魔王の本性
冒険者たちから一通り話を聞いた僕たちはギルドを後にした。
日が陰ってきている。夕方は近い。
得られた情報をまとめると生活が苦しいだ。
施療院が閉まっていたり、普段より強いモンスターが多くてケガをしたり、食料の値段が上がったり色々大変らしい。
魔王はそれにつけこんで反乱を起こそうとしていたのかな……
「魔王について知っていますか」
「最高難度のダンジョン『魔王城』の主です。最近は共和国に出入りしていると聞いています。ダンジョンはモンスターの住処の中で大きくて名前のついたものです」
「他にはなにか」
「本人が魔王と名乗っています。たまに外に出てくるらしいのですが会ったのは初めてです。たいしたうわさはありません」
「そうですか」
魔王って言うと悪の化身みたいなイメージだけど、実際することは地味な工作か。
まあ、本当に悪いことされて人死がでると嫌だけど。
僕たちは相談して城の通り道にある施療院に向かうことにした。
予算が足りないにしろ内情を確認しておいた方がいいだろう。
施療院に向かう途中、僕たちと同じようなローブで顔を隠した人が家屋の後ろから現れた。
「おそろいだね」
「魔王……」
僕の言葉を受けて彼女はニヤリと笑ってフードを取った。
ピンクの髪と瞳の華のある顔立ちの美女、魔王ミラだ。
でも、さっきの活動家じみた印象とは違う。
ニヤニヤと楽しそうな顔、子どものような無邪気な感じだ。
「余もご一緒していいかな」
「さっきのはなんのつもり」
「ボランティアさ」
「聞くだけ聞くよ」
「君たち皇族が可愛い家畜にかまってあげないから代わりに世話をしていたんだよ」
「王という割に民をいたわる心がないんだね」
魔王は肩をすくめると僕の肩にポンと手をおいた。
「可愛いって言っただろ。さあ歩こう」
「それはいいけどついてこないで」
「クククッ、うぶなヤツだな」
気安く触ってくる魔王の手を払うとまたニヤニヤ笑い。
魔王というだけあって感じ悪い。
ルーフィアさんは身構えすぎて呼吸が浅くなってるし、強引に振り切るのも危険か……
施療院まで三人で歩くことにした。
「さて、余の博識さを披露してやろう。施療院とは教会の施設の中で貧しい人々の飢えや病を癒やすためのものだ。運営費は貴族の募金、務める聖職者たちは薄汚い連中に嫌な顔一つせず接するすばらしい人ばかりだ。特に今からむかうカティア施療院の院長である聖女カティアは親の金でつくった院に自分の名前をつける自己顕示欲の塊で優しい女性だ」
「魔王さんは一言多いね」
「余とお前の仲だ。気安くミラと呼べ」
なんの仲だよ。この人いつまでついてくるんだ……
結局、施療院につくまでどうでもいい話を聞かされ続けた。
カティア施療院は暖色の屋根が柔らかい印象を与える立派な教会だった。
「すごい教会」
「まったくだ、これをパンにして配ればどれだけの民が助かることか」
「……見た目が立派だから募金が集まるんだよ」
僕の反論を鼻で笑った魔王は施療院のドアを開いた。
「どうぞ、お姫様」
「うん……ありがとう」
魔王とは思えない心のこもった言葉と丁寧な所作。
思わずお礼を言ってしまった。
中は薄暗かった。屋根だけでも貸してあげてるのか何人か寝転がっている。
魔王が指先に火を浮かべた。それが宙を飛んで燭台のロウソクに火をつけて回る。
ぼんやりと照らされた教会は幽霊でもでそうだ。
いまだに寝転がっているシスターらしき女性に声をかけた。
「すいません、話がしたいのですがいいですか」
女性がゆらりと立ち上がった。
ゾッと背筋に寒気がして、半歩下がった。
僕の顔があった場所を女性が無造作になぎ払った。
「ウボェェェエェェェ!!!」
「うわぁ!!!」
濁った鳴き声、腐敗してボロボロの顔、不気味に歪んだ表情。
ゾンビだ。
間髪いれず次の一撃が来る。
ごめん……腰のベルトから剣を出して横薙ぎにした。
脇から下を切り落とされたゾンビがそれでも僕に向かってくる。
悲鳴を押し殺して頭部をけり飛ばす。
「皇女様は民をいたわる心がないなぁ」
ニヤニヤと笑う魔王が入り口にもたれかかっている。
コイツのせいか!!!
倒れていた人々が次々と立ち上がって僕たちの方に向かってくる。
「リンさま! 私の後ろに!」
「しーっ、静かに」
魔王に注意されたルーフィアさんは口をパクパクさせる。
声がでないのか!?
飛びかかってくるゾンビたちを必死によける。
ダメだ、殺される。
剣を振るたび人の中身と腐敗した肉の臭気がまき散らされる。
暴れ狂う胃の中身を抑えながら迎え撃った。
「痛いよ、姫様どうして、やめて! 私たちまだ生きてるの」
「黙れ!!!」
魔王がニヤニヤ笑いながら演技する。
こうなって生きてるはずないだろう!
