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スープ

 セルカの訓練三日目、最初は痛みに耐えるだけだったが少しずつ動けるようになり、戦いの形になってきていた。


 セルカが突き出したさびた短剣が目の表面に触れた瞬間しゅんかん、頭を引きながら手をはらう。

 片手で突き出した刀をセルカがよける。

 身体を反転させてはなったかかともよけたセルカがさっきとは比べものにならない速度で短剣を突き出してくる。


 本人の言うとおりセルカの戦闘技術は高くない。

 攻撃は単調でさびた短剣の短さ、切断能力の低さもあって突きだけを繰り返す。

 ただ、早すぎる。基本的に僕に速度を合わせているが、ほぼ見えない速度で攻撃してくることがある。

 たぶん、格上の相手から逃げる練習だと思う。説明をしてくれればいいのだけど彼女は身体で覚えた方が早いと言う。


 短剣の突きをよけると修道服の中から現れたギザギザの刃が振られる。

 何度も肌をズタズタにされた恐怖をおさえて刀で受け止める。

 いつの間にかセルカの手の中にあるビンから液体がかけられる。

 肌を溶かす濃硫酸のうりゅうさんのようなものだ。

 ルーフィアさんに聞いて服も手袋も水分を通さないものにしておいたから顔に当たらなければ問題ない。同じくおろし金も篭手こてとチェインメイルを着ておけば指先やひじをすりおろされることはない。

 

