあざむく気よ。わざわざBランク以上の冒険者を排除したということは超高難易度のダンジョン。『神獣の峡谷』か『奈落の底』」
「『奈落の底』はレベル上げには適さないそうですから『神獣の峡谷』かと」
冒険者たちが帰るのを待っていたら入学試験に間に合わない。
だが、私が、いやセス皇女がいたとしても『神獣の峡谷』に挑むのは自殺行為だ。
地形がわからないうえ、回復術士も魔法使いもいない。そもそも中層以降となると実力が足りない。
「どうしてこのタイミングで教会からクエストが出たのでしょうか」
「セルカは教会の上層部に便宜を図ってくれる人がいると言っていたわ。その人に頼んだのでしょうね」
知ってはいけないことを聞いてしまった気がする。
セス皇女がそれだけあせっているということだろう。
「不本意だけど教会に力を借りるわ。わらわの婚約者であるリン様をセルカがウソをついてさらった。本当は大事にしたくなかったけど……」
本当にそれで済むのだろうか……ひかえめに突き出した舌で私の全力の一撃を受け止めるセルカの姿が脳裏をよぎる。
あの化物がそんな隙をさらすだろうか。
「リン皇女はあなたの婚約者ではありません」
黒い法衣をまとったおだやかな表情の老人。帝都の司教区すべてを統括する大司教はセス皇女のうったえにそう答えた。
「なっ、そんなはずはないわ。申請書を出したはずよ」
「強引な手段で同意させたためふさわしくないと判断し、婚約を破棄しました」
「そんなことができるわけ……」
「枢機卿猊下の判断です。申し訳ありませんがお引き取りください」
「無礼者、こんなこと神がお許しにならないわ! わらわはこの国の皇女よ!」
「落ち着いてください。私に言ってもどうにもなりませんよ」
屈辱で顔を真っ赤にしたセス皇女がくちびるを噛みしめている。
「こ、こんなの不正よ!!!」
「どうしますか」
「冒険者がいないし、ロウナの騎士団も機能してないのよ! 教会騎士団に力を借りるしかないでしょ!!!」
テンプルナイツの有力な騎士達はことごとく不在だった。
暗闇に包まれる大聖堂の前でセス皇女が肩を落としている。
「待つしかないみたいね。ふ、ふふ……いいわ。待つのは慣れてるもの」
セス皇女は自分に言い聞かせているけど、本当に待ってなんとかなるのだろうか。
今日のことを振り返ると小さな違和感がある。
なんだろう……いつもと違う感じ。
いつもと違う。それを感じるとしたら半年過ごした冒険者ギルドだ。
「一度ギルドに戻ってもいいでしょうか」
「ギルドはセルカの息がかかっているから期待できないわ。間に合うかは分からないけど教皇庁に手紙を出すわ。枢機卿猊下の気が変わるかもしれないし……結局、待つしかないのよ」
「いえ、違和感を確かめたくて」
「わかった。行ってきなさい。私はここでテンプルナイツの帰りを待つわ」
セス皇女と別れて冒険者ギルドに向かった。
室内に違和感はない。
受付のところに行くと首をよこに振られた。
「セルカならまだ見つかってませんよ」
「さっきの教会からの依頼書を見せて欲しい」
「もう遅いですよ?」
「確かめたいことがあって」
教会の依頼書。改めて見ると違和感の原因はこれだとわかった。
優良なクエストだが教会の依頼にしては報酬が安い、いや危険度や手間に対して適正な金額より少し高めに設定してある。
それに討伐対象のモンスターの特徴や周囲の環境、用意すべきものなどが過不足なく書いてある。
いつもの教会のクエストは報酬は高いがなにを根拠につけたのかよく分からない値段で依頼の文も仰々(ぎょうぎょう)しく長いのに知りたいことはわからないというのが多かった。
「この依頼書よくできてるな」
「そういえばそうですね。最近の依頼書の中ではよく出来てる方です」
「最近? 昔の教会のクエストは違ったのか」
「昔というほどではないですが、教会も一時期すごくいい依頼書を出してましたよ」
「それを見せてくれるか!」
受付は周囲をざっと見渡した。
日が落ちたため冒険者の姿はほとんどない。
「もうないと思うのですが」
「そうか……」
「依頼書の内容は全部暗記してるから書き出しますね。ちょっとみんなも手伝って」
なじみの受付が他の受付にも声をかけ、羊皮紙に依頼書の内容を書き始めた。
書くのが早い。数十分後には依頼書の束が積み上がっていた。
「とりあえず教会の依頼、五年分書きだしました。まだ必要ですか」
「いや大丈夫だ。ここまでしてもらって悪い。手数料を払うよ」
巾着を取り出そうとしたら止められた。
「冒険者を助けるのは私たちの役目です。よかったらまた帝都にクエストを受けに来てください」
「そうか、ありがとう。すぐには約束できないけどまた時間をつくって来る」
「ふふ、ミーテさんはまじめですね」
依頼書の束を持ち、受付たちに見送られながらセス皇女の元に向かった。
この依頼書が前へ進む一歩になる。
騎士の勘がそういっていた。




