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桜と輪廻

 もやがかかったように身体の感覚がにぶい。

 氷の槍につらぬかれた脇腹わきばら止血しけつが終わった。

 一部が凍傷とうしょうになっているらしい。


「リンさま、動けますか」

「……」


 首から下は指一本動かせない。血を失い過ぎた。

 周囲には僕が斬って、こわした人たちが散らばり、冷えた血が髪に染みこんでくる。

 怖くも悲しくもない。心にぽっかり穴が空いたかのように気力が失われる。

 ずっと動かずこの血だまりに沈み込んでいたい。


「リンさま! 意識をたもってください! 明日にはセルカが帰ってきます」


 ルーフィアさんの声が遠い。

 ゾンビに治癒魔法は効果がない。この状態で意識を失えば本当に死ぬ。

 少しずつ感覚が薄れていく、ドロドロと溶け出して僕が消えていく。

 しかたないか…………




 小さな音、耳をますと遠くでせみが鳴いている。

 まぶたを開くと強烈な日光が差し込んだ。

 驚いて閉じた目を薄く開けるとひらりひらりとなにかが顔に張りつく。

 指でとると桜の花片はなびらだった。


 気づくと身体が動く。立ち上がると満開の桜が咲きほこっていた。

 夏に桜……

 ひらひらと舞う桜吹雪、その中に隠されるようにこぢんまりとした武家屋敷が建っていた。

 開きっぱなしの門を通って縁側に座った。


「あったかい……」


 身体にお日様の熱が染みこんでくる。

 肌がひりひりし始めて、室内にあがると小さな女の子がいた。

 プラチナブロンドの髪と乙女色の瞳、レースがついたワンピースからのぞくうっすら日焼けした白い肌。


リン?」


 今の僕の姿、リンにそっくりな女の子は僕に目もくれず部屋を出て行った。

 彼女の後をついて行くと畳をはがしていた。

 はがした指に手をかけると開いた。隠し扉だ。

 現れた地下への階段を下っていく。降りきると分厚い金属の扉と認証用の機械が設置されていた。


 女の子が指紋や声紋、パスワードなど各種チェックをこなすと扉が開いた。

 現れたのは鉄の装甲に守られた巨大な機械だった。

 モニターと半球状のカメラ、色々なパーツがあるけど巨大なパソコンに見える。


輪廻りんね様! おはようございます!」


 少女が元気よく機械にあいさつするとモニターに文字が表示された。

 

〝あなたはよく来るね。友達いないの〟

 

「みんな死んだよ」


〝今はずいぶん命が軽いのね。あなたは長生きしなさい〟

 

「ええー、そんなのムリだよ。輪廻様だって長生きしてないでしょ」

 

〝私は死んでない、寝てるだけよ。シオンがそう言ってたわ〟


「いいなぁ、僕も妹が欲しいなぁ」


〝シオンはダメよ〟


「シオンさんは僕より年上だからいいよ。妹は僕より年下じゃないと」


〝ちゃんと世話できるならつくってあげる〟


「えっ、ほんと!」


 お行儀よく話していた女の子がモニターの方に乗り出した。


〝約束が守れるならよ〟


「うん、絶対守る!」


〝血を吸って咲く花になりなさい〟


「どういうこと?」


〝失敗作の『リヴァイアサン』がいるの。その子をあげる〟


 リヴァイアサンって海の怪物のことだっけ、蛇とか竜みたいな長いやつ。

 それをあげるってどういうことだ。 


「失敗作?」


〝安全のために暴力のスイッチを分けたの。普通の人の手にはあまるみたい。輪、あなたなら使えるわ。私の血と名を分けたあなたなら〟


 輪ってもしかしてリンか? セルカがつけてくれた名前と同じ。

 セルカはこの少女のことを知ってるのか。

 輪という少女は服のすそをにぎって真剣な顔で考えていた。


「僕がスイッチを押すの?」


〝そうよ、一度引き受ければ誰も代わりはできない。死ぬ自由さえなくなるわ〟


「死ぬのは自由じゃないよ。■■が言ってたもん。僕たちの命は他の人に支えられてあるものだから大事にするだよって」


〝フフッ、ブーメランね〟


 少女の動きが止まった。代わりに半球状のカメラが僕の方を見たのが分かった。

 ひどい当てつけだ。


「……僕に言ってますか」


〝約束は守りなさい〟


 この屋敷もこの機械も輪という少女もなにもかも知らない。

 意味がわからない、わかりたくもない。

 確かなのはこの異常な夢から覚めなければならないことだけだ。


「言っておきますけど人違いですよ。僕は吉宮善人、リンじゃありません」


 いくら待っても機械は沈黙したままだった。

 あきらめて目を覚ますことにした。

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