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救国のデビルス・ロープ

「〈治癒ヒール〉〈治癒ヒール〉」


 セルカに治療してもらうとミーテさんも立ち上がった。

 鏡の鎧がほどけて銀色の粒子がう。


「完敗です」

「もう一度戦えば勝つのはミーテさんです」

「ムリです……」


 そう言うとミーテさんは両手を差し出した。

 小刻みに震えている。よく見ると顔も血の気が引いて唇が青白い。


「剣を振ることが怖いと思ったのは子どもの頃以来です。皇女殿下はおいくつですか」


 十三、四くらいかな……十五はムリがあるか。少しでも元の年に近い方がいいか。


「十四才です」

「四年でその剣を……どのような苛烈かれつな戦場だったかお聞きしても……」


 そうか、皇族は十才までスキルがないと戦場にでるんだった……厳しいな。

 ウソがバレないように少しうつむく。


「言いたくありません」

「は、はは……勝てないはずです」


 ミーテさんは何かをさっしたようにかわいた笑いをした。

 勝てないって、さっきのは不意打ちみたいなものだから次はミーテさんが勝つはずだ。 

「これで剣術を教えてもらえますか」

「いえ、やはり私から皇女殿下に教えられることはありません」

「どうしてですか」

「失望させてしまかもしれませんが私の技量も心構えも皇女殿下に遠く及びません。どうかお許しください」


 それはありえない。僕は平和な国のシステムエンジニアで彼女は常にモンスターと戦争し続けている世界の軍人だ。

 もしかして僕は接待せったいというやつをされているのだろうか。


「セルカから見てどうだった?」

「剣のことはよくわからない。でも、リンはすごい。人間相手でも緊張してなかった」


 セルカの言葉で気づいた。この国の皇族というのはどれくらいのものなんだろう。天皇家、英国王室、もしくは各国の首脳。

 そう言う人達と死なないから真剣で戦えと言われて本気で戦えるだろうか……まして肩を外して出血させて冷静でいられるだろうか。

 少し大人げなかったかもしれない。


「ミーテさん、僕と戦ってくれてありがとう」


 抱きしめようと手を広げるとミーテさんは困惑したようにひざまずいた。ああ……そうなるんだ。

 セルカに小声で質問する。

 

「セルカ、お礼ってどうするの」

「キスしてあげて」


 ……まあ、こっちじゃあいさつみたいなものか。

 高い背丈や立ち振る舞いで気づかなかったがミーテさんはあどけなさの残る顔をしていた。元の世界なら高校に通うくらいの年だろう。

 前髪を持ち上げてそっと額にキスをした。血の気の引いた頬が色づき、緊張が解けたように見える。


「身に余る光栄こうえいです」

「こちらこそありがとう。楽しかったよ」

「恐れながら皇女殿下におたずねしたいことがあります」

「どうしたの」

「消えた上級冒険者達と王宮の内情について教えていただけないでしょうか」

「それはわらわの口から言おう」


 皇女、いや僕も皇女か……セスのりんとした声が響いた。


「セス皇女……!?」

「マーミガン伯爵の騎士。よく来てくれたわ。心して聞ききなさい、今ロウナ帝国は滅亡の危機にひんしている。あなた達の協力が必要よ」


 そう言ってセスは王宮の内情と学園に潜入することを僕とヒノワが新しい皇女だと言う前提で話した。


「そうだったのですか……一応ではありますが、伯爵の一人娘のエスティがすでに試験を受けるためにワドニカに滞在しています」

「学院に潜入する人材は一人でも多い方がいいわ。一応とはどういうこと」

「エスティは領内の状況をかんがみ都会に早くいき様々な経験をしたいとお望みになり、少々複雑な事情でワドニカにいます。口にすることすらはばかられるの……」

「何が言いたいの」


 セルカに聞かれてミーテさんは口ごもった。そして諦めたように小さな息を吐いた。


「マーミガン伯爵領はモンスターに対処しきれていません。エスティは危険な領内にいることを嫌がり、受かるはずもない魔法学院に行きたいと言い出しました。あわよくば都会で遊ぼうと考えているかもしれません。恥知らずな提案ではありますがレベル上げを手伝っていただければ入学くらいはできるかもしれません」

「役に立ちそう?」

「アルリスを探る助けにはなるかと」

「十分」


 ミーテさんは僕とセスの顔を見て、覚悟を決めたよう口を開いた。


「国の大事だと言うことは理解しました。ですがマーミガン伯爵領も限界です。兵たちは疲れはて、民はえとモンスターの恐怖にさらされています。死者は例年の倍以上です。どうか少しでも帝都から支援をいただけないでしょうか」


 飢えにモンスターの恐怖、僕が施設でのんびりしてる間、外はそんなことになっているのか。

 