やせ細った少女がきた。ゾンビとは違う、つやのある唇と赤みの差した肌。
一瞬、手が止まった。
違う、こんなにやせてるなら唇も肌もボロボロのはずだ。
首を切り飛ばすと澱んだ血が吹き出した。
「ひどいよ、姫様。わたし初めてお化粧してみたのに」
魔王が少女の頭を拾って僕に近づけてくる。
僕を食い殺そうと口を開いた頭を真っ二つにした。
目からじわっと熱いものがこぼれた。
「姫様、泣きたいのは私たちの方だよ」
「うる……さい……」
もう限界だ、嫌だ、ふざけるな……
弱音を押し殺して剣の柄から伝わる人を斬り裂く感覚にたえる。
背の高い女性のゾンビの首と足を一息で切断した瞬間、脇腹に火がついた。
氷の槍、ゾンビの身体を貫通して僕に傷をつけた。
雪棘木霊が使うという氷の魔法に似てる。
一息に引き抜くと激痛とともに腹から血が溢れ、刻まれて動けなくなった亡骸の上に滴る。
次の瞬間、氷の槍から大量の棘が突き出した。
氷の槍は消え、倒れたゾンビの後ろにセルカが着ているような改造修道服を着たゾンビがいた。
傷だらけで苦痛に歪んだ顔、だらりと下がった手に握られた銀色に輝く華奢な杖。ナイフや燭台、腕には爪まで刺さってボロボロだ。
「キィィ……」
かすれた声を上げたゾンビが銀の杖を構えた。
一気に距離をつめる。
杖から放たれた氷槍の先端を右手で払って軌道を変える。
剣を受け止めようと杖を構えたゾンビに当て身をくらわせた。
地面に吹き飛んだゾンビの首を切り飛ばし、頭部を短剣で破壊した。
もう動く死体はない。
息があがってヒューヒューと乱れた呼吸になる。
座り込みたがる身体に鞭を打って僕の側でニヤついている女をにらんだ。
「お前か……!」
「クク、クッ、プッ! あはははははっ! なんだその顔、泣くか怒るかどっちかにしろ。余を笑い殺す気か」
「お前がこの人たちをこんなにしたのか!!! 答えろ!!!」
「こんなにバラバラにしたのはお前だろ。かわいそうに」
頭にカッと血が上って剣を突きつけた。
「答えろ!!!」
「余が手を下したのは一人だけ、あとはこのクズだ。弱者を救うと言っておいて世界一救われない人殺しになった聖女よ。お姫様が聞いてるぞ。ほら答えろ」
魔王はニヤニヤ笑いながら頭を失った改造修道服の死体を踏みつけた。
目の前がチカチカして強烈な憎悪が沸き起こる。
絶対、許さない!!!
魔王が死体に目を向けた瞬間、喉元めがけて全力の突きを放った。
「なっ……」
「はしたない女だ。これがロウナ帝国の姫とは皇帝も嘆いているだろうな。そういえばお父さんは元気かな?」
僕の拳は魔王の喉元に突き刺さった。
巨大な岩を殴ったような感触とともに指が折れ、右手が使い物にならなくなった。
痛みで逆に冷静になれた。
どう考えても勝てない。逃げるしかない。
蒼白な顔のルーフィアさんに目をやると首を横に振った。
どういうことだ……
「……父なら元気だよ。失礼する」
扉まで歩くと魔王の鋭い眼光が僕を刺した。
「余に手を上げたな」
「ケガをしたのは僕の方だ」
「諦めろ」
走りだそうとした脚が石のように固まって動かない。
どんなに歯を食いしばっても一ミリも進めない。
興ざめしたと言わんばかりの口調。
「余から逃げられると思うな」
「臆病者」
「なんだと……」
「不意打ちの魔法で動きを止めたくらいでいい気になるな。ちゃんとした試合なら僕の勝ち、剣で戦えば百回戦って百回僕が勝つよ」
心底見下したように言うと魔王の瞳に憐れみと怒りが浮かんだ。
「身のほどを知れ、そうだ……クククッ、服を脱いで犬のようにみじめに振る舞えば命だけは助けてやろう」
魔王のピンクの瞳が僕の中から恐怖を探す。
コイツは命乞いをした人間をバカにして笑った後殺す、そうでなければ死ぬより酷い目にあわされる。
バカのフリをしよう。こいつが玩具から興味を失うくらい。
後は……祈るしかない。
「僕に剣で勝てたらいくらでもしてあげるよ。勝てたらね」
「そのような剣では余を傷をつけることはできん」
「お前の知ってる剣士が弱いだけだ」
魔王の瞳がさらに冷たくなった。
何もない宙から二本の漆黒の剣を取り出し、片方を僕に差し出した。
黒く冷えて澄みきった刀身、斬ることだけを追い求めた飾り気のない一振り。
見ただけでわかる、これはよく切れる。
目の前の魔王を倒せるのではないかと錯覚するほどに……
当然、すべきことは一つだ。
「なんだこれは鍛冶屋が焦がしたのか、自信がないからといってこんなものを差し出すとは恥を知れ」
「……くだらない」
魔王が剣に触れた、そう思った瞬間には僕の首は宙を舞っていた。
転がり落ちた僕の首をゴミでも見るように一瞥すると声にならない悲鳴を上げて失禁するルーフィアさんを無視して外に出て行った。
魔王が出てしばらく立った。泣きわめいていたルーフィアさんがピタッと泣き止んで外を確認する。
戻ってきて懐から針と糸を出すと僕の首を身体にぬいつけてくれた。
「リンさま、生きてますか」
「どうにか……」
言葉が出なかったからステータス画面を見せた。
【リン(ゾンビ)】
死んだ訳じゃない。魔王に首を斬られる直前にスキルで書き換えた。
確かめたことはなかったが、レベルが上がってからステータス画面を身近に感じていた。
首の皮一枚すら残さず斬られたが死なずにすんだ。
それからしばらく、僕とルーフィアさんは口を開くこともできなかった。




