長い一日の終わり
僕たちが戻るとセルカとミーテさんが話しこんでいた。
セルカが僕の方を向き、手を引いた。
「リン、このユウシテッセンを私に預けて」
「どういうこと?」
「教会の本部に持って行けば予算が出るし、被害地域に早く設置できる。実績が出ればリンにも相応の報酬が出る」
「僕じゃなくて、セスやセルカの功績にできないかな」
記憶喪失だし、知らない世界で目立つのは不安だ。
「リン皇女でいる間はいいけど、ヨシトに戻ったら身元不明。身分証明ができないとほとんどの町に入れないから教会の保護を受けた方がいい」
「僕のスキルを教会に伝えるってこと?」
「うん、リン皇女から戻る時に伝える。ユウシテッセンの力が認められれば身元を用意してもらえると思う」
技術者は国籍を取得できるということだろうか。国籍とかあるの、この世界?
セルカに任せとけば大丈夫か.……いや、少しは確認しておこう。
「セスは教会のことをスキル狂いの効率主義者って言ってたけど大丈夫?」
「私は大丈夫だと思う。効率主義者だから優秀な人材は敵に回さない。強いていうなら男に戻った時に女の子をたくさん紹介されたり、仕事を依頼されるくらい。断ってもなにかされることはない」
「セルカがそう言うならお願いするよ」
セルカに有刺鉄線を渡す。
「ユウシテッセンってどういう意味」
「棘のある鉄の線だよ」
「改名するかもしれないけどいい?」
「うん、いいよ」
セルカが落ち着かなそうに耳を動かす。
「ミーテがリンはもう十分強いって……三日くらい帰ってこれないけど大丈夫?」
「はは、子どもじゃないんだから」
「でも、リンは記憶がない。この世界のこともあまり知らない。プーリンは忙しいし、ヒノワも勉強がある」
「ルーフィアさんがいるから大丈夫だよ。帝都は安全でしょ」
「うん……困ったらルーフィアに言って、お金は全部リンが使って良いよ。あとは……」
セルカは不安そうに考え込む。
これじゃ初めて留守番を任される子どもみたいだ。こんなに心配をかけてたのか……
安心させるためにそっと抱きしめた。
「大丈夫、ちゃんと気をつけるよ」
「うん……」
セルカも僕の背に腕を回した。
身体が冷たい。そんなに僕は頼りないのだろうか。
「死なないで……」
「いや、心配しすぎだよ」
身体を離すときにセルカと目があった。同じ高さ、金と青灰。
神秘的な瞳は不安で陰っていた。
大丈夫と言ってもムリか……
「いっておいで」
「うん……」
ミーテさんとセスに一声かけたセルカは僕の方を少しうかがうと外に出て行った。
そんなに心配かな……セルカより十才くらい年上のはずなんだけどなぁ……
「リン、わらわも帰るわ」
「もう暗いし送るよ」
「大丈夫よ」
セスが帰り、ミーテさんも後に続いた。
施設の中に戻ると車椅子に乗ったヒノワとルーフィアさんがいた。
「おかえりなさい。食事もお風呂も準備できています」
「ありがとうございます。じゃあ、先にお風呂に入ってきます」
「我も行く」
「じゃあヒノワも行こうか」
「うむ」
ヒノワの車椅子を受け取って脱衣所に行く。
さいわい服にゴブリンの臭いは染みついてはなかった。
ヒノワの脚の包帯を外して自分の服を脱ぐ。
「ヒノワは身分決まった?」
「まだだ」
「明日も城に行くの」
「うむ、文字は書けるようになった」
「えっ、一日で」
「我も元々頭が九つあるからな。人の九倍賢い」
「ヒノワはすごいね」
自慢げに言うヒノワの言葉が本当かはわからないが、一日で文字を覚えるのはさすがだ。
服を脱ぎ終わって鏡を見る。僕、胸がないなぁ……あったら動きにくそうだけど。
髪を束ねていたリボンを取るとふわりと髪が広がる。
脱衣し終わったヒノワを抱きかかえて風呂場のイスに座らせる。
「セルカが僕のことを心配するんだ。どうしてだと思う」
「それはおそら……! 話している途中に湯をかけるな」
「あ……ごめん」
ヒノワの真紅の髪をぬるま湯で濡らす。
指を入れても髪はサラサラであまり油っぽくない。
軽くほこりとかを流し、石けんを使って頭皮を指の腹で洗う。
「それはおそらく我がリンを炭にしかけたからであろう」
「えっ……そんなことあったの」
「お前達はセルカの復讐の戦力として我を地の底から連れ出した。だが、復讐を望まぬお前は我に止めるよう願った」
「流すよ」
「んっ……」
ヒノワの目をつぶらせて泡を流す。年の離れた妹みたいだ。
「それで僕を焼き殺すフリをしたの」
「うむ、モンスターに攻撃するときに一緒にな。手足が焼け落ち、肌をほとんど炭化させたから焼け残りにしか見えなかったであろうな。我も他人の髪が洗ってみたい」
「いいよ。僕の身体はあまり丈夫じゃないから気をつけてね」
「わかっておる」
ヒノワがぬれた和紙を扱うようにそっと髪を洗ってくれる。
