地獄の特訓
「ただいまリン、疲れてるみたいだね。少し外すよ」
「えっ、はい……」
神様がそう言うとセルカたちは部屋から出て行った。
確かに身体がだるいし、硬くなってる気がする。
軽くのびをするとパキパキと軽く音がなった。
「私も外した方がよいでしょうか」
壁際のルーフィアさんに聞かれた。
彼女を見て思い出した。
貧しい身なりの人たちを斬る手応え、死んだ後に化粧をされた女の子、魔王に踏みつけられる首のない修道女。
負けた。僕が弱いせいで仇をうてなかった。
「ルーフィアさん、施療院の人達はどうなったんですか」
「リンさまを連れ帰ってから教会に伝えました。ゾンビはそのまま埋葬できないのでまとめて焼却されたはずです」
「そうですか……魔王はどうなるんですか」
「人の法で裁ける相手ではありません。ロウナ帝国の現状を考えればアンデッド系モンスターの襲撃として処理されるはずです」
人の法というからには魔王は人間ではないのだろう。彼女がなぜあんなことをしたのか分からない。
話を聞いて、必要なら罰を受けさせないといけない。そうじゃないとまた犠牲者が出る。
力が必要だ。今のまま会っても殺されるだけ、それでは魔王に殺された人達に対して責任を果たしたことにはならない。
一応、『第一コミカ書』に魔王のことが書いてないか目を通したがそれらしいモンスターはいなかった。
セルカたちが部屋に戻ってきた。
セルカは近接戦はあまり知らないと言っていたがSランク冒険者で、僕やミーテさんの攻撃を簡単に止めるくらい強い。
なにか強くなる方法を教えてくれるかもしれない。
「セルカ、お願いがあるんだ」
「うん」
「魔王を倒すために強くなりたいんだ。力を貸して」
セルカの尻尾が迷うようにゆれた。
「わかった。リンが戦えるように鍛える。でも条件がある」
「どうすればいいの」
「私の訓練にたえられないなら魔王やアルリスと戦っても勝てない。契約魔法で行動を制限させてもらう」
心配そうに僕たちを見ていたルーフィアさんの表情が固くなった。
「どんな訓練なの」
「私に近接の技術に教えられないから戦うための心得とレベル上げ」
「あの、少しリンさまと話してもいいですか」
ルーフィアさんが僕の側に来た。セルカたちは場所を譲って少し離れている。
「なんでしょうか?」
「……セルカの訓練を私も受けました」
「はい」
「当時、帝都にいたAランクとBランクの冒険者は千人以上いて全員受けましたが、最後まで残ったのは三人だけです」
「……はい」
いつもは落ち着いたルーフィアさんの声にヒステリー染みた響きが混じる。
「軽い基礎だったそうです」
「そうですか……」
「Sランク冒険者、特にセルカははっきり言って異常者です」
「そんなことないです。セルカは僕のことをいつも気遣ってくれるし、優しい子ですよ」
きつい訓練をするのかもしれないし、モンスターのエサを被ったりとかは変かもしれないけど、異常者は言い過ぎだ。
「リンさまから見ればそうでしょうが、戦いのことで妥協はしないはずです。セルカの訓練を受けて、無理だと思ったらすぐやめてください」
「忠告ありがとうございます」
自分よりずっと強い相手を目標にするのにムリしないで勝てるとは思ってない。
でも、ルーフィアさんの話は参考になった。
「セルカ、魔法契約の内容を変えてもらっていいかな」
「なに?」
「『僕が訓練をやり遂げられなかったら死ぬ』」
セルカは嬉しそうに耳を立てた。
「わかった。戦うならそれくらい覚悟ある方がいい」
「リンさま! セルカ、本当にいいんですか……あなたにとって初めてできた大切な人じゃないんですか」
「死んだら治せない。リンが死なないように強くなってもらう」
ルーフィアさんは口をつぐみ、僕とセルカは魔法契約をした。
「訓練場に行っといて」
「今から?」
「うん、時間がない」
すぐに庭の訓練場に歩いた。セルカは少し遅れて大きな袋を持ってきた。
「リン、まずはステータス画面を開いて」
「うん」
【リン(人間)】 レベル1001
【職業】SE
【HP】 122
【MP】 1
【筋力】5000400
【攻撃力】5000400
【防御力】70
【器用さ】5290000
【すばやさ】8020000
【スキル】なし
付与魔法がないから下がってる部分もある。レベルが一個あがっ……!
「あぎっ……!」
青いステータス画面を貫通して鋭い爪の生えた指が現れた。
右目に強烈な痛み。
悲鳴を上げる僕にかまわず、指は目玉の中を這い回り、すぐに出て行った。
うずくまって右目をおさえると温かい血がべっとりついた。
嫌だ。痛い、痛い、おさえた手の平がグッと奥までめり込んだ。
「いっ……!」
目、目、僕の目……目が……
前を見るとセルカがいつも通りの無表情で僕を見ていた。
「リン、目を突かれたら防がないと脳を潰される。敵の前で転がったら攻撃をよけられないから気をつけて」
「セルカ……僕の目はどうなってるの……」
セルカが手の内側を舐めた。
口の端から一筋の血が垂れる。
思わずかすれた悲鳴がもれた。
セルカが舌を離し、さしだされた手の中で乙女色の眼球が僕を見た。
「あっ……ぁ……うぇっ……」
「吐いちゃダメ」
セルカの手が僕の口と鼻をおさえる。
「敵が近くにいるときに口を開けたら危ない。ガマンして飲み込んで」
鉄臭く生暖かい液体を飲み下すとセルカが袋から刀を取り出した。
そして僕の手に持たせる。
手の震えを止めるために固く握り込んだ。
「反撃して」
「ゆるして……」
「今は敵だよ」
いつの間にかセルカの手に錆まみれの短剣が握られている。
ザラザラした刀身が僕の顔に突き出される。
パニックになって刀を振り回した。
セルカは無表情のまま体さばきだけでよける。
いとも簡単に近づいたセルカが短剣を突き出した。
バシャと水をかけられた。
気絶してたらしい。
目、目が見える……目が見える!
「はっ、はっ、はぁ……夢か……」
「リン、ステータスを開いて」
セルカがかがみ込んで僕を見ていた。
思わず悲鳴を上げて後ずさると悲しそうに耳をふせた。
「なんで……」
「ステータスを見ながらじゃないと安全が確保できない」
「そうじゃなくて、なんで、なんで目を」
うわずった情けない声が出た。
「普通は目は治らない」
「う、うん、そうだよ……」
「だから目が潰れると大変」
「うん……」
「高レベルなら目が潰れたり、下半身が切り離されても死なない。それでも戦わないといけない。回復すればすぐ治る」
「痛いよぉ……」
手が震える。目から涙が出てくる。
「私たちにとって腕が斬れたり、目が潰れたりはたいしたことじゃない。本当に危ないのは痛がって隙をさらすこと。上級冒険者の死因はほとんどこれ」
「いやだ……」
「魔王相手にもそう言うの」
「た、戦ってる時はあんまり痛くないから……」
「騎士のトーナメント試合ならそれでいいけど、実戦はいきなり始まる。練習でできないことは本番もできない」
セルカが一歩踏み出し、僕は悲鳴を上げて丸まった。
痛い、まだ目が痛い……首も治ったばかりで痛い、お腹もすごく痛い。
戦えない理由が無限に湧いてくる。
「もうやだ、やめて」
「ううん、リンが死んじゃうから止められない。ステータス画面なしでもするよ」
「ちょっとだけ休ませて……そうしたらがんばるから」
「がんばらなくていいよ」
優しい声色に誘われて顔をあげるとさびた短剣が突き出された。
痛みに悶え転がる。
「慣れの問題だからがんばらなくていい。才能もいらない。百回くらいえぐればみんなたえられるはず」
そういうとセルカは袋の中身を地面に並べた。
ギザギザの刃、液体の入ったビン、大きな金槌、目の粗いおろし金。
最後に地面に転がっていた二つの目玉を袋の中にしまった。
その光景だけで頭がおかしくなりそうだった。
次回投稿予定は4/15(木)
すいません間に合いませんでした。




