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魔王は悪いやつ。たぶん……

「ねんねんころりよ おころりよ……?」


 子守唄が止まった。

 やせ細って病的に白い肌、点滴を始め大量の管に繋がれた雪国の幽霊のような女性。

 うたっていた時の穏やかな様子はどこへやら、ぼんやりとした虚ろな瞳で虚空を見つめる。

 思い出した。僕のお母さんだ。


「爬■、叟ゥ恕ナ■豫」


 いびつな黒い塊が現れた。それが声をかけるとお母さんは嬉しそうにほほ笑んで再び歌い始めた。


「ねんねんころりよ おころりよ リンはよい子だねんねしな♪」

「禰無■弖屡、ヵ啝ィ涅」


 母が僕を抱き上げ、黒い塊の手らしきものが僕の頭をなでた。

 すごく安心する。



 そこで目が覚めた。


「なんで安心してるんだよ……」


 顔に手を当てると目元がぬれていた。気味の悪い夢だ。

 あれは確かにお母さんだったと思うけど僕はリンじゃない。

 ……もういいや、夢占いなんて趣味じゃない。


「リンさま、起きましたか」


 緑髪のエルフがベッドの横にイスを置いて座っていた。


「ルーフィアさん、おはようございます」

「おはようございます」

「ヒノワはどこですか」

「城から迎えが来ました。もうお昼です」


 寝過ごしたか……この人なんで僕の部屋にいるんだ。


「あの、ルーフィアさん。なんで僕の部屋にいるんですか」

監視かんしです。気にしないでください」

「はぁ、そうですか」

「性別が変わると身支度も大変でしょうし手伝います」


 ルーフィアさんに身支度を手伝ってもらい朝食兼昼食ブランチを食べ終わる頃にやっと頭が動き出した。


「フィーネさんのことなんですが」

「調べておきました。確かにエルクという冒険者の妻です。元娼婦(しょうふ)で彼女に入れ込んだエルクか娼館から買い取って結婚したそうです。田舎の農村生まれで子どもの頃に売られて娼婦になったので他の働き方を知らず、エルクの捜索に残された財産を使ってどうにもならなくなったそうです」

「本来なら施療院せりょういんという場所が助けてくれるんですか」

「そのはずなのですが……今は開いてないようですね」


 もう少し情報が欲しいな。


「どこで情報を集めているんですか」

「知り合いに情報通がいるので、ただ今はいそがしいはずです。彼以外ですと冒険者ギルドか交易地ですね。色々な場所を旅するのは冒険者と商人、あとは貴族くらいですから」

「場所を教えてください」


 ルーフィアさんが地図を持ってきてくれた。


「情報通、ワイズは城にいます。夕方なら会えると思います。冒険者ギルドはここ、交易地はここです」

「ありがとうございます」

「私もついていきます。リンさま一人だとなにをするかわからないので」

「はは……信用ないですね」

「あるはずがないでしょう」

 

 セルカが外出中でも保護者がついてくるのは変わらないようだ。

 皇女という肩書きを持ってしまったせいで顔を出して歩くこともできない。

 フード付きのローブで顔を隠してまずは冒険者ギルドに向かうことにした。

 昨日の門番が指さした方角と全然違う。


「冒険者ギルドはあっちではないんですか?」

「その方角にあるのは下級ギルドです。Eランク以下の冒険者が所属しています」

「そっちは行かないんですか」

「彼らは基本的にこの辺りの仕事しかしません。気性きしょうあらいですし……」


 ルーフィアさんが嫌がってるのがわかった。口ぶりや態度からしてチンピラの集まりみたいな場所かもしれない。

 女の子にはきついかもしれない。逆に言えば彼女やセスたちが知らない情報があるかもしれない。


「そこに行きましょう」

潔癖けっぺきなリンさまにはきつい場所だと思いますが……」

「僕はこれでも男ですよ。少しくらい我慢します」

「そうですか……」


 ルーフィアさんは小さくため息をついて案内してくれた。

 相変わらず粗末そまつな建物が多いがそこまで汚いわけで……う○こ落ちてる。

 やっぱ汚い。

 僕達の持ち物の中にあった薄汚いローブを取り出す。


「これ、僕たちが元々着てたものですよね」

「そうですが、それ着るんですか……?」

「はい、こっちをあずかっておいてください」


 ここで真新しい服を着ていたらかえって目立つ。

 それにしても人に会わない。空のモンスターにおそわれると言っていたしこの世界の人はあまり外出しないのかもしれない。


 公衆トイレを作って欲しい道を歩くこと三十分ほどで下級ギルドについた。

 ルーフィアさんの顔が引きつってる。

 『冒険者ギルド』と書かれた看板すらない。完全に一見さんお断りだ。

 ん? 中で誰か話してる。そっと、扉を開けた。

 ギルドの中心の丸テーブルの上で一人の女性が演説していた。


「みなのしゅう聞け、今この国には危機が訪れている。モンスターどもが好き勝手に暴れ、諸君しょくんは食うにも困るありさま。なぜか、それはこの国の貴族ども、そして皇族が腐っているからだ。やつらは貧しい人々を見捨て、城にこもって堕落だらくした日々を過ごしている。やつらこそ全ての悪の根源だ。変えねばならん今こそ……」