かなり集中してるみたいだ。そこまで脆くないけど片手で城門を飛び越えられる怪力だと加減が難しいのかもしれない。
思い出せないけど、炭になったのか。炭になって、心臓を刺して、一撃受けただけで肩が外れるありさまでは心配するなと言う方がムリか。
「ヒノワはどうやって強くなったの」
「強くない」
ヒノワは少しすねたように言った。
「どういうこと?」
「我は勝ったことがない。リンとて我に勝っている」
「僕が?」
「勝利とは己が意を通すことであろう。セルカは復讐のため我を解き放ち、お前はそれを止めるよう望み叶えさせた。そして姫は我に屈せず我らを使役している。お前たちの方がよほど強い。流すぞ」
「うん」
身体が冷えてきたところでヒノワのていねいな洗髪が終わった。
シャワーも蛇口もなしに長い髪を洗うのは大変だから助かる。
湯船に浸かると温かさが身体に染みる。
ヒノワも心地よさそうに目を細める。
「人の身となって初めて人の強さの理由がわかった」
「教えて」
「身体が弱いからだ」
ヒノワの小さな手が僕の肩をなでる。柔らかいけどか弱さは感じない。
「すぐ壊れ、すぐ死に、湯に浸かるだけで快楽を得られる。竜とは比べものにならぬほど弱く、感じやすい」
「んっ! …………恥ずかしいから僕で実演するのはやめてもらえるかな」
無遠慮に触れてくるヒノワをひっくり返して膝の上に座らせた。
「竜であった頃は人に地上を譲り、鱗を欲するものには鱗を、牙を欲するものには牙をくれてやった。首を望むもののために頭を増やして差し出したこともある」
「首が欲しいってそういう意味じゃないと思うけど……」
「強さには理由がいるのだろう。光をみずから放ち、痛みもなく、石のような永遠を手にしていてはどんなに身体が強くても勝つことはできない」
「強くなりたいなら理由をさがせってこと」
「うむ、今のお前は我の側だ。セルカならさっさと結論を言えと言っているぞ」
確かに僕は命に代えてもロウナ帝国を救いたいわけじゃない。
記憶もすごく取り戻したいわけじゃない。
ただ、記憶という道しるべを失って、分かりやすい目標だからやっているだけだ。
「セルカほどは強くなれないよ。舌で大剣を止めるんだから」
「フ、フハハハハハ、そ、そんなものを真に受けたのか、フ、フッ、フハハハハハ」
ヒノワが愛らしい外見に反して勢いのいい笑い声を出した。
よほどおかしいのか笑い疲れてぐったりするまで笑っていた。
「本当だよ! ヒノワは見てなかったでしょ」
「確かに受け止めるのは見てなかったがあの騎士は見た。あやつの一撃を舌で止めるのはセルカでもムリだ」
「でも、剣に傷がなかったよ」
「それは聖職者が自分を無敵に見せるために使うハッタリだ」
そういうとヒノワが手を突き出すと指に長いかぎ爪が生えた。
それを自分の腕に突き刺す。
「えっ……痛くないの……」
「血が出ないだろう」
確かに血が出ていない。ヒノワが爪を引き抜くと無傷の腕が現れた。
「どういうこと」
「素早く回復しただけだ。我の封印場所にたどり着いた上級聖職者は内側に刃がついた服を着て、血の匂いがしなくなるまで修行したと言っていた」
「なんのためにそんなことを……」
「早く回復すれば死にづらい。刃が首や腕を切り落とすより先に治る、さらにはすぐに治りすぎて攻撃が肉に防がれる。こうなるとHPとMP両方が尽きぬ限り死なない」
HPがある限り動き続けるRPGのキャラって超人だったんだな……
「止めた所を見てはいないから分からぬが、実際には口全体ではさんで止めたか、鼻、唇、前髪と額を使って止めたのであろう。顔を退きながら肉を切らせ勢いを殺してな」
「じゃあなんで舌で止めたって言ったの」
「リンが全力を出せるよう、心配させぬためだ。騎士へのトドメを止めたときも手に刺さっていた」
「…………」
子ども扱いだ。
保護者か、セルカは僕の保護者なのか……いや、実際そうだ。この施設も食事も神様以外の周囲の人も、みんなセルカのおかげだ。
いくら記憶喪失とはいえ、中学生ほどの少女に養われてていいのか……僕、かっこわるくないか。
「お風呂を上がったら強くなる理由を探しにいくよ」
「食事はよいのか?」
「食べたらベッドで眠りたくなっちゃうからやめとく」
衣食住が満たされてきれいな女の子が何人もいて僕を守ってくれる。
ここでは強くなれない。
セルカが心配しなくていいくらいには強くなりたい。
負い目を感じながら一緒にいても破綻するかもしれない。
二人でお風呂を出て、身体をふいて、動きやすい服とお風呂に入る前に外した短剣、ベルトを身に着け、顔を隠せるローブを着た。
「行ってくるよ。ルーフィアさんにもよろしく言っといて」
「うむ」
ヒノワがひらひら手を振って見送ってくれる。
僕は家出することにした。
次回投稿予定は3/28(日)




