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リヴァイアサンの涙

 セルカが施設に帰ると亡霊じみた少女が玄関に座り込んでいた。

 ほのかに光る青い髪、長いまつげに縁取ふちどられた真紅の瞳はうれうようにせられている。

 神様が私を見た。


「リンを……」


 それだけ言うと床の上を滑って奥に行った。あわてて着いていくとリンの部屋に入っていった。

 後に続くとリンがベッドに横たわり、横に座るヒノワが普段とは違う弱々しい瞳で私を見た。


「セルカ……なんとかしてくれ」


 その悲しそうな声で心臓がはねた。

 リンの様子を見ると普段より更に肌が青白い、きれいな瞳は閉じられている。

 息してない、瞳孔どうこうが開いてる、心臓も動いてない……

 あ、あっ……これは死……


「いや……」

「まだ死んでいません」


 壁際にいたルーフィアが冷静な声で言った。


「リンさまのスキルでゾンビ化しています。ただ、意識が戻らないようで」

「なにがあったの!」


 ルーフィアは魔王と出会い、リンが首を斬られるまでの話をした。

 一応つながれてはいるがリンの首に斬られたあとがある。

 まだ、死んでないなら助けられる。


「ルーフィア、首をつなぎ直すから手伝って」

「はい」

「ヒノワと神様は外に出て」

「どうにかなるのか!」

「やってみないと分からない」


 回復魔法かいふくまほうを覚えたときに人体の仕組みは覚えた。私なら道具がなくても首の神経をつなげるはずだ。

 念のために脇腹わきばらもふさいでおこう。意識さえ戻れば人間になってもらって回復できる。


 大丈夫、ゾンビはなんども倒した。このくらいの欠損けっそん致命傷ちめいしょうじゃない。

 別の場所から神経を持ってきて首をつなげて、身体に魔力が満ちれば意識が戻るはずだ。




 手術が終わってもリンは目覚めなかった。


「リン……起きて」


 恐る恐る呼びかけた神様の瞳から涙がこぼれる。


「まだ、分からない。寝てるだけかもしれない」

「セルカ君……きれいに……つないでくれて……ありがとう」

「まだ、分からぬと言っておるであろうが!」


 力なくうなだれる神様を二人で外に誘導ゆうどうした。

 リンが見えなくなって少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。

 ぽつりと神様が話し出した。


「ぼくは神様じゃないんだ」

「それは知ってます」

「そうだよね……本名を名乗れない事情があるんだ。よくわからない人がついて回るのもおかしいし、普通の人間というにはムリがあるしね」

「それで神様ですか?」

「うん、ぼく浮いてるし、光ってるから神様っぽいかなって」


 浮いてて光ってると神様なの?


「……セルカ君とヒノワ君はなにか聞きたいことはある?」

「ヨシトとあなたはどういう関係ですか」

「ぼくはヨシトの娘だよ。本名は吉宮椿よしみやつばき


 えっ……ヨシト結婚してたの……

 子どももいたの……

 

「人には見えぬ」

「兵器だからね」


 兵器という言葉で意識が引き戻された。

 

「兵器ってどういうことですか、あなたたちは平和な世界に住んでたはずでは」

「敬語はいいよ。ぼくの方が年下だし……ぼくたちの世界が平和だったのは昔のことだよ。今は少し落ち着いたけど、一年前まで……えっと、こっちでいうモンスターみたいなものと戦ってたんだ。正確な死者数は分からないけど最低でも全人口の99.9パーセント以上の人が亡くなったよ」


 唐突とうとつな話だが、リンの剣の腕や有刺鉄線ゆうしてっせん手際てぎわうたがうべきだったかもしれない。


「ツバキ、お前が兵器とはどういことだ」

「ぼくは少ししか知らないけどリンの一族、鈴音すずね家は生き物が死んだ時に発する観測不能かんそくふのうなエネルギーについて研究してたんだ」

「レベルアップのこと?」

「こっちの言葉で言えばそうだね。向こうの世界の人達は基本的にレベルアップしない。鈴音家の人たちはそのエネルギーを体内に蓄えられる特殊な生物兵器を造り、『リヴァイアサン』と名付けた」