 すごい美人だ。

 ショートボブのピンク髪と同じ色の瞳、出るところと引っ込むところがハッキリした身体。素肌に直接身に着けた黒革の服は露出ろしゅつが多く、ただでさえ大きい胸としりを強調している。

 僕も含めてギルドの全員が彼女に釘付けになっている。

 いや、ルーフィアさんは汚らわしいものを見るような目で僕を見ている。

 ……見ちゃうでしょ、あんなの。


「……やつらを打ち倒しこの国を救え! の名は魔王ミラ。この国をうれうものだ!」


 えっ、魔王? たぶん、悪いやつだ。

 しかも革命を起こそうとしている。

 群衆の一人がさけんだ


「そうだ!!! やつらは俺たちを見捨てた!!! 貧乏人はしねって言ってるんだよ!」


 わざとらしいセリフ、金で雇って言わせてるな、いわゆるサクラだ。

 それでも冒険者たちがざわめいた。

 彼らも貴族たちに不満がある……というか一年間働いてないんだからないはずない。

 手を打たないとまずいな。


「彼らは民を見捨てていない!」

「なんだ貴様きさまは!!!」

     

 声を張り上げると魔王ににらまれた。周囲の視線が僕たちに集まる。


「セス皇女は今もこの国を救うために動いている。これから本当に苦しい人への支援もある」

「なにを根拠にいっている。今までしなかったことを急にするわけがなかろうが。皇族の手下が」

「そうだ!!! ウソつきだ!!!」


 魔王とサクラの声に押されて周囲の人達の間で貴族への不信がささやかれだした。

 僕はフードを取って顔をさらした。


「僕が、皇女リンが保証する!」

「なに……!?」

「ニ、ニセモノだ!!!」


 正解です。でも、周囲の空気は僕の方についた。皇族はそれなりに人気があるようだ。


「いえ、リンさまは正真正銘この国の皇女です。このルーフィアが保証ほしょうします」


 ルーフィアさんが姿を現すと冒険者たちの目が変わった。

 

 ルーフィアだ、本物だ、魔王ってやつなんだ、ラザーグの野郎……魔王たちに向けられた興味が敵意に裏返る。

 ラザーグというサクラ役はひるんでいる。魔王は不機嫌そうだ。


の言ったことにあやまちがあるか! この国の財政は一年前から軍事にかたよって弱者を救うことを……」


 勝ったな。この国の人が基本的に算数もできないのは皇女から聞いている。

 セルカも聖書が読んでもらえないとなげいていた。

 魔王は調べてない。それに一年前はちゃんとしていたならセスの味方をしていいはずだ。

 勢いでいけるか?


「魔王はみなをだまそうとした! ルーフィア! あの男に本当のことを言わせて!」

「はい〈炎精霊サラマンダー〉〈風精霊シルフィード〉」


 燃え盛るオオサンショウウオ、サラマンダーがドサリと地面に落ち、続いて透き通った身体の少女が風を巻き起こしながら現れた。

 二体の精霊がラザーグを囲む、サラマンダーが溶岩のような舌を伸ばし、シルフィードが風の刃を巻き起こすと彼は悲鳴を上げた。


「悪かった!!! 金、金をもらったんだ! 出来心なんだ! 皇族に逆らおうなんて気はこれっぽちもない! ゆ、許してくれ……」


 ラザーグがわめくと周囲の冒険者が厳しい顔で魔王を囲んだ。


「覚悟はできてるんだろうな」

「うそつき女、冒険者をバカにしやがって!」

「ヒーヒー言わしてやるからな」


 魔王はひるむことなく優しげな笑みを浮かべて大きく手を開いた。


「おいで」

「待て!!!」


 飛びかかろうとした冒険者たちを止めた。魔王って言うくらいだし全員返り討ちにされてもおかしくない。


「一度のあやまちだ許してやって欲しい」


 さいわい、魔王の目的は革命のようだから自分から殺しはしないと思いたい。


「クククッ、ずいぶん心の広い皇女様だ。いや腰抜けというべきか」

「魔王なのにすることが小さいですね」

「なに……貴様、余のことを知っているのか……」


 いや、知らないけど。逆にこの世界で魔王は知名度ないの。

 見た目だけは余裕を出しておくと魔王は警戒するように僕を見つめ、冒険者たちをかき分けて出て行った。

 警戒したルーフィアさんの顔にびっしりと汗が浮かんでいる。


「……強いですね」


 耳元にささやかれた。見ただけでわかるの?

 とりあえずそれらしくうなずいておいた。

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