 セルカが大きな金槌かなづちを振りかぶる。唯一ゆいいつの動きが遅くなる攻撃、刀を切り上げると腕に強烈きょうれつな痛みが走って刀が手から落ちる。

 同時に血まみれの白い棒がセルカの目の前に落ちた。

 原理が分からない現象げんしょう、おそらく魔法。少しでも衝撃しょうげきをおさえるためにセルカのふところに飛び込んだ。


 金槌かなづちは振り下ろされなかった。


「〈治癒ヒール〉」

「……終わり?」

「うん、これだけ動ければ十分」

「そっか……終わりか」


 きつかった。地面に倒れみたい気分だけど油断せずに刀を拾い上げる。

 セルカは嬉しそうに尻尾をピンと立てている。


「リンは才能がある」

「ん? ガマンするだけじゃなかったの」

「リンが自分をしばる魔法契約をしたからそうできた。人が最大の力を発揮はっきできるのはそうしないと死ぬ時。そこに自分をんで冷静れいせいさをたもてる人は少ない」

「大げさだな。セルカの訓練なら大丈夫ってわかってたからだよ」


 すごく痛い、つらいと思うことはあっても死ぬかもしれないと思ったのは最初だけだ。

 僕はただ考えなしなだけだと思う。

 びっくりしたように瞳孔どうこうが開いたセルカがゆっくり近づいて抱きついてきた。頭をすりせてくる。


「えっと……どうしたの?」

「痛いことしてごめん」


 少しだけくぐもった声、不安だったのだろうか。

 セルカに気をくばる余裕がなかったけどこの訓練、彼女の負担の方が大きい。

 僕にとってセルカは頼りになる友達くらいの感覚だけど、本当は僕が守ってあげないといけないくらいの年の差がある。

 気づいてあげられなくてごめんという気持ちを込めて白くてサラサラした髪をなでた。


「ううん、僕のためにありがとう」

「次は苦痛の少ない方法にする」

「一番効果がある方がいいな。今回の訓練でセルカのこと好きになったよ」

「え……なんで」

「セルカは僕にとって大切なことを一番に考えてくれた。甘やかすだけの人より信頼できるしずっと側にいてほしいって思ったよ」


 セルカが僕からパッと離れた。耳がピンとたち尻尾がピクピクと動く。

 顔をふせたまま地面を見回してさっき落ちた血まみれの白い棒を拾った。


「これ橈骨とうこつ

「……うん」

「腕の骨、私のユニークスキルでさっき抜いた」

「どうしたのいきなり」

「明日、レベル上げに行くから。説明しといた方がいいかと思って、それだけ」


 そういうとセルカは僕の血と肉片がぎっしりつまったふくろを持って走り出そうとした。

 だが、袋が重くて動かないらしい。


「持つよ」

「あ……調理場に持って行って」

「どうするの」

「明日使う」


 セルカの言うとおり調理場に持って行くとルーフィアさんに嫌な顔をされた。


「準備があるから、休んどいて」


 それだけ言うとセルカも自分の部屋に戻った。

 本でモンスターを覚えてたら夜になった。

 入るなと言われていたからお風呂はガマンしてご飯を食べたらもう寝る時間になった。


 ……眠れない。とにかく身体がくさい。

 服は着替えたけど全身にみついた血とよくわからない体液のにおいがきつすぎる

 水でも飲もう。部屋の水差しはもう空っぽだった。

 調理場まで歩く、明かりがついてる。誰かいるんだろうか。


「……!!」


 薄明かりの中で光る神秘的な金と青灰の瞳。セルカが調理場にいた。

 手に持っていたなにかをあわてたように隠した。


「セルカ、どうしたの」

「なんでもない」


 セルカは無表情だけど僕はかすかな変化が分かるようになっていた。

 あやしいと思って、後ろを見るとなべが火の上に置いてあった。

 夜食かな? セルカがつくる料理ってどんなのだろう。

 気になる。


「なにつくってるの」

「……水()かしてる」

「ちょっと見せて」

「あっ……」


 フタを開けるとぶつ切りにされた白い棒が煮込にこまれてた。

 これ……骨?

あわててフタをしめようとするセルカの手をつかんだ。

 セルカの力は強くない、修道服の不自然ふしぜんなふくらみからを見つけて、内ポケットをさぐるとまたぶつ切りの骨が出てきた。

 こっちは骨髄こつずいをなめた後がある。

 セルカの耳と尻尾がうなだれる。

 意味がわからなくて骨を観察すると見覚えがある気がした。

 

「これ僕の骨?」

「……ごめんなさい」


 猟奇りょうき殺人の現場みたいだな。ちょっと怖いかもしれない。

 まあ、違う世界の人だし変わった風習があってもおかしくない。


「えっと……おいしい?」

「……えっ、あっ」


 声のトーンが暗い。落ち込んでるみたいだ。

 どうすればいいの……娘の趣味が理解できないお父さんはこんな気持ちなんだろうか……

 やっぱりこういうのは歩みよりが大事なのかな。変わったことをやってる自覚はセルカにもあるみたいだし、理由を聞けば少しは分かるかもしれない。

 自分の骨は食べたくないからスープかな、スープも飲みたくないけど。


「僕も飲んでいい?」

「えっ……」


 おたまっぽい道具でスープをすくって飲んだ。

 まあ、少し油っぽいけど味つけしてあるし食べられるかな。

 セルカは驚いたようにかたまっている。


「セルカはこういうのよく食べるの?」

「ち、違う……人骨は初めて、リンの……だから」


 セルカがふるふると首を横に振った。

 よかった。毎日のように食べてるとか言われたら少し見る目が変わってしまう。

 居心地いごこちが悪そうなセルカを逃がさないようにスープを二人分皿に入れて食堂に持って行った。


「セルカは飲まないの」

「……気持ち悪くない?」

「ちょっと気持ち悪い」


 正直に答えるとセルカの目にじわっと涙が浮かぶ。


「でも、僕が知らないからだと思うんだ。セルカのことをもっと教えてほしい」

「私のこと?」

「えっと、例えば今は何才」

「わからない」


 セルカが首を横に振った。


孤児こじだったから」

「よかったら、もっと教えて」

「教会の孤児院で育って、放り出された後にユニークスキルが発現はつげんしたから聖女になれた。その後はずっと戦ってた」

「あの、骨を抜くやつ」

「『骨抜き(ボーンスナッチャー)』食べるものがなくて取り合いになりにくい骨の中身ばかり食べてたらスキルになった」


 ずいぶん殺伐さつばつとしたい立ちだ。


「戦い以外はどう?」

「ううん、私が知ってるのは戦い方だけ」

「セルカは色々なことを知ってると思うけど」

すべて戦いのため。農民は作物を育てる。騎士は戦う。修道士は祈る。私は戦い向きのステータスだから戦う」


 セルカにはなんの迷いも疑問ぎもんもなさそうだ。

 数値として自分の向き不向きがはっきり分かる世界だからかもしれない。

 向いてるからするという人間の感情が入る余地よちのない選択、成功が約束されているならそれに力をそそぐのが合理的だ。

 自由度の高いゲームが攻略サイトを見た途端とたんに一本道に変わるようなものだろうか。

 ゲームならあえて非効率な遊び方もできるが人生だとどうなんだろう……


「他にしたいことはないの」


 セルカは困ったように耳を動かした。


「わからない」

「スープ飲もうか」

「……うん」


 セルカは恥ずかしそうにうつむいて少しずつ僕の骨のスープを飲んでいる。

 猟奇殺人りょうきさつじんみたいだと思ったけど、この世界、ステータスに与えられた役目以外のセルカは僕たちの世界の年相応より少ないのかもしれない。

 そう思うと少し変わっていてもセルカの趣味しゅみを大切にしてあげたいと思った。


「おいしい?」

「味は関係ない、リンを……」

「僕を?」     

「間違えた。もう寝る」


 セルカは文字通り尻尾しっぽを丸めて食堂を出て行った。

 そこだけは普通の子どもみたいだった。

 僕も寝よう。

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