「それがお前か」

「うん、そう」


 神様、いやツバキのことはだいたいつかめた。戦争中に造られた兵器でずっと戦っていたということか、とてもそうは見えない。

 ……ヨシトの一族ではなく、リンの一族、リンって誰。


「リンって誰なの」

「リンはぼくのお姉ちゃんだよ」


 そういうとツバキは羽衣の中から地味なポーチを出した。

 その中から取り出された四角く薄い鉄の板、中央にはめ込まれたガラス板に光を放つ精巧せいこうな絵が現れた。

 初めて見る魔法だ。


「ちょっと待って」


 私たちに見せないようガラス板をこすってる。

 彼女は三人の人物が写った絵を差し出した。


 一人は右手の人差し指と中指をVと立て、無邪気むじゃきに笑うツバキ、今より幼く表情にかげがない。

 その横にいるのはリン、ツバキと手を握り、彼女におだやかな微笑ほほえみを向けている。やはり今より幼く血色がいい。


 最後は私も知っているはずの人だった。

 黒髪に黒目の優しげな男、青いズボンと半袖のシャツを着ている。でも、知らない表情だ。

 あのおだやかな笑みではなく、なれない感じの少し硬い笑み。

 二人の後ろに立って、目のはしで二人に気を配っている。

 私が知っている姿より年配ねんぱい、四十近くに見える。


「この人がヨシト……」

「そう、ぼくたちのお父さん」

「この……」


 口を開きかけた時、勢いよく扉が開いた。


「セルカ! リンさまの意識が!」


 ルーフィアの言葉を聞いて部屋の中に駆け込んだ。

 リンが起き上がっていた。


「リン! 大丈夫!」

「あっ、うん、おかえりセルカ」

「そんなこといいから早く人間に戻って!」

「えっ……うん」



【リン(人間)】



 リンの顔が真っ青になって目に涙がにじむ。

 神経に糸が通ってるから訓練してない人間なら気絶してもおかしくない。

 それなりに痛みに耐性たいせいがあるみたいだ。


「い、痛い……」

「もう危ないことしない?」

「セ……ルカ早く、く、首斬れてるから、死んじゃうよ……」

「約束して」

「わ、わかったよ。ムチャなことはしないだから治して……」

「本当に?」

「ほんとだから、早く……」

「うん〈治癒ヒール〉」


 リンは首に恐る恐る触れて確認している。右手と脇腹わきばらの確認も終えて安心したように息をはいた。


「ありがとうセルカ……神様も帰ってたんですね」

「いや、そやつは……んっ! なにをする」

 

 ツバキがヒノワの口をふうじた。


「ただいまリン、疲れてるみたいだね。少し外すよ」

「えっ、はい……」


 私たちはツバキの後について部屋を出た。十分離れた所で彼女は立ち止まった。


「さっきの話はリンに言ってはいけない」

「なぜだ。記憶を取り戻す助けになるやも知れぬぞ」

「やめて!」


 ツバキがかたするどい声を発した。思わず彼女を見るとばつが悪そうに青い髪を触った。


「理由を教えて」

「君たちが……君たちだけがたよりなんだ。なにも聞かず……」

「それはできない」


 弱々しい声をはっするツバキをいつめる。神様というけの皮がはがれた彼女はあまりにたよりなかった。

 アルリスに魔王、リンの三度目の瀕死ひんし、彼女だけに任せておける事態じたいじゃない。


「君にとっても気分のいい話じゃないよ……」

かくすならさっきの話は全部リンに言う」

「っ……! そんなことしたらリンが!」

「どうなるの?」


 絶句ぜっくしたツバキが私を見る。異質いしつな生き物を見るようなよくされる目つき。その目はきらいだ。

 ………………先に折れたのはツバキだった。肩のが降りたかのような表情で口を開いた。


「リンは死にたいんだ」


 一瞬、頭が真っ白になった。少したつと頭の中で情報が整理されてきて、思わずうめき声がもれた。


「でも、色んな人に支えてもらって、望まれて生きてきたリンはただ死ぬことはできない。だから、人を助けるんだ。それも……元の世界にいた時は錯乱さくらんしててしばりつけとくしかなかったんだけど……」

「今は……」

「うん、この世界に来てよかったよ。リンをくるわせた記憶は全部()んだみたいだし、立ち上がれないくらい弱った身体も良くなった」


 ツバキは柔らかくほほ笑んだ。


「私を助けたのは……」

「君が危険人物としてあつかわれてたからだと思うよ。死刑というのもリンにとってはバラの香りのようなものだしね」

「ふむ、我も安全とは言えぬな」


 ヒノワが納得なっとくしたようにうなずいた。

 どうしてこんなに胸が痛いのだろうか……よく考えれば薄汚うすぎたない犯罪奴隷を助ける理由なんてない。

 少しでも考えなかった私がまぬけなだけ。

 知るべき情報だった。リンを守る、それは絶対に変わらない。


「リンの願いを無視してよいのか」

「人の心は状況によって変わるものだよ。今のリンは健康で君たちみたいな友達もいる。それでも死にたいなら改善かいぜんする。もう少し付き合ってくれないかな」

「ふむ、人のことは知らぬ身だ。お前がそう言うなら口を閉ざそう」


 私もうなずいた。

 はなれたくない。リンの口から死にたいという言葉が出るまでは守る。

 それでも死ぬというなら一緒にいくだけだ。そう決めると楽になった。

 しばらくしてからリンの部屋に向かった。


 上体だけ起こして『第一コミカ書』を読んでいる。

 私たちに気づくとおだやかにほほ笑んだ。

 それだけで暗い気分がどこかへ消える。


「セルカ、お願いがあるんだ」

「うん」

「魔王を倒すために強くなりたいんだ。力を貸して」

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