「実力者のあなたがいなくても大丈夫?」

「必要なのは強さより数です。特にゴブリンによる畑の被害が深刻で、毒で畑をダメにされるせいでえ死にが増えています」


 セスはつらそうに首を横に振った。


「できる支援はしてるの。セルカなんとかならない?」

「巣穴は破壊した?」

「それが……冒険者なのか他のモンスターなのかはわかりませんがゴブリンキングの死体が確認されています。ゴブリンたちは巣から出てそこら中に散らばっています」

「キングクラスがいる巣穴だと数万はいる。散らばってしまったら私にも対処できない」

「……最悪の事態ね」


 セルカが首を横に振り、セスが拳を握って考えこんでいる。

 ゴブリンって今日倒した気持ち悪いヤツか。あんなのに殺されるなんて最悪だ。

 なにか僕にできることはないだろうか。


「畑を守る対策はどうしてるの」

「木のさくをつくったり武装した人形を置いたりしているのですがあまり効果がありません。柵は豚鬼オーク大鬼オーガに倒されると大変ですし」

「……セルカ。針金はある」

「針金? 倉庫にあると思う」

「切れ味のいいナイフも持ってきて」

「わかった」


 セルカが走って行った。

 斧槍ハルバートがあるのだから当然針金もあると思った。ゴブリンの毛のない肌ならあれが十分効くはずだ。


「リン皇女……針金をどうするつもりですか。まさか畑のまわりに屋根つきの小屋を造れとは言いませんよね」


 ミーテさんが落胆らくたんした目で僕を見る。セスも戸惑とまどっているようだ。この世界だと針金は建築材料や装飾そうしょくくらいにしか使ってないのかもしれない。

 セルカが木箱を持って帰ってきた。


「はい、これどうするの」

「見ててよ」


 箱の中から太めの針金を選んで、いくつにも切り分け先をナイフでとがらせる。

 それを別の針金に等間隔とうかんかくに巻きつけていく。

 尖った針のついた針金を別の一本とらせん状に巻きつけ強度を上げる。


「これが有刺鉄線ゆうしてっせん

「ユウシテッセン……!?」

「まるで鉄のいばらですね……」


 最後に有刺鉄線をクルクルとコイル状にする。


「これを支柱しちゅうをつければ鉄条網てつじょうもうの完成だよ」

「少し見せて」


 セルカに巻いた有刺鉄線を渡すと触ったり、握ったり色々試している。

 手が切れないのは分かってるけど心臓に悪い。

 興味深そうに耳をたて、目を見開いたセルカは僕に有刺鉄線を返した。

 

「すごい。これならゴブリンどころかオーガでも簡単には通れない」

「本当ですか!」


 よかった。元の世界で人は鉄条網を破るために戦車を開発した。

 少なくてもオーガというのは戦車の装甲より肌が弱いようだ。

 まあ、これは簡単なものだから軍用とは違うけど。


「もう一度、作り方をお願いできますか!」

「うん、後で紙に作り方を書いておくよ」


 有刺鉄線を横から見ていたセスが口を開いた。

 

「リンさま……じゃなくてリン、あなたの発明は革命よ。国中で使っていいかしら」


 そうか……鉄条網は知ってれば作るのは簡単だけど効果は絶大だ。

 消える予定のリン皇女が目立ちすぎるのはよくないな。


「いいけど、セスが考えたことにしてよ。……僕が目立つわけにはいかないでしょ」


 セスの耳元にささやく。


「リン、来て」

 

 セスが僕の手をとり、セルカ達と離れた。


「……リン様、本当にわらわと結婚しませんか。これはモンスターとの戦いを変えます。もしお望みなら土地と爵位しゃくいも用意します。父上も認めて下さるはずです」

「僕には荷が重いよ」


 セスの金の瞳が僕を見つめ、手の中の有刺鉄線のとげに大切そうに触れた。

 

「……考えておいてください。そしてこれはリン様の叡智えいちです。例えリン皇女が消えるとしてもわらわの手柄にはできません」

「元の世界の人が考えたんだよ。僕の発明じゃない」

「それを覚えていたのは、そして言うことを決意したのはリン様です。あなたが何万もの人々を救うのです」


 針金で工作したくらいで大袈裟おおげさなことだが、鉄条網に戦いを変えるだけの力があるのも事実だ。きっとセスにはそこまで見えているのだろう。

 本当に僕はまわりの人に恵まれている。

  

「実際に使ってみないとわからないよ。戻ろう」

「ねえ、リン様……」


 僕の手にそっと手をえ、顔を近づけるセスの額を手でおさえた。甘い。


「セス、今の僕は女だよ。色仕掛けは通じない」

「都合がいいときだけ女になるのですね」

「都合がいいときだけ男あつかいするのはセスもだよ」

「では今の姿のまま皇族になりませんか」


 セスがそっと僕の手を取った。

 

「はぁ……僕はこの世界のことを全然知らないんだ。君と本当に結婚したり貴族になる気は今のところないよ」

「わらわの姉妹ならどうでしょう。みな美しいですよ」

「きれいでも僕のことが好きじゃない人は嫌だよ。それに僕は平民なんだ皇族は肩がこるよ。ひざまずかれたら普通にしゃべれもしない」

「慣れますよ」

「いいから戻ろう」


 ……思ったより大変なものを教えてしまったかもしれない。でも、やっぱり人命には変えられないよな。うん、僕は間違ってない……と思う